あくるころのユメ

いつからだったか。
気が付けば、そいつは当たり前のようにうちにいた。

仕事を終えて帰宅すると、家の扉の鍵が空いていた。しっかりと鍵を掛けて出掛けた筈なのにおかしい。
ゆっくりと扉を開けて、玄関に足を踏み入れる。
息を潜めて様子を伺うと、真っ暗な部屋の中に気配を感じた。何者かが家の中にいる。
なんとなく、織田にはそれが誰だか見当がついた。しかしそれはあくまで不確かな見当にすぎない。織田は靴を脱いで玄関に上がった。
その時、数秒後が予知された。やはり織田の見当は当たっていた。小さく溜め息を吐くと、短い廊下を抜けて部屋へと踏み込んだ。
視線を向けるのはベッドの上。
朝、起きてそのままにしていたベッドのタオルケットが不自然な形に盛り上がっていた。何かがベッドの上にいた。
すぐに織田はベッドに近寄るとタオルケットを鷲掴みにした。
ガバッとタオルケットを引っ張り上げる。埃が舞って、タオルケットが宙を閃くと、隠れていたものが姿を現した。
「……ん、ぅ」
人のベッドで眠っていたそいつは、タオルケットを取り上げられたことで寝苦しそうに寝返りを打って蹲った。
ふわふわの茶髪の癖っ毛が、白いシーツに散る。柔らかそうな蓬髪の頭頂部からは、白い猫の耳がひょこりと生えていた。織田の気配を察知したのか、猫耳がピクピクッと痙攣した。
「おい」
声を掛けると更に耳がピクピクと動いた。
「太宰、起きてるんだろ?」
「んー、ん?」
寝言なのか知らないが妙な呻きを上げて、太宰は寝返りを打った。織田に背を向けて寝転がると、腰のあたりから生えている尻尾がユラユラと上下に靡いた。
猫耳と同じ白い毛色をした尾だった。真っ直ぐで長く伸びたそれの根元を目で追う。太宰が身に付けている黒いスーツの裾へと辿り着いた。
「起きろ」
言いながら織田は尻尾の根元をギュウッと掴んだ。途端に太宰は「ぎゃっ!」と叫んで飛び跳ねた。
「起きたか」
呑気に呟く織田に対して、太宰は涙目を向けた。それは寝起きによるものなのか、それとも尻尾を掴まれた衝撃によるものなのか。分からなかったけれど、涙で潤んだ目で太宰はギロリと織田を睨んだ。
「……せっかく気持ち良く寝てたのに」
「寝るなら自分の家で寝ろよ」
言いながら、織田は尻尾から手を離した。ふよふよとうねった尻尾が太宰の背後に隠れる。太宰はベッドの上に、ちょこんと座り込んだまま、何やら思い詰めた顔で目を伏せた。
「……帰りたくない」
ぼそっと言ってから上目遣いに織田を見る。見詰め合ってから、織田は仕方がないと言わんばかりに小さく息を吐いた。
「そうか」
それだけ言って、織田はその場を立ち上がった。そのまま台所へ向かう織田の背を、太宰は不思議そうに眺めていた。

太宰は猫だ。
ポートマフィアの首領、森鴎外が飼い慣らしている人の形をした愛玩動物だ。
動物といっても、人と違った部分は頭の猫耳と腰の尻尾くらいだ。
それに太宰は非常に頭が良くて冴えた。首領のペットでありながらも、かなりの手練れで、実力だけでマフィアの幹部にまで昇りつめた。
そんな太宰であるが、年齢は人間でいうところの少年に当たる。まだまだ、その仕草や表情、言動には幼さが感じられた。
気が付けば、いつしか太宰は織田に懐くようになっていた。幹部というお高い立場にいる太宰と、最下層構成員の織田が任務を共にすることはまず無い。
だからなのか、太宰はこうしてたびたび織田の家に忍び込んで来た。
もし、太宰を家に連れ込んでいることが首領にバレたら減給どころの騒ぎじゃない。そう思いつつも、いつも織田は太宰を追い出せないでいた。

「ねえねえ、織田作。なにしてるの?」
手を洗ってから、織田は冷蔵庫の中身を取り出した。興味深そうに、太宰は織田の背後から顔を覗かせた。
「夕飯、食べようと思って」
「作るの?」
「作り置きしていたカレーを温めるだけだよ」
「へぇ」
ぴょこぴょこっと太宰の頭の猫耳が揺れた。
「織田作って料理とかするの?」
「まあ、それなりに」
「私も料理作れるよ!!」
何に対抗心を燃やしているのか、太宰は目を輝かせた。そのキラキラとした目を見下ろす。
「作ってあげようか?」
「楽しみにしてるよ」
さらっと流して、織田は鍋をコンロにかけた。水を足してお玉で中身を掻き混ぜる。
その一連の動作を眺めながら、太宰は不機嫌そうに頬を膨らました。
「なんだよ?」
「別に。織田作なんて知らない」
ぷいっと顔を背けて、太宰は台所を後にした。部屋に戻ると、またもやベッドに倒れ込んだ。もぞもぞと体を丸める姿を遠くから見遣ってから、織田は皿にご飯を盛った。
出掛ける前にタイマーセットで炊いてあったご飯を盛り付けて、程よく温まったカレーを乗せる。
ちょうどこの一食分で空になった鍋をシンクに置いて、水を注いでつけおきした。
カレーの皿を持って部屋へ戻る。
テーブルに皿を置いてから床に座り込むと、織田は両手の平を合わせた。
「いただきます」
そうしてカレーを食べ始める。ベッドに寝転がっていた太宰が身じろぎをした。
織田の方を向いて、じーっと視線を送った後、おもむろに太宰は体を起こすとベッドから降りた。
黙々とカレーを食べる織田に擦り寄る。頭を数回、織田の肩に擦り付けると、ずるずるとその場に体を伏せた。
太宰のそんな行動を、織田は目線だけで追う。やがて太宰は、あぐらをかいて座る織田の膝に頭を預けて、床に寝転がった。
横を向いて寝転ぶ太宰。織田はこれといって表情を変えることなく、スプーンを持つのと反対側の手で太宰の顎を掻いてやった。
「……ふふ」
嬉しそうに笑う太宰の喉が、コロコロと小さく音を立てる。もっと撫でてくれと言わんばかりに、太宰は織田の手にすりすりした。
こうしていると不思議と気持ちが和んだ。織田の口元に小さな笑みが浮かんだ。
さすがは愛玩動物、とでもいうべきだろうか。人の心を癒す――
そんなことを考えていたら、ふいに「きゅるるる〜」と空気の抜けるような音が響いた。
織田が目を丸くしてぱちくりする。おそるおそる、太宰は織田を見上げた。
「……あ」
目が合うと恥ずかしそうに太宰は腹を抱えた。音の出所は太宰の腹からだった。
「腹減ってるのか?」
「…………ぅ」
包帯の隙間から覗く僅かな肌の部分が朱色に染まっていく。
「何か食うか?」
ふるふる、と太宰は頭を振った。そんな態度を取ってみせるも、体の方は太宰の意思とは真逆の反応を示した。
ぐうぅ、と今度は間抜けな音を立てて腹が鳴る。太宰はやけにあたふたした様子で咄嗟に体を丸めた。
「お前ひとりぶんくらいなら、簡単なもので良ければ作れるけど」
「……いらない」
「どうして?」
太宰の頭の耳が、ぺたりと折り畳まれる。尻尾がパタパタと床を叩いた。どうして太宰が意地を張るのか、織田には理解が出来なかった。首を傾げる織田を尻目に、太宰は小さな声で呟いた。
「……ダイエット、してるから」
「は?」
「ダイエット!織田作が餌付けしてくるせいで太っちゃったんだよ!!」
確かに織田は太宰が家に来る度に、色々と与えていた。甘い物が好きだという太宰に、好みの甘さのホットミルクを作ってあげあり、蟹缶やケーキを買って来てあげたこともあった。
じっと織田は太宰の体を見下ろした。
「そうなのか?」
「そうなの!織田作ってばそうやってデリカシーがないからいつまで経っても独身なんだよ!!」
ぷりぷりと怒ると尻尾が激しく上下に揺れた。
「織田作には一生恋人なんて出来ないね」
ツンツンした口調で言いながらも、依然として太宰は頭を織田の膝からどかそうとしなかった。いたずら半分に、織田は太宰の顎の下に手を当ててみた。
「んっ!」
するっと撫でてから、頬を滑って耳まで辿り着く。耳の付け根を裏側から引っ掻いてやると、ビクッと太宰は体を跳ねさせて目を瞑った。
「な、なにするの……?」
「ここ。掻いてもらうと気持ち良いんじゃないのか?」
人差し指でカリカリしてやる。
「ひ、にゃ……!ぁ……」
太宰の顔が次第に蕩けていった。さっきまで上下にパタパタ揺れていた尻尾が、力なく床に張り付いた。
織田はスプーンをテーブルに置くと、太宰の顔を上から覗き込んだ。
逆さまに見詰め合う。太宰の目は片方が包帯で隠れてしまっている為、どんな顔をしているのか分からなかった。
うるうるとした目で媚びる眼差しを向けてくる顔から視線を逸らして、織田は片手で太宰の脇腹を掴んだ。
「ッ!?!?」
突然のことに驚いた太宰の耳がピンッと尖った。織田の手は容赦なく、太宰の腹を服の上から掴み上げていた。
やはり太宰が気にするほど、太宰の体には余分な肉など付いていないように思えた。どちらかといえば同年代の人間の男子よりも細身だ。
しかしどんなにそれを告げたところで、太宰は信用してくれないだろう。
それを悟った織田はゆっくりと口を開いた。
「俺はもう少し肉付きが良い方が好みだけどな」
え、と声を上げて太宰は目を丸くした。
織田が手を離す。自然な流れで、織田はスプーンを手に取ると再びカレーを食べ始めようとした。
淡々とした様子の織田の横顔を見詰めながら、太宰は体を起こした。
「本当に?」
「ああ」
みるみるうちに太宰の顔が華やいでいくのが分かった。織田はスプーンでカレーを掬い上げると、それを太宰の眼前へ運んだ。
「食うか?」
太宰は目の前のカレーと織田の顔を交互に見た。それから、大きく口を開くと、上の歯と下の歯の尖った犬歯を拝むことが出来た。
ぱくり、と太宰はカレーを口に含んだ。織田がスプーンを引き抜くと、太宰は口をもごもごさせた。数秒ほど経ってから、太宰の表情が「ウッ」と歪んだ。
「か、辛い……!」
ひー、と呻いて太宰は舌を出した。
「そうか?」
何事も無かったように、織田はパクパクと食を進めていく。太宰は「うー!」と喉を鳴らしながら悶えていた。
仕方がないから織田はその場を立ち上がると、冷蔵庫へと向かった。
冷蔵庫の中からペットボトルのお茶を取り出してコップに注ぐ。ペットボトルを冷蔵庫に戻すついでに、入れ違いにあるものを取り出してから部屋に戻った。
「ほら」
コップを差し出してやると、すぐに太宰は受け取るなり中身を飲み干した。
その光景がなんだか面白くて、思わず織田は笑みを零してしまった。
そして、もう一つ手にしていたものをテーブルに置いた。
「定食屋の親父さんから貰ったものだけど、俺は甘い物は好かないからな。お前にやるよ」
テーブルに置かれていたのはプリンだった。スーパーやコンビニとかで売っていそうな、ごくありふれたプリン。
太宰は目を輝かせて、プリンを手に取った。
「……織田作」
織田はカレーの残り数口を平らげようとしていた。カレーを食べながら横目に太宰を見遣る。
「もしも、織田作に一生恋人が出来なかったら……しょうがないから私もずっと恋人を作らないでいてあげる」
ぺりりっとプリンの蓋が剥がされる。クリーム色のカスタード生地に、太宰はスプーンを突き立てた。
「だから独り身同士、そばにいてあげる」
スプーンで掬ったプリンが、形の良い薄い唇へと運ばれていく。吸い込まれるようにして食されるプリンを見送ってから、織田はそっと目を細めた。
「ありがとう」
ぽんぽん、と太宰の頭を撫でてやる。太宰は嬉しそうに耳を揺らしながら、プリンを食した。


食事を終えると織田はシャワーを浴びることにした。
タオルと寝間着を抱えて風呂場へと向かおうとしたら、
「背中流してあげようか?」
何故か脱衣場まで太宰が付き纏ってきた。
「別にいい」
即答で返しながら服を脱ぐ。太宰は残念そうに「えー」と声を上げた。
「せっかくサービスしてあげようと思ったのに……」
「そういうのはいいから。大人しくしてろ」
ぺしっと額を指で弾いてやると、不満そうな顔をしながらも太宰は黙り込んだ。風呂場の戸を閉めてシャワーの蛇口を捻る。温かいお湯が気持ち良かった。
「……ふぅ」
この瞬間が一日のうちで最も幸せかもしれない。そっと目を瞑って、心地良いシャワーのお湯に打たれる。このまま眠ってしまいそうだ。
そんなふうに思っていたら突然、風呂場の戸が開け放たれた。
咄嗟に振り向くと太宰が顔を覗かせた。服を着たまま、太宰はそろっと風呂場へ足を踏み入れた。
「……濡れるぞ」
基本的に織田は相手の行動に対して突っ込むことをしない。太宰が何を考えているのか分からなかったけれど、これといって拒絶することもなかった。
「背中、流してあげる」
懲りもせずに太宰は言った。どう断っても無駄だろう。溜め息混じりに「分かった」と織田が返す。太宰の顔がみるみるうちに笑顔になった。
椅子に座る織田の背後にしゃがみ込んで、太宰は嬉しそうな顔でスポンジに泡を馴染ませた。風呂場にシャボン玉が舞うくらいまで泡立てたスポンジを織田の背に押し当てる。
「うふふ。なんかお嫁さんになったみたい」
「そうだな」
さらっと織田が返す。織田は前を向いていたから気が付かなかったが、太宰は頬を染めると幸せそうにはにかんだ。頭の耳と尻尾がピョコピョコと忙しなく揺れ動いた。
太宰の眼前には織田の背中とうなじ、襟足が晒されていた。衣服を身につけていないまるっきりの素肌だ。
ぼんやりと眺めながら、太宰はおもむろに口を開いた。引き寄せられるようにして、太宰は泡の付着していない襟足のあたりを、ザラリと舐めた。
これにはさすがに織田も驚いた。ぞわっと皮膚を粟立てて咄嗟に太宰を振り返った。
「な、なんだよ……!?」
「……ん」
物足りない、といった顔をする太宰を見詰め返す。なにやら様子がおかしかった。
「織田作……」
どことなく舌ったらずに名前を呼んで、太宰は服が濡れるのも憚らずに織田に抱き着いた。ずっしりと感じる体の重みを受け止める。
抱き返してみると、服の上からでも分かるくらいに太宰の体は細かった。太宰は「太っている」と気にしていたけれど、全くそんなことは無かった。特に腰のあたりの細さを意識した途端に、織田はぞくりと下半身が疼いたのを感じた。
しっかりと抱き合ったまま、静かな風呂場の空間にゴロゴロという音が響いた。それは太宰の喉が鳴る音だった。
シャワーの熱気にやられたのか、心なし太宰の体温が高く感じられた。顔を覗き込んでみると、僅かながらに呼吸が荒いような気がした。
「……発情してるのか?」
太宰は何も答えなかった。答えないまま黙って織田を見詰めていた。その目は間違いなく情欲の色を孕んでいた。
そんな目で見られてしまうと自制が効かなくなってしまう。
少しだけ逡巡した後、織田は太宰から手を離した。ふいに不安の色を露わにする太宰。卑怯だと思いながらも、織田は能力を使ってしまった。
そして視てしまった。
数秒後にこの体を貪る自分の姿を。
抗おうとすれば抗える未来だった。
それでもそうしてしまうのは勿体無く感じられた。
すぐさま織田は太宰の両肩を掴むと、そのまま突き倒す勢いで押した。床に尻餅をついた太宰の背が壁に押し当てられる。織田の手がシャワーの蛇口を捻ると、真上からシャワーの湯が降り注いだ。
突然のお湯にびっくりした反応をする太宰に構うことなく、その唇を塞いだ。自分でも驚くほどに性急な口付けだった。
少し強引に太宰の体を捩じ伏せて、強引に唇を重ね合わせた。
「ん、ぐぅ……んんぅ!」
顎の角度を変えて唇を捲る。ちゅっと吸い上げてから僅かに離れると、うっすら開いた太宰の唇から犬歯が覗いた。
舌を捩じ込んで絡める。プリンの甘い味がした。
キスをしながら、織田は手を滑らせて大きな手で太宰の体を愛撫した。スーツのジャケットを脱がせてから、ネクタイを引き抜くと、まとめて空のバスタブへ放り投げた。どうせ濡れてしまっているなら、後で洗濯をすれば良い。
「……っ、はぁ」
唇が離れると、やけに熱を持った吐息を漏らして太宰は荒い呼吸を繰り返していた。
そんな太宰の頭部へと手を伸ばす。てっきり耳を弄られるのかと思った太宰は少しばかり警戒したが、織田の手は耳には触れなかった。
包帯の留め具を探ると、織田は丁寧な手付きで包帯を解いていった。何やら不安そうな面持ちで、太宰は織田の様子を伺っていた。
包帯が解かれると太宰の顔の隠れていた部分が露わになった。額に手を当てて、濡れた前髪を掻き上げてみるとその額には切り傷の痕があった。
良く見てみると、隠れていた方の目の瞼の上にも治りかけの傷があった。無表情のまま、織田は手を動かして、両手で太宰の顔を挟み込んだ。
真正面を向かせて見詰め合う。
どうやら太宰は落ち着かないようで、尻尾をふよふよと動かしていた。
「勿体無いな」
「……なにが?」
「女みたいに綺麗な顔してるのに」
かああっと太宰の顔が赤く染まった。目を合わせているのが恥ずかしいのか、織田から目を逸らしてしまった。
「で、でも、私は女性じゃないよ……」
「知ってる」
頬に当てがった手を滑らせて、ウェーブのかかった癖っ毛の髪を耳へ引っ掛けた。
「知ってるよ」
もう一度、まるで自分に言い聞かせるようにして、ゆっくりと織田は告げた。
太宰は一瞬だけ泣きそうな顔をした後に、次第に表情を緩めていった。幸せそうに顔を綻ばせて、さっきよりも喉のゴロゴロが大きく音を立てた。
嬉しそうにする太宰の頭をくしゃりと撫でてから、もう一度唇を重ねた。
さっきよりも熱を持った口付けを交わしながら、織田は大きな手の平で太宰を撫で回した。濡れたシャツが太宰の体のラインに沿って張り付いていた。愛撫していると、指が胸の頂にあった突起に引っ掛かった。
「……あっ」
短く声を上げる姿が何とも言えず愛らしい。織田の手が意地悪く、シャツの上から突起を摘んだ。
「ぁ、や……んぅ!」
逃げようとして背ける顔を追って唇を塞ぐ。胸を弄るのと反対側の手を滑らせて、ズボンのベルトを緩めると下着の下に手を突っ込んだ。
「んん、ッ!」
太宰の中心は既に熱を篭らせて膨れ上がっていた。硬くなったそれを手の平を使って上下にゆっくり擦り上げる。
「ん、ひ……」
キスされたままだと思うように声が上げられなくてもどかしい。
織田が手を動かす度にシャワーの音に混じって、くちくちと粘ついた水音が響いた。親指の先で先端をくすぐったり、薄皮を摘んだりして弄っていたら、だんだんと先走りが溢れて止まらなくなった。
溢れるそれを窪みに塗り込んでやると、ぬるぬるするのが気持ち良いのだろう。
太宰の舌が、ぴりぴりと痙攣した。
「ッ〜〜!?」
その舌をちゅううっと吸い上げて言葉を奪う。へにゃり、と太宰の体が弛緩した。
同時に織田の手の平に、どろりとした生温かい感触がした。太宰から唇を離すと、そっと手を引き抜いた。
べっとりとした白濁がこびり付いた手が太宰の眼前に晒される。ぼうっとした顔で太宰はそれを眺めると、織田の手首を手に取った。
そして、あろうことかその手を引っ張り寄せると自らの白濁が絡まった織田の指を舐め上げた。
「なっ!おい……」
さすがに織田も突っ込まずにはいられなかった。それでも構わずに太宰は織田の指を一本一本、口に咥えて綺麗にした。
太宰のその姿は不思議ととても健気に見えた。
いい子いい子と頭を撫でてやる。最後の指を舐め終えた太宰が顔を上げた。
幼い顔をしていた。
子供のようであり、少年であり、少女のようでもあった。
それに付随して太宰は猫だ。
未成年であり、他人に飼われているペットだ。
太宰の所有権は首領にのみある。
分かってはいるけれど、どうしても織田は抗えなかった。
ゆっくりとその場を立ち上がる。
「……立てよ。続き、するんだろ?」
力なく座り込んだ太宰の二の腕を掴んで引っ張った。
太宰は、ぽわんとした顔で織田を見上げてから、のそのそとその場を立ち上がった。

いつからだろう。
こんな風にお前を抱くことに抵抗を抱かなくなったのは。
お前の温もりを、恋しいとか、愛おしいとか、思い始めてしまったのは――


太宰の体から全ての衣服を剥ぎ取ってから、ベッドへ向かうと互いに強く抱き合った。
太宰の両脚の膝裏に腕を引っ掛けて、織田がシーツに手をつく。ゆっくりと織田が体を前に倒していくと、繋がりが深くなっていった。
「は、ひィ……!」
ゆったりと腰を揺らす。前のめりになる織田に倣って、太宰の腰が不安定に宙に浮いた。
「んっ!や……、や……!」
太宰が脚をじたばたと動かそうとするから、窘めるつもりで腰を打ち付ける。体の奥の深い部分に熱い楔が突き刺さった。
「あうっ、ぁ……そこ、ぃや……」
泣きそうな顔で首を振る。そういう態度を取られてしまうと余計に煽られてしまう。
「ここか?」
我ながらなんて意地悪なのだろうと思った。わざとその箇所を抉ってやる
「ひんっ!?」
太宰は目を見開いて、大きく口を開いた。開いた口の中、真っ赤に熟れた口腔に粘稠性の唾液が糸を引いている様が何ともいえず扇情的だった。
もっと可愛い反応が見たい。
そう思って、織田の手が太宰の腰の下を探った。尻尾の付け根を見付けると、そこをギュッと掴み上げた。
「ぅ、しっぽ……いじっちゃやだ……」
震える声すら愛らしい。
頭のてっぺんで元気なく萎れた耳を口に含んで甘噛みをした。
びくびくと太宰の体が打ち震えた。
「……にゃ、にゃー」
猫の部分を同時に弄られると、太宰の口からは猫のような声が絶えず漏れ出た。
その声がもっと聞きたい。
織田は尻尾を前に引っ張ってくると、先端からとろとろと蜜を零して張り詰めた太宰の熱の塊と一緒に纏めて握り込んだ。
ぎゅうっと握り込んだ途端に、太宰は大きく腰を跳ね上がらせた。
「ひぎゃ……!?や、んっ!?」
小刻みに体が震えて、呆気なく太宰は達してしまった。ぴゅっと跳ねた粘液が、綺麗な白い尾を汚した。
達したばかりで痙攣したままの太宰の体に容赦なく、織田は自らの絶頂を求めて動いた。
「あ、っ……おだ、さく…ぅ!」
「……っ、なんだよ」
切羽詰まった声音で言い返す。織田もだいぶ余裕が無かった。
ひくつく太宰の体の中を滅茶苦茶に擦り上げて掻き回した。
「わ、たし……いって……!いってる、から……らめ……!!」
舌ったらずに一杯一杯告げる太宰の口から、だらしなく唾液が滴った。恥骨の裏側を削ると、出したばかりの太宰の先から透明に近い白いものがピュッと押し出された。
「あ、ぅ……う……」
自分で自分の体が制御できない。泣きそうな声を上げながら、太宰は口をはくはくと動かした。
そんな太宰の反り上がった喉元に目が留まる。織田はそこへ唇を寄せると、巻かれたままになっていた首の包帯を噛んで引っ張った。
ぷちっと留め具が外れて包帯が外れる。包帯の下には首を絞められたような痕とか、銃弾が掠めたような痕が残っていた。
鼻を押し当てて、すんっと匂いを嗅ぐ。
なんだかこれでは織田の方が獣じみて感じられた。すんすんと鼻を鳴らすと、甘い良い匂いがした。
その匂いに誘われて、織田はそこを強く吸い上げた。紅い鬱血痕を残す織田の頭を、太宰は愛おしそうに掻き抱いた。
「ん、おださく……好き……」
好き、好きとうわ言みたいに何度も呟いて、太宰は脚を織田の腰に絡めた。
ついでに尻尾がうねって、織田の脚に絡み付く。
そのあまりに可愛らしい仕草に眩暈がしそうだった。
「っ……、太宰――!」
強く強く太宰を抱き締める。折れてしまうのではないかというくらい。強く。
ようやく織田は太宰の中で果てた。熱いものを全て太宰の中へぶつけて、ほとぼりが覚めた頃に見詰め合うと、何も言わずに何度もキスを繰り返した。

この瞬間、いつも織田は思った。
――こいつを俺のものにしたい、と。
しかしいくら願っても、太宰の飼い主が首領であることに変わりはない。
太宰が俺を「好き」と囁くその感情は、本能的な欲望から来る偽りの感情だ。
織田は自分にそう言い聞かせた。
言い聞かせておきながら、その口は全く違う言葉を発してしまう。
「……俺も、お前が好きだ」
離したくないと思った。
出来るならこのまま、首輪をつけて鎖で繋いで、一生こいつをここに繋ぎ留めて閉じ込めてしまいたい。
ただ、ひたすらにそう願った。


朝が来ると大抵は太宰は知らない間に帰ってしまうことが多い。
だから織田は目覚めた時に、腕の中にいた筈の太宰がいなくなっていることを確認するなり、いつも寂しい気持ちになった。
今日も同じだった。
腕に感じていた温もりがいつの間にか消えていた。
織田は体を起こすと、どこを見るでもなく、ぼうっとしていた。あくびをして後ろ頭を掻く。無性に煙草が吸いたくなった。
その時。
何やら物音が聞こえた。
おそるおそるそちらを見遣る。
台所に人影を見付けた。
ベッドから降りると、そっと足を前に進める。
台所を覗き込むと、見覚えのある白い猫の耳と尻尾。ふわりと茶髪を揺らして、太宰が笑顔で振り返った。
「おはよう」
あまりにも屈託のない笑顔だった。寝起きの頭には眩しく感じられた。
「今、朝ごはん作ってあげるからね」
えへへ、と笑って太宰はフライパンを温め始めた。台所に立つ太宰の姿を見下ろして、思わず織田は釘付けになった。
太宰が身につけていたのは、いつも織田が来ている黒いシャツ一枚だけだった。少年の華奢な体躯を隠す一枚のシャツ。ただでさえ裾がぎりぎりの丈だというのに、ひょろりと生えた尻尾のせいで際どいあたりまで捲れ上がっているのが、何とも言えずにいかがわしかった。
「……何作ってるんだ?」
昂りそうになる気持ちを堪えて、織田は太宰を背後から抱き締めた。太宰の肩に顎を乗せて手元を覗き込む。
「私特製、愛情たっぷりパンケーキ」
得意げに言って、既に掻き混ぜてあったボウルの中身をフライパンへ流し込む。パンケーキ……の筈なのに、それは不思議な色をしていた。
「……食えるのか?それ」
「失礼だなぁ!食べれるよ、多分」
多分ってなんだよ、と思いながらも敢えて織田は黙って見送ることにした。
火を通した生地が、ぷすぷすと音を立てて気泡を弾かせる。明らかにパンケーキとは呼べない形に変容していくそれを見て、ようやく太宰はわたわたと慌て始めた。
「えっ!な、なんで……」
慌てたせいで、思わず太宰はフライパンの熱い部分に触れてしまい「あつっ!」と手を引っ込めた。
「なにやってるんだよ?」
「うー……」
引っ込めた手をそっと握って、織田はそのまま太宰を抱き締めたまま流しまで手を引っ張った。
「火傷の痕が残ったら大変だろ」
冷たい水を流してやると、太宰は「……ごめん」と小さく謝った。
猫耳が元気なく萎れて、尻尾も垂れ下がってしまった。
そんな姿を見せ付けられてしまうと、ついつい織田は太宰を甘やかしたくなってしまう。
太宰を片腕に抱いたまま、近くにあったフォークを手に取ると、火を消したフライパンの中身を刺して掬った。
食べ物とは呼べないようなグロテスクなそれをまじまじと眺めてから、平然と織田はそれを口へ運んだ。
ぱくりと含んで咀嚼する。
太宰は大きな目を上目に遣って織田の反応を伺っていた。
「……悪くはないな」
「本当に?」
「ああ」
すぐさま花が開くように嬉しそうな顔をする太宰。その顔を見下ろして微笑んでから、そっと織田は太宰の唇を啄ばんだ。
唇が離れる。ぱちぱちと瞬きをする太宰を真っ直ぐに見据えて笑い掛ける。
「口直し」

いつか、これが当たり前になる日が来るのだろう。
お前がこうして、いつの間にかうちに転がり込んできたみたいに。
いつの間にかお前がうちにいるのが、当たり前の日常になる時が来れば良いのに。

ごろごろと喉を鳴らして擦り寄る太宰を抱き留めながら切に願った。


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