DQ6 | ナノ
 22-4

次に目を覚ました時、そこは見知らぬ天井が広がっていた。
いや、よく見れば見たことがあるような気もする。
どこかの宿屋の一室よりかは豪華で、清潔感あふれた部屋。自分はまっさらなベッドで寝かされていて、すぐ隣にはラミアスや防具たちが並んでいる。誰かが回復してくれたのか戦闘で受けた怪我は完治しているようだ。レックは不思議に起き上がった。
「ここは…」
 見た感じ、ヘルクラウド城の壁に似ている気がする。チリ一つないほどぴかぴかな壁だから錯覚だとは思うが…しかし、見れば見るほど似ている。デュランはこの手で倒したはずだ。仲間や魔物以外は誰もいなかったはず。じゃあここはどこだ?
「目が覚めましたか、レック様。もう具合はよさそうですね」
 レックが目覚めたのを見計らって入ってきたのは見知らぬ者達数人。
 全員がまっ白い古風なローブを身に纏っている。
「あなた方は…」
「私達はこの城の者。現実の世界の様々な人達の夢が集まって生まれた人間とでもいいましょうか。そうした人々の夢を束ね、夢の世界をおさめるのが私たちの国王ゼニス様。この国の主でもあります」
「…ゼニス王様の城…」
 レックはぼうっと聞いている。
「あなた方がこの城を魔王デュランから取り戻していただいたおかげで、このゼニスは封印から解き放たれ、復活しました。心からお礼を申し上げます」
「準備ができましたら、外の者に声をかけてください。お仲間がお待ちです」
 レックはすぐに身支度を整えていつもの格好で外に出ると、仲間達が廊下に集まっていた。テリーも腕を組んでぶっきらぼうな態度でそこにいる。
「目を覚ましたのね…よかった…。今、あなたの部屋へ向かおうとしていたのよ」
 ミレーユが笑顔で出迎えた。
「みんな…いたんだ」
 仲間達の変わらぬ様子にほっと肩をなでおろす。
「それで…紹介したいの」
「え…紹介って…テリーの事だろ?」
「そうよ。弟なの」と、あっさり暴露した。
「え……ええええ!?」
 レックは盛大に驚いた。予想外の事実に二人を何度も見比べて、たしかに雰囲気や眼元が似ていると思った。
「あははは!やっぱレックも驚いてるね〜」
 バーバラがケラケラ笑っている。
「私も驚きましたよ。テリーがミレーユ様の弟だなんて」
 アモスも笑顔を見せた。
 一足先に仲間達もこの事実を知っているようである。
「フン…俺だって姉貴が生きているなんて思わなかったさ…。ガンディーノの城でとっくに死んだと思ってた」
 テリーがぽつりと呟いた。
 自嘲的な笑みを浮かべながら。
「それなのに…今まであんた達と一緒に姉さんがいた事に全く気づかないどころか、知らないうちにすれちがってて、一切感づかない自分がバカ過ぎだ。おまけに…あろう事か魔物どもの手先になっちまってた。…はははは…間抜けすぎるぜ」
 これが笑わずにいられるべきかと、暗く微笑する。
 アメジストの瞳が自分自身の不甲斐なさに怒りが滲んでいた。
「テリー…いいのよもう。何度もすれ違っていたのに、声をかけられなかった私の責任もあるの」
 ミレーユが自分を責めようとするテリーに割って入る。
「姉さんは悪くないさ…俺が情けないばっかりに…」
「でも…でもこうして再会できたじゃない。あなたも私も」
「それでも俺は…まだまだ爪が甘いんだ。姉さんがギンドロの野郎どもに連れて行かれた時、何も…何もできなかった。死ぬほど悔しくて…今の半分の力でもあれば、あの時あいつらをやっつけられたし、姉さんも救い出せたはずだ」
「なら、その力は…今度は世界に役立ててほしいのよ」
 ミレーユが優しげにテリーを見つめる。
「…世界に…?」と、アメジストの瞳を細める。
「そう。あなたの今まで培った力を、みんなを守るために。私達と一緒に…」
「……そんな事、言われたって…」
 テリーは自身の怒りから、哀愁に満ちた表情に変わる。
「俺は一度魔に走った人間だぜ?もしかしたら、あんたらを裏切るかもしれない。俺は…姉さん以外の人間ていうのを今でも信じられないでいるんだ。今までそういう性根が腐った人間ばかりを見てきたし、ずっと誰の力も借りないで一人で生きてきた。こっちが助けてほしい時にはだれも助けてくれないくせに、俺のやる事だけは悉くジャマばかりされる。この世は腐ったもんなんだよ。俺自身も…どいつもこいつもな。そんな俺が世界のために戦うなんて…ありえないんだよ」
「あんたバッカじゃないの!」
 我慢できずにバーバラが口をはさんだ。
「卑屈になんのもいい加減にしなよ、このキザッタらし。根性なし。根暗のキチガイ!」
「は…」
 テリーが何かを言う前に、バーバラが勢いよく捲し立てた。
「この世が腐ってるですって!?その言い方だと、あんたの姉のミレーユも含まれてるんですけど?自分の姉さん卑下してどうすんのよ!誰も彼も人のせいにして、自分は可哀想な人間だからって、まるで仕方ないみたいな言い方ね。とんでもなく自分勝手な甘ったれで反吐が出ますこと。自分は魔に走った人間だからとか、自分なんか情けないとか…なんかって何よなんかって!どうしてこう前向きに考えられないわけ!?顔はカッコイイくせに性格悪くて、でも意外に姉思いな所があるから、少しは認めてやろうと思ったのにこれだもの。だから根性なしの根暗なんだよアンタは!とーへんぼく!マイナス思考人間!」
「っ……」
 あまりに勢いよく話すバーバラに圧倒されているテリー。
 もちろん、他の仲間達も呆気にとられている。
「だいたいさー…前から思ってたんだけどその上から目線みたいな口のきき方は…ってなにすんだレック!話してよ!むぐっ」
 背後からレックに羽交い絞めにされて口を塞がれた。
「はいはい。小娘はそのへんで黙ってろ」
「むがむが」
 バーバラはまだ何かを言っている。
「…なあ、姉さん…こいつら…変な連中だな」
 特にあの赤毛の女が…と、テリーが顔をしかめながらミレーユに語った。
「そうね、変なのよ。変だけど、一緒にいて悪くないのよ。だって、みんな本当にバカが付くくらいお人よしで、単純で、他人のために頑張れる人間の集まりだから」
「…お人よし…」
「あなたにもわかるわ。一緒にいて、いつかこのみんなと旅をしてよかったって思える日が…」
 ミレーユがくすっと笑う。
「…姉さん…」
 人間の醜い部分しか知らない自分にとって、そんな風に本当に思えるのだろうか。こんなうるさそうな連中相手に。姉が言うなら間違いないとは思いたいが。
「テリー」
 レックが近づく。
「力を貸してほしいんだ。テリーがいれば百人力だと思うし、これからの戦闘もかなり楽になると思う。ずっと一人でいたから、こんな連中と仲良くなんてくだらないって思うかもしれない。相手に合わせるのなんて面倒くさいかもしれない。でも、仲間がいるってどれだけいいものか…これからの旅で教えたいんだ。ううん、わからせてやるよ…」
 レックが笑顔で手を差し出す。
 その笑顔には曇りが全くない。
 陰の方で生きてきた自分にとって、それはとてもまぶしすぎたもの。姉以外でこんな澄んだ人間がまだこの地上にいたのだと不思議に思う。
「………」
 テリーの心が揺れ動き、ふうっと深い息を吐いた。そして、レックの掌をぱしんと叩いた。
「フンっ…仕方ないから、お前らの仲間になってやる。姉さんをこれ以上悲しませたくないし、大魔王ってふざけた野郎をぶっ潰さないと気が済まないしな」
「けっ…素直じゃないんだから」
 さっそく呆れているバーバラ。
「これで、新しい仲間が増えましたね。いやーテリーが仲間になってくれると頼もしいです」
 アモスがほっとした笑顔を見せた。
「そうですね。これから、さらなる強い敵が襲い掛かってくるでしょうから、本当に心強いですよ」と、チャモロ。
「テリーかァ。今思えば、つくづく俺達って個性的なメンバーの集まりだよな」と、改めて思うハッサン。
「今更だろ」
 そんな時、先ほどのゼニスの者達がやってきた。
「みなさん、ゼニス王様がお待ちです。どうぞ玉座の方までお越しください」

 ヘルクラウド城であったころより廊下は綺麗になっていた。床絨毯や模様などがどこかまぶしいものに変わっている。案内人に誘導されて玉座の間へ入ると、昨日デュランがいた場所には白髪のおおらかそうな老人が座っていた。他のクラウドの人間より一層不思議な力を感じる。見た目の穏やかさと同時に堂々とした厳かな雰囲気も漂わせている。
「おお、全員そろったようじゃな」
「あなたが…ゼニス王様ですか?」
 一同が畏まって跪いている。
「いかにも。このクラウド城の真の主。そなたたちがデュランからこの城を解き放ってくれたおかげで、元の我が城に戻ることができた。礼を言うぞ」
 ゼニス王はにっこりとほほ笑む。
「あの…この城はなぜ封印されていたのですか?やはり、ダーマ神殿とかみたいに、敵側が何かを恐れて封印したんでしょうか」
「うむ…だいたいは恐れて封印したと言ってもよいじゃろう。その封印した張本人こそ、大魔王デスタムーアじゃ。大魔王デスタムーアは自分を脅かす恐れのある四つの伝説を封印した。まずは人の持つさまざまな能力を拡大させ、やがては強力な戦士を生むかもしれぬダーマ神殿。つまりはレックやそなた達の事じゃ」
「…俺…ちゃんと勇者してますかね」
 レックが緊張した面持ちで訊ねた。
「ああ。自分を取り戻した時から真の勇者として覚醒し、ちゃんと人々を守っておるではないか。それが本来のお主のあるべき姿なのじゃ」
 レックは照れたように頬を染めた。
「優れた武器や防具などを与えるメダル王。究極の大呪文マダンテを今に伝える魔法都市カルベローナ。そして、大魔王が作りあげたはざまの世界へのカギと、未来の卵を持ったこのクラウド城だ」
「はざまの…世界?」
「それに、未来の卵って…」
 何やら重要なキーワードのような気がして、一同は耳を傾けた。
「はざまの世界とは、人々が希望を失った大魔王の箱庭の事。人間の絶望と欲望、悲しみ、憎悪、嘆きが集まり、それらを糧にしながら人々を管理しておる世界なのじゃ。そこへ向かうための唯一の方法をわしが持っているのじゃよ」
「はざまへ行く方法ですか。それはたしかに悪側からすれば封印したくなりますね」と、チャモロ。
「そして、未来の卵については、中には未来がつまっていると言われている」
「未来って…どういう…」
 仲間達が一様に首をかしげる。
「とてつもない卵じゃよ。これがもし卵を孵す力を持つ者が現れ、割られた時…世界を改変できるほどの種子が誕生する。それを悪人であれ、聖人であれ、誰かが手にした時、誰もが全世界の神となる事ができるじゃろう」
「神になれるって…すごいですね。卵一つで…」と、アモス。
「だから、彼奴めはその未来の卵欲しさと、はざまの世界を隠すためにこのクラウドを封印した」
「でも、そんな卵がここにあるなら、なぜ大魔王はそれをすぐに手に入れて割ろうとしないのです〜?」
 バーバラが訊いた。
「卵はただ割るだけでは何も起こらぬ。孵す事が出来る者が現れない限り、中身が空っぽなただの卵にすぎぬのじゃよ。その者が現れて、初めて卵は未来を孵化する」
「じゃあ、大魔王はその人物を探しているってわけか」
「うーん…未来の卵もすごいですが、はざまの世界…。人々が希望を失った者が集まる大魔王の箱庭…。なんだか恐ろしい場所ですね」
 チャモロが深刻な顔をする。
「希望を失ったなんて…なんだかぞっとするよ」と、バーバラ。
「はざまの世界へ行くためのそのカギとは…背中に輝く羽を持ち、空をかけるペガサスの事じゃ」
「ペガサス…って白い翼を生やした馬の事ですよね?」
 ミレーユが訊いた。
「そうじゃ。天馬の白き翼は、はざまの世界の入口の結界を打ちやぶる力があった。だが…大魔王によってペガサスの実体はうばわれ、手綱と実体は封印されてしまったのじゃ」
「そのペガサスは…どこにいるんですか?」
「ふふ…すでに、お前たちと一緒にいるぞ」
 ゼニスは微笑む。
 その言葉に、全員がはっとした。
「え…一緒にって…も、もしかして…ふぁ、ファルシオンの事ですか?」
 仲間達が仰天する。
「左様。よいか?この城の井戸より地上に降りると、現実世界に繋がる。真っ直ぐ行くと、天に届かんばかりの天馬の塔と呼ばれる塔が聳え立っているじゃろう。その頂上に手綱と天馬の魂が眠っておる。どうか、ペガサスを真なる力に目覚めさせるのじゃ。さすれば、はざまの世界への道は開かれるぞい」
「そうか。ファルシオンもまだ精神体だったのか。まあ、前から不思議な馬だと思ってたけど…」
「はやく実体に戻してあげないとね」
 



二十二章 完

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