離さないでそばにいて

予知できない未来がある。
それは当たり前に単純なことだ。
俺の能力は5秒先まで予知できるけれど、5秒より先は予知できない。それより先のことは分からない。
そして、常日頃から能力を発動して生きている訳ではない。一歩、歩くごとに5秒先を見ていたら、生きていることになんら面白味なんて見出せなくなる。
最近はこの能力を使う事が、以前と比べて少なくなった気がした。
前よりも銃を握る事が極端に減ったからかもしれない。
まだ、若かった頃は常に先を見据えて生きてきた気がする。自分を守れるのは自分だけだ。銃を片手に身を守る。自分を取り巻く全ての事象に疑心暗鬼になっていた。
しかし、ある時を境に変化が訪れた。人を殺すのをやめてから、まるで鎧を脱いだみたいに、生きている事が軽くなった。
人は思い込みのなかで生きている。
だからこそ、少し見方を変えるだけで、生きる事が楽に思えてきた。
能力なんて使わなくても、ある程度の見通しは立てられた。人は「経験」から学ぶことができる生き物だから。予知なんてしなくても、今ある事象がどうなるかなんて、想像して実現することが可能なのだ。
だから、最近はあまり能力を使わなくなっていた。能力がなくても、自分の身の回りに起こる出来事を察知することが出来た。
それでも、時たま予測不能な出来事が起こることがある。俺の想像の遥か斜め上を行く事象――とある人物の行動だけは、予測することが不可能だった。否、むしろ想像することを諦めていたのかもしれない。


ずっしりと体の上にのし掛かる重み。息苦しさを覚えて、織田はそっと目を開けた。
真っ暗な部屋と見慣れた天井。
すーっと視線を落としていくと、仰向けに寝転がっていた胸元に茶色い塊が乗っかっていた。織田は掛け布団から手を出すと、丸くて茶色いその塊にそっと触れてみた。
ふわりとした感触。確かめるように指を差し入れる。それは人の頭だった。頭の丸みに沿って手を上下に動かして撫でる。その頭頂部で、獣の耳がピンッと跳ねた。ぴくぴくっと耳が跳ねてから、茶色い頭がもぞもぞと動き出す。
やがて、顔を上げたそれと目が合った。
「メリークリスマス♪織田作」
寝起きでボーッとしている織田へ向けて、太宰はにっこりと笑い掛けた。太宰の後ろ頭を撫でたまま、一拍置いてから織田は「……ああ」と思い出したように呟いた。
サイドボードに置かれていた時計を見遣ると、時刻は0時を過ぎていた。12月25日、クリスマスを迎えていた。
太宰はやけにルンルン気分で織田の上に跨って、うつ伏せに寝転んでいた。未だに離れようとはせずに、織田の胸元に頭を擦り付けてしがみ付く。
腰から伸びる猫の尻尾が、ぱたぱたと上下に靡いた。
「寒くないのか?」
そう言って、織田は空いているほうの手で掛け布団を捲ってやった。目線だけで入るように促す。そそくさと、太宰はその隙間に体を滑り込ませた。
「あったかい……」
呟いて、太宰は織田の腕に抱き着いた。もう一度、頭を撫でてやる。ついでにそのまま抱き寄せる。胸元に押し当ててみると、太宰はゴロゴロと喉を鳴らした。
「織田作は、クリスマスは何をして過ごすの?」
「ん?」
やたらと目をくりくりさせて太宰が問い掛ける。織田の手は飽きることなく、太宰の後ろ頭をサラサラと撫でていた。
「なんら変わり映えのしない普通の日常だよ」
ふぅ、と息を吐くように告げる。
「……私も」
どことなく物寂しそうに、太宰は織田にしがみついた。

世間的にはクリスマスはカップルのイベントとか言われているけれど。太宰も織田も、そんな呑気なことは言っていられない立場だった。
クリスマスだろうとなんだろうと、いつもと変わらず仕事がある。特に街が浮き足立てば立つほどに、不思議と仕事量が増えるものだ。
横浜の街を守るポートマフィア。
街が人で賑わう時こそ、襲撃に備えなければならない。郊外から流れてくる観光客に紛れて、敵組織のスパイが身を潜めていてもおかしくないのだ。
特にマフィアの幹部としての役職を与えられている太宰は、マフィア管轄の飲食店等に片っ端から注意を払わなければならなかった。
その仕事量は膨大であり、いくら太宰が最年少幹部であり体力があるからといっても、負担が多いように思われた。
対する織田は、太宰のような上の役職の者が下す指示に従って、体を動かすだけの受動的な仕事を任されていた。
仕事、といってもただ一般人に紛れて街を警備するだけ。家族連れやカップルでごった返す街を歩きながら、不審な輩はいないか目を凝らす。時折、無線機にて連絡が入ると、指示された場所へ向かう。酔っ払いの喧嘩の仲裁とか、大体がそういった内容だった。

「……織田作」
「どうした?」
「…………疲れた」
小さな声で呟いて、太宰は織田の胸に鼻先を擦り付けた。
「よしよし……」
宥めるように、織田は頭を撫でてやった。頭頂部の猫の耳と耳の間の部分に手を置いて、髪を掻き混ぜるみたいに撫でてやる。
いつもなら、こうやって撫でてやると機嫌を良くしてすりすりしてくる太宰だが今回は違った。織田が身に付けていたシャツを強く握って顔を埋めると、小さく左右に首を振る。
「帰りたくない……」
頭の耳が、ぺたりと後ろに折れた。

太宰は首領に飼われているペットだ。それなりに奔放に飼われているとはいえ、それでも最終的には首領のところへ戻らなければならない。
おそらく今日も、太宰は任務を終えた後に首領の元へ帰る予定だったのだろう。それなのに、どうにも気持ちが揺らいでしまった。

「首領が、私の為にチキンとかケーキを用意して待ってくれているかもしれないって考えたけど、それでも私は帰りたくなかった」
垂れてしまった耳の先端を指先で掬う。摘んで引っ張って立たせようとしてやるも、すぐにへにゃりと折れ曲がってしまった。
「……ぅ、ちょっと織田作きいてる?」
「ああ。そういえばお前ダイエットしてるんだっけ?」
「だからなに……?」
「この時間にチキンとケーキは太るよなぁ」
そんなふうに間抜けな返事を返すと、太宰はバッと顔を上げた。
「……やっぱり私、太ってる?」
おそるおそるそんなことを訊いて、太宰はお腹周りに手を添えた。
「太ってるの嫌い……?」
おそるおそる織田を見上げる太宰。織田の大きな手の平が、太宰の前髪を掻き上げた。
何も言わずに織田は額に唇を押し当てた。太宰の口から「ぴゃ」という短い声が上がった。
間近で太宰を見詰める。最近にしては珍しく、太宰は顔に包帯をしていなかった。怪我のない、綺麗な顔をしていた。
片腕を太宰の腰へと巻いていく。片腕ですんなりと絡め取れるくらいに、太宰の腰は細かった。
「……嫌いじゃないけど。むしろ、お前ちゃんと食べてるのか?」
太宰は黙っていた。目を伏せたまま、何か言いたげに口をもごもごさせていた。
「成長期なんだから、今のうちにちゃんと栄養を摂っておかないと駄目だろ?」
「成長なんてしなくていい……」
「どうして?」
「だって……」
ぎゅっと織田に抱き着きながら、太宰は搾り出すようなか細い声で告げる。
「これ以上、大きくなったら可愛くないでしょ?」
何かを懇願するかのような目だった。上目遣いに織田を見る目が、うるうると潤み始める。
「可愛くないと捨てられちゃう……」

いつだって、太宰は織田が想像し得ない言葉を吐く。太宰に触れている限り、太宰が何を言おうとしているか先回りして言葉を予知することは出来ない。
それでも、もし前もって太宰の言葉を理解してあげることが出来れば、少しでも気の利いた言葉を掛けてあげられるのに。
いつだって、言葉を選ぶのは難しい。
言葉ほど、強力な武器はない。
銃弾よりも鋭く心臓に抉りこみ、場合によっては相手の心を一撃で即死させることだって出来る。
けれど、言葉は銃弾とは違う。
相手を傷付けるだけじゃない。
それぞれが持つ声音。
その人にしか言えない言葉。
その人に言って欲しい言葉――

「捨てられたら、俺が拾ってやるよ」
「ぇ……?」
「何度でも、拾ってやる……」
そう言って、織田は太宰の体をきつく抱き締めた。
ぴったりと体と体がくっつく。
とくとく、と鼓動する太宰の心臓が、織田の胸を打ち鳴らした。つられて、なんだか織田もドキドキしてきてしまった。
「……やはり、織田作は私を喜ばせる天才だよ」
「そうか?」
「うん。それが聞けただけで私は嬉しい」
やんわりと太宰が腕を突っ張った。
「そろそろ帰らないと……首領に怒られちゃう」
へにゃり、と太宰は笑った。その笑顔には、なんとなく諦めのようなものが貼り付いているように見えた。
行かせたくない――咄嗟に織田はそんなことを思ってしまった。
ベッドから起き上がって、太宰は布団から出ようとした。
気が付くと、その腕を反射的に掴んで引き止めていた。ゆっくりと太宰が織田を見る。
見詰め合うその目に光が泳いだ。
「……帰さない」
ほとんど唇を動かさずに発した言葉。織田は自分でも何を言ったのか分からなかった。
分からなかったけれど、答えはひとつだけだった。
太宰を帰したくなかった。
帰してはいけない気がした。
そのまま腕を引っ張って、再び布団の中に引き摺り込む。胸元に飛び込んできた太宰の体を抱き留めてから、その顔を両手で挟み込んだ。
自然な流れで唇が重なる。ふにゅりとした柔らかい弾力がした。確かめるように、ちゅっと唇を啄ばんだ。
「ん……」
びくっと太宰の肩が跳ね上がる。太宰の頬に当てていた手を滑らせて、そのまま後ろ頭を固定した。
織田は顎の向きを変えると、太宰の唇を好きな角度から貪った。ぴったりと重ね合わせて、酸素を奪うみたいに吸い上げる。ちゅっ、ちゅっと繰り返しているうちに、強張っていた太宰の体が弛緩していく。
うっすらと開いた唇の隙間。
ぬるりと織田は舌を滑り込ませた。
「んんぅ……!ん、ふ……ぅ、っ!」
太宰のものと比べると肉厚な織田の舌が、小さな口の中を舐め回す。下の歯の歯列をなぞってから、舌の付け根をつついてみる。じゅわっと唾液が溢れてきた。その唾液を塗り付けるみたいに、舌の裏側をぬるっと舐め上げて絡め取る。
太宰は織田にしがみつきながら、遠慮がちに頭を動かした。
カチッと犬歯がぶつかる。それでも構わずに、太宰は必死に舌を差し出して吸い付いた。
ぎこちなく唇を尖らせながら、もっともっととせがむ。そんな太宰が可愛くて、織田は折れるほど強く太宰を抱き締めた。
「……ふぇ、くるし……んぐ!?」
少しでも離れてしまうのが勿体無く感じた。ちううっと太宰の舌を吸い上げたら、太腿に何かが絡み付いてきた。
尻尾だった。太宰の腰から生える猫の尻尾が、織田の脚に絡み付いていた。
ずくん、と織田は下腹部が疼くのを感じた。熱が篭って熱くなる。
体中の血液が下半身へと集中する。考えるよりも先に、体が動いてしまう。
「ン、ひ……!」
口付けたまま、太宰の股間に足を滑り込ませた。そのまま太腿を押し当てて、上下に動かす。ずりずりと擦っていくうちに、だんだんと太宰の中心が硬くなっていった。
「……太宰」
唇を離す。名前を囁きかけてから、もう一度だけキスをした。
それから頭を撫で撫でしながら、大きな耳へ向かって言葉を注ぐ。
「触ってくれないか?」
「ぇ……?」
真っ赤になった太宰の顔。とろんと蕩けた顔を見詰めながら、織田は太宰の手を取った。
そのまま引っ張ると、自らの欲望に触れさせる。織田のそれは、すっかり膨れ上がっていた。
「あ……」
その硬さを手の平に感じると、太宰はごくりと唾を呑んだ。その反応を確認するなり、織田は太宰を軽く抱き寄せた。
布団の中で、目に見えない状態のまま太宰の下肢を乱していく。
同様に太宰も泣きそうな顔をしながら、織田の下半身を暴いていった。既に芯を持っていた織田をそっと握り込む。ギュッと掴んだ瞬間に硬くなった。
「……おだ、さく……おおきくなった……」
「お前も、ぬるぬるしてる……」
ぬちっと織田の指が先っぽを押し潰す音がした。太宰を握り込みながら、ぬるぬると先端に指を滑らせる。
「ん、や……」
ぴくぴくっと織田の眼前で耳が揺れた。はむっとその耳を唇で挟む。ついでに軽く歯を立ててから、付け根の部分に裏側から噛み付いた。
「にゃんっ!?ぁ、に……や、やぁ……!」
かじかじ、と耳を齧っていく。こうやって猫の部分を刺激してやると、太宰の口からは猫のような声が漏れ落ちる。
この声に、堪らなく織田は興奮した。
もっとたくさん聞きたい。
「……っ、太宰」
「ひに……!お、ださく……声やだ……」
織田が囁きかける度に、太宰の先端から蜜が溢れた。じわっと溢れたそれが窪みに溜まると、織田はそれを指先で掬った。それを割れ目に塗り付けるようにして、こまめに指先を動かす。くちくちと粘ついた音がした。
「んっ、ん……だ、だめ……」
「だめ、じゃないだろ?」
いいんだろ?と言葉を吹き込む。太宰は小刻みに打ち震えながら、潤んだ目を伏せた。
「……ぅ、いい……です……」
泣きそうなくらい震えた声だった。
可愛い。とてつもなく太宰が可愛く思えて仕方がなくなった。
咄嗟に織田は太宰の腰を抱き寄せた。太宰のものと自分のものを纏めて握り込む。
「あっ、ん……にゃ、ぃ……」
上下に手を動かしながら、胸元に擦り寄ってくる太宰の頭へ頬擦りをした。柔らかくてふわふわした髪の感触が気持ち良かった。
「お、ぉださ……く、も、もう……でちゃ……」
「……おれも、そろそろ限界だ」
互いに呼吸のリズムが早くなっていく。
はっ、はっと息を切らして。
足りない酸素を補うように、どちらからともなく唇を重ねた。
「っ――〜〜〜!?」
ぴりぴりと太宰の舌が痙攣する。その舌先をれろれろと舐めながら、織田も舌の付け根がピリリと痺れたのを感じた。
ドクンっと体の奥が跳ね上がる。
一瞬、全ての景色が飛んだ。
はあはあ、と荒い呼吸を繰り返しながら、織田の胸元に頭を預けてくる太宰。抱き留めながら、織田は布団から手を引き抜いた。
2人分の白濁が、べったりと手を汚していた。
手を伸ばすと、サイドボードに置いてあったティッシュボックスからテュッシュを引き抜いた。ザクザクと抜き取って拭う。
それから、織田は何かを思い出したかのように、ベッドからそっと体を起こした。
「……おださく?」
ベッドに倒れたまま、太宰は不安そうな顔で織田を見上げた。やんわりと織田は微笑むと、太宰の頭をさわさわと撫でてやった。
「本当は渡そうかどうか悩んだんだが……」
織田はサイドボードの引き出しを引いた。中からなにやら小さな箱を取り出してくると、それを太宰へ差し出した。
「クリスマスプレゼントだ」
太宰は体を起こすと両手の平を上に向けて、それを受け取った。手の平の上にちょこんと乗った小さな箱を、じっと見詰めてから視線を織田へスライドさせる。
織田はただ微笑んでいるだけだった。その微笑みに促されて、太宰は小箱のリボンを解いた。箱を包む包装紙を丁寧に剥がしていき、ゆっくりと箱を開いていく。
やがて現れたもの――銀色のチェーンに繋がれたそれを取り出して、太宰はまじまじと眺めた。
「……ドッグタグ?」
「貸してみろ」
言われるがままに太宰はドッグタグプレートのぶら下がったネックレスを織田へと手渡した。
織田はチェーンの引き輪を外すと、ネックレスを太宰の首へ掛けてやった。
「これで安心だな」
「何が?」
織田の手がドッグタグを摘む。
銀色のプレートがひっくり返されて、そこに掘られていた文字が現れる。
「……『Sakunosuke Oda』」
どうして太宰へのプレゼントなのに、織田の名前が掘られているのだろう。
太宰は小首を傾げようとした。
その時。ふと、ある予感が太宰の頭を掠めた。
すぐに太宰は顔を上げると織田を見た。
目を丸くして、キラキラと輝かせて、頬を紅潮させながら興奮気味に声を荒げる。
「まさか――」
織田はそっと目を細めた。
それから太宰の頭を撫でてやりながら、優しい声音で答えた。
「自分のものには、分かるようにちゃんと印をつけておかないとな……」

本当は首輪をあげて、鎖で繋いで、この部屋に閉じ込めてしまいたかった。
自由奔放なこの猫を。
他所の人の飼い猫を。
欲しいと思ってしまったのだ。
それはきっといけないことだ。
分かっていることなのに。

太宰を見詰める。
次に起こる太宰の行動。
予知とか、想像とか、そんなことをしなくたって分かる。
ゆっくりと両手を広げる。
涙に濡れた顔で、太宰は破顔した。
そのまま織田の胸に飛び込んでくるまで、3・2・1――




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