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恐ろしく早い一閃が視界の中で煌めいた。
最初は何が起きたかわからなかったが、状況を判断するには再度一瞬きを要する。ミレーユは呆然としたまま。
すぐ近くで剣を振るった体勢のレックがいて、敵は驚愕の顔をして硬直している様子で。
間もなくしてブラディーポの体に亀裂が生じ、たちまち体は真っ二つに割れた。
「ぐぎゃあああーーー……」
保てなくなった体は血しぶきをあげながら絶命し、裂かれた死体は灰となって消えた。
「や、やった。やったぜ!魔物の親玉を倒したんだ。さすがだなおい」
ハッサンが笑顔で二人の元にかけつける。レックがふうっとため息を吐き、剣を鞘におさめてミレーユの顔を覗きこんだ。
「あんた平気か?」
「え、ええ。ありがとう。間一髪だったから助かったわ。それにしても驚いた。あの時よりだいぶ強くなったのね」
ミレーユがほっとした表情を見せた。
「…え…何言って」
「なんでもないわ。さあ、夢見のしずくを持って帰りましょう」
洞窟を出て屋敷へ戻ったのは丁度夕刻を過ぎたころだった。
屋敷の玄関前にはすでにグランマーズが待ち構えていて、うまくいった事は分かっているようだ。今までの様子を水晶を通して眺めていたらしい。
さっそくグランマーズは、透明な二人に夢見のしずくを使ってのまじないをかけて念じる。夢見のしずくは透明な蜂蜜のような液体で、念じながらそれをさっと二人にかけた。
二人の透明な体はみるみるうちに精神体から実体化して、存在がこの世に浮かび上がる。
「わー鏡に見えるようになったぜ。これからは堂々と酒が飲めるようになったってわけだ」
「レイドックへ行けるな、これで」
すっかり自身の体が見えるようになり、何度も自身と鏡を照らし合わせて喜んだ。
もちろん、ファルシオンにもしずくをかけてあげた。
「そうじゃ、残りの少しをお前さんたちにわけてやろう。もしこの先、お前さん達のように精神体の人間がおったらこれをかけておやり。お前さん達ならもう見えない者も見えるようになったからのぅ」
「そっか。そういう人がまたいないとも限らないもんな」
「それで二人とも」
ミレーユが微笑んで近づく。
「これから私もあなた達の旅に同行させてもらうわ」
「え、あんたが?」と、驚くレック。
「おばあちゃん、いいでしょう?」
彼女がグランマーズを見る。
「ふふ、何を言う。お前が旅に出るつもりなのはハナっからわかっておったさ。この者達がおまえを旅へ導く事は始めから決まっていた事。それがおまえの使命だものな」
「うん、おばあちゃん」
「ミレーユもついてくるのか。ていうか…あんたは何者だよ。味方って言われてもわからずじまいじゃ釈然としないじゃないか」
レックがミレーユとグランマーズを見つめた。
「……やはり、忘れちゃったのね。昔の旅の事を」
ミレーユが悲しげに目を伏せる。
「忘れる?あんたと俺は以前あった事があるっていうのか」
「私からはそれ以上は言えないわ。けど、わかるわいずれ。自身の事も、この世界の事も」
ミレーユの瞳は先を見据えていた。
「この世界…幻の大地の事か…」
「………」
ミレーユはそれ以上は何も語らなかった。無視されたみたいでちょっとむっとしたが、レックはすぐに切り替えた。
「……まあいいさ。あんたのいずれって言葉を信じてみるよ。旅を続けることが使命なら、いつかわかるんだろうし」
それでも気が晴れたわけではないが、害を及ぼす者でない限り、彼女の言葉に乗せられておこうと思った。
「さあ、次の目的地はレイドック。定期船は丁度明日でるようじゃ。今日は疲れただろう。出発は明日にして今日はもうお休み」
翌日、グランマーズに見送られて、三人は新たに旅立つ。
三章 完
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