DQ6 | ナノ
 21-1

 ぺスカニから北西の山々に囲まれた場所で、休憩がてらに山のふもとの宿屋に立ち寄った。
 この大陸に伝説の剣が眠るとの情報をつかみ、マーメイドハープで訪れたものの、寒暖差が半端なかった。他の地方と比べて恐ろしく気温が下がり、氷点下と冷え込む。到着と同時に仲間達は一斉に暖炉を取り囲み、凍えきった体を温めあう。店主が出してくれたしょうが湯を一気に飲み干し、やっと体の芯からポカポカしてきた所で、旅の神父から話を聞いた。
 五十年ほど前、北の方の町にザム神官という有名な聖職者が住んでいたそうだ。
 顔が広く、なぜか伝説の武器の言い伝えに詳しいと有名で、それを手に入れようと大勢の旅人達が彼を尋ねて北へ向かったそうな。
 しかし、その旅人達は北へ行ったきり、誰一人として帰っては来ないらしい。
 ここらは永久氷壁と名高い山々ばかりなので、年中雪だらけの銀世界。隣国の調査団を派遣させようともしたが、魔物と雪崩の心配からか、北の方へは誰も近寄れなくなったという。
 あれから五十年という歳月――…
 噂のザム神官は生きていれば百歳を軽く越えるだろうことで、生きてはいないだろうと北へ向かう者は誰もいなくなった。






――第二十一章 伝説の剣 ――





「さむいいいいい!」
 ハッサンが毛皮のマントを羽織りながら、御者台で手綱を握っていた。
 生憎の大雪で、手元の温度計を見ればマイナス五十度と凄まじい気温をたたき出している。
 ぬかるんでいる雪道は時々車輪が挟まり、男手で一斉に客車の押し作業がはじまる。
「はあーホッカイロ大量にもらったけど、全然役に立たないくらい寒いし」
 バーバラはチャモロが淹れてくれた特製しょうが茶を飲んでいる。
「町へ着いても、その噂の町があるのかどうかも疑わしいですしね…」
 アモスがかじかんだ手にはあっと息をふきかけている。
「でも、伝説の武器がこのあたりに眠るなら…町があろうとなかろうと行かなきゃいけないんだ」
 レックの首元には、ミレーユが編んでくれた愛情たっぷりの青いマフラーが巻かれている。
「あ、見て!向こうに何か建物があるわよ」
「やっとか…」
 標高約四千メートルの所で、やはり町が存在した。
 天候も先ほどよりかはだいぶましになり、ふもとにいた時よりも雪は少なくなっていて、温かい太陽が顔を出した。
 看板にはマウンスノーという名前の標識。
 あちこちの家の屋根には、まっ白い布団のような雪が覆われていて、巨大なつららがいくつもできていた。
 外には人一人おらず、民家の家にも「ごめんください」と、戸を叩いても人がでてくる様子はない。
 どの家も人の気配さえも感じず、無理やり戸をこじ開けようとしても扉自体が凍っていて、固く閉ざされていた。
「どうなってるんだ…人間が一人もいないようだぜ」と、ハッサン。
「家に入ろうとしても家自体が凍っていて、しかもこれ特殊な氷だわ…」
 ミレーユが手で壁を叩いてみて、ただの氷ではないと判断した。
「うーん…意図的なものを感じるな」
 レックが思案顔で腕を組む。
「ねえねえ!あそこに開いている家が一軒だけあったよ!人が住んでる気配があるっぽい」
 バーバラが走って知らせた。
 行ってみると、その家だけは明るくロウソクが灯されていて、暖炉にも火が燃え上がっている。
 そして、謎の老人がいた。
 手入れがされていない伸ばしっぱなしの髭に、しわくちゃの顔で「なんだお前たちは」と、無愛想な顔を向ける。
「この町にザム神官という人がいると聞きまして、来たんですけど…」
「ふん…そんな者…いたらとっくの昔にこの町を出て行っておるわい」
「うーやっぱり…」
 アモスが肩をおろす。
「それにしてもこの町…どうなっているんですか?家自体が凍ってますけど」
 チャモロが眼鏡をあげながら訊いた。
「ごらんの通り、わしのような老い耄れ以外は全部凍りついておる。家だけじゃなく、村人もな。さ、こんな老い耄れに用はないじゃろう?だから、お前たち…さっさと立ち去るがええ」
「え、でも…」と、バーバラ。
「いいな?何がしたいのかは知らんが、北東の祠にだけは近づくな。お前たちの事を思って言っているのじゃから。…さあ、はやく去れ。寒くてかなわん」
「………」
 それだけ言うと、レックは「すみませんでした」と、会釈をして家を出た。
「みんな、北東の祠へ行ってみよう。こうなった理由が何かあるはずだ」
「だね!危険かもしれないけど、祠にしゅっぱーつ!」

 北東の祠は恐ろしく冷えた小さな洞穴だった。
 中には玉座に座っている謎の女性が一人。
 この極寒の地において、床につきそうなくらいの長い水色の髪に、薄くて白いシルクのドレス一枚だけ。冷たいアイスブルーの瞳を細め、招かれた様にやってきた客人をくすくす笑いながら見据えた。
「随分久しぶりのお客さまですこと。私が誰かもわからずにやって来たようね…クックッ」
「…あなたは…だれですか」
 レックが訝しげに訊いた。
「向う見ずな旅人ね。知りたかったら、南西の村のゴランという若者に私のことを聞いてごらん。きっと教えてくれるでしょうよ。クックックッ……」
 凍てつくような微笑みを見せて、謎の女は空気中に消えた。
「なんなんでしょう、あの人…。見ているだけで、おとぎ話に出てくるような雪女をイメージしました。しかも、ゴランに聞いてごらんってシャレですかね」
 アモスが苦笑いを浮かべている。
「シャレかどうかはわかんないけどさ…そのゴランって若者なら知っているんだろう」
レックが馬車に飛び乗る。
「でも、あの村にはあの無愛想な老人しかいないけど…」

 マウンスノーの町に戻ると、あの老人の家には先客がいた。
 青い服装に、青い帽子と銀髪。毛皮のマントを羽織っているが、どこかで見たことがある風貌だった。
「あーあなたはあのアークボルトの青い閃光!」
 バーバラが驚いたように指さす。
「…テリー…」
 ミレーユが何かを言いたげに名をつぶやいた。
「ん、お前たち…どこかで…。まあいい。急いでるもんでね、じゃあな」
 そのまま青い閃光ことテリーは、通りすぎるように行ってしまった。
「あの人もなぜか来ていましたね。こんな寒い町に…」
「なんの用だったんだろうね」
 気を取り直して、事情を知っていそうな老人に再び話しかけた。
「あのー…あなたはゴランさんって若者がどこにいるか知っていますか?」
 レックが訊いた。
「ゴランはどこにいるか…じゃと?くくく……わっはっはっ!」
 老人は突然大声で笑う。
「ゴランが若者だったのはもう50年も前のこと……この老い耄れがゴランじゃ!」
「え…えええーっ!?」
「あなたが…」
 全員驚きの声をあげた。
 村の生き残りがこの老人だけであるなら、そう考えてもおかしくはないだろう。
 しかし、あの女が言った「若者」ではなくなっていた。
「お前さんたち…わしがあれほど行くなと言ったのに、北東のほこらへ行ったんじゃな。まったく若いというのは無茶なものよ。命知らずとはこの事じゃ。ええかお前さんたち。もう二度と北東のほこらには近づくな。わしのような思いをしたくなかったらな…」
 老人はひどく悲しげだった。
「……ゴランさん」
 近づくなと言われていたが、それでもこのままで良いわけがなく、レック達は再度北東の祠へ出向いた。
「やっぱりきましたね…」
 女は玉座に座りながら待っていた。
「…ああ。きましたよ」と、レック。
「ゴランから私の事を聞いたでしょう?」
「ゴランさんは若者ではなく老人でしたよ」
 アモスが笑顔で返した。
「あら、そうだったの。くすくす。彼は人間だから年をとるのでしたね。私としたことが、うっかりしていました。まあ、そんな事は私にしたらどうでもよい事。さあ、ゴランに聞いたのなら言ってみなさい。私の本当の正体を…!」
「…いや…そんな事言われても」
 首をかしげるレック。
 仲間達に目線を合わせても、顔を横に振るだけ。
「どうしたのです?さあ」
 女はしびれを切らしたように回答を促す。
 レックは「わかりません」と、はっきり答えた。
「まさか、本当に知らないというのかい?」
「知りません。あの人、何も教えてくれませんでしたから」
「…うそ…あの人が…あのおしゃべりが…」
 女は驚きに面食らっている。
「一言くらいはなにか言ったんじゃないの?」
「何度も言いますけど、本当になにも知らないんですってば。だいたい、もう勘弁してくれます?村からこっちに行ったりきたりで面倒くさい上に寒いんで…」
 レックは両手を自分に巻きつけて寒がっている。
「っ……そ、そう…本当に…あの男は何もしゃべらなかったようね」
 女はあきらめたように肩をおろした。


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