DQ6 | ナノ
 5-4

 アモールへ戻ると、すっかりの川の水は元通りになっていた。
 朝の騒ぎもまるでなかったかのように人々が平穏に水汲みを行っている。二人の盗賊のイリアとジーナはもうこの町を出て行ってしまったのか、いなくなってしまったらしい。
「あんれ、おめえたづ疲れた顔してどうしたべ?」
 泊まった教会へ戻ってくると、朝に見た素朴な農夫が取れたての作物の仕分け作業を行っていた。
「いや…あのー…」
「まあ、いいべ。そんなにつかれてんなら、無理せずに泊まって休んでけ。神父様もわかってくれるだよ」
 お言葉に甘えて、三人は再びアモールの教会で一夜を過ごすことになった。明日には元の現実世界に戻っているだろう。


「ほらー起きなー!お天道様はとっくに空へのぼっているよ」
 鍋としゃもじを手に持って、拍子木の様に叩いてやってきたのは夢での彼女ではなくて、現実世界の掃除婦のジーナだった。
 近所にまで響き渡るような盛大な騒音に、一気にレック達は何事かと飛び起きて目を覚ます。
 せっかくいい気分で寝ていたのに、幸せな気分はあっけなく打ち砕かれた。まだまだとても眠たい。もっと寝ていたい。昨日の疲れがまだ残っているというのに、朝から本当に元気な婆さんである。夢の彼女はとても綺麗であったというのに。
 一番寝相が悪いハッサンはしつこくまだ寝ており、ジーナが耳元で特大に音を鳴らすとやっと渋々起き始める。三人の目の下にはクマができていた。
「やっと起きたね。もう朝の五時だよ。さっさと着替えて出てきな」
 なんとか夢から現実に戻ってこられた事を理解するも、眠気で頭が思うように覚醒しない。まだ朝の五時なら寝かしてくれてもいいのに…と、三人全員が心の中でぼやいた。
 ジーナの顔をこっそり眺めると、とても夢の中で見た若くて美人だった頃のジーナとは思えない。
 あの端正な顔から、このような豪快で肝のすわった老人になるのだと思うと信じられないだろう。老人になるとみんなこのような感じになるのだろうか。
「そういえばあんた達、あたしの夢に出てきた者達にそっくりだねえ。あんたみたいなイケメン少年君も、モヒカン筋肉男も、美人のねーちゃんも夢にでてきておったよ。しかも、あんたの持ってる指輪…あたしが好きだった人が昔はめていた指輪にそっくりだ」
「あ、これは…もらい物で…」
 昨日、夢の世界でイリアがくれたものだ。
「それに…いつも見ていた悪夢ががらりと展開が変わっちまってさ、朝起きて驚いているんだけど、不思議な事もあるもんだね…って、あんた達に言ってもわからないか。夢の内容が変わっても、あの人が死んじまったのは変わりない事実なんだから。もうあれから五十年以上経った。あの人はもう…」
「ごめんくださーい」
 玄関先から来訪者の声が聞こえた。
「あ?こんな朝早くに誰だい。くそ忙しいのに」
 ぶつくさ玄関先へジーナが割烹着姿で出て行くと、支度を終えたレック達も続く。
 玄関には年老いた男の老人が立っていた。ふさふさな白髭に、曲がった腰で杖をつき、旅人風な格好をしている。よく見れば、昨日洞窟であった老人であった。
「こちらにジーナさんという掃除婦が住んでいると聞きまして……ってお前…じ、ジーナか!」
 老人はちらりとジーナの顔を見た途端、驚きと感慨深い顔になった。
「ん、ジーナはあたしだけど、あんた誰だい」
「おお、やっぱり。わし、いや、俺だよ俺!はやてのイリアだ」
「はやてのイリア…?い、イリアって…ま、まさか…」
 見る見るうちにジーナの顔が驚きに変わっていく。
「そう、俺だよジーナ」
 にっこりいまだ健在な歯を見せて微笑む。
「い、生きて…本当にあんたなのかい!?」
「あたぼうよ!ここにホクロがあるのが何よりも証拠だろ。俺がそう簡単にくたばってたまるかよ。お前も若い頃の面影が今でも残ってるな。どんなに皺くちゃになろうが、あの時のまま顔は全然変わっちゃいない。その首にかけられた鏡の鍵…ずっと持っていてくれたんだな」
 次第に互いは涙ぐむ。
「ああ、やっぱりイリアだ!イリアっ!」
「ジーナっ!」
 二人は昨日の夢の世界での感動の対面を再現したように、手を取り合って抱き合う。あれから五十年、ずっと同じ悪夢を見続けてきた二人は、言葉にならないくらいむせび泣いた。
 もう二度とあえないと思っていたのに、その苦しみがやっと解放されたかのように、願っていたものと引き合うことが出来た。過ぎてしまった時間は戻っては来ないかもしれないけれど、もう苦しむ必要はないのだと、これからは離れることはないのだと、二人は満足げだった。
 どちらも涙で濡れたクシャクシャな顔で微笑みあう。ハッサンは感動してもらい泣きをし、レックとミレーユも感慨深い顔で見つめていた。
「やっと…やっとすべてわかった気がするよ。あんた達が夢の中で私たちを助けてくれたんだね…悪夢から解放してくれるように…」
 ジーナがそっとイリアから離れて涙を拭う。そして、首にかけていたカガミの鍵をそのままレックに差し出した。昨日見た、古びた大きな黒いカギだ。
「これが必要なんだろう?持っていきな」
「これ…鏡の鍵…いいんですか?」
 レックが受け取る。
「あんた達にはありがとうという言葉じゃ言い尽くせないくらい感謝してるよ。こうしてイリアと再会できたのだから、もう何もいらない。この形見の鍵も必要ないからね。満足さ」
「俺からも礼を言うよ。あんた達がいなかったら、俺とジーナはずっと悪夢を見ながら生涯の幕を閉じていただろう。感謝する。その鏡の鍵があれば、月鏡の塔へ行けるはずだ。俺達がもう少し若かったら、自分で鏡を取りに行く所だったが、俺達の時代は終わった。これからは若いあんた達の時代だ」
「…イリアさん…ジーナさん…ありがとう、ございます」
「応援しているよ、あたし達の勇者様。どうかがんばんな」
 こうして、鏡の鍵を手に入れたレック達の次なる目的地は決まった。
 月鏡の塔とよばれる場所にラーの鏡はあると聞き、一同はアモールを後にした。



「月鏡の塔ってレイドックの北西にあるんだな」
 レックが馬車の荷台の上で鏡の鍵を首から下げて、じっくり見ている。
「ジーナさんが教えてくれたのよ。まさかそんな場所にあるなんて知らなかったわ」
「きっとわかりにくい所にあるんだろうな。それにしてもついにラーの鏡か…長かったぜ」
 夢の世界のレイドックからここまで来るのに、もう一か月半以上は経っている。
「これを手に入れれば、魔王ムドーを倒せるんだな」
「…そうね」



五章 完




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