流星パラダイム

中学生ながらに考える。
もしこの先、紫原と一緒にいられるのは、あとどれくらいなのだろうかと。



放課後。
部活を終えて、赤司は部室の戸締りをしていた。他の部員達は既に下校してしまったため、部室に残るのは赤司ひとり。
部室の鍵を職員室に返しにいこうと思ったところで、体育館の鍵を締め忘れたことに気付いた。
体育館に戻らなくてはならない。
そう思って、体育館へ向かおうとした時――
「赤ちんみっけ〜」
のんびりと間延びした声。
振り向くと、紫原がコンビニの袋を手にこちらへ歩いてくる。
「紫原……帰ったんじゃないのか?」
さっき、黒子や青峰が下校するのに合わせて紫原も帰ったはずだった。
「んー?黒ちん達とコンビニにお菓子買いに行ったんだけどね」
言いながら赤司のそばに近寄る。
目の前までくると、紫原は腰を落として屈み込んで、赤司の目を真っ直ぐに見詰めた。
「赤ちんに会いたくなっちゃったから戻って来たし」
へにゃっと笑ってそんなことを言われてしまうと、つい嬉しくなってしまう。
赤司は大きな目を伏せて、ほんのりと頬を紅潮させた。
「……そうか」
「一緒に帰ろうよ?」
逸らしてしまった赤司の目線を追うようにして、紫原が顔を覗き込む。赤司はぎこちなく見詰め返すと、何も言わずにこくりと頷いた。
「やったー!赤ちん可愛いし」
「んっ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。本当はこんなふうにされるのは、子供扱いされているみたいで嫌だけれど、不思議と紫原相手だと嫌な気分にはならなかった。
「いこう?」
ぎゅっ
不意打ちで手を握られてしまって、赤司は顔を真っ赤にした。髪の色と同じくらい真っ赤になった顔で、紫原を仰ぎ見る。
「あ、あの……紫原……」
「なに?」
「校内でこういうことをするのは、その……」
おどおどと視線を泳がす赤司。紫原はムッとした顔をしてみせた。
「なに?赤ちんはオレと手繋ぎたくないんだ?」
「違う……!けど……」
しょんぼりと俯いてから、赤司はゆっくりと上目を向けた。
「誰かに見られたら嫌だろう?」
言いながらだんだん赤司の瞳が潤んでいく。強気につり上がっている猫目が、どことなく寂しそうだ。
「別に。オレは赤ちんといられるなら嫌なことなんてないけど」
「でも……」
何気に今さらりとすごいことを言われなかったか?
だとしても赤司は気がかりだった。
紫原といたい。一緒にいたい。
そう想えば想うほどに、罪悪感にも似た特殊な感情に胸を締め付けられる。
「帰ろっか?」
そんな赤司の胸中を察してか、紫原はやんわりと微笑む。
「体育館に寄ってからでもいいか?」
「いいけど」
「鍵を締め忘れてしまって……」
紫原がきょとんと目を丸くした。
「……珍しい。赤ちんいつもキチッとしてるのに」
「ごめん……」
落ち込んだ様子の赤司の頭を、紫原はもう一度撫でてやった。
「疲れてるのかな?赤ちん」
「…………」
赤司は切なそうに目を細めるだけで何も言わなかった。


体育館までやって来ると、念のため明かりが点いていないかチェックするため中に足を踏み入れた。
案の定、誰もいない体育館は真っ暗で広くて寒々しい。
開け放った扉の前で二人並んで立つ。
もう外も暗いから、体育館の中も外もたいして明るさは変わらない。それでも体育館の方のが暗くて寂しい感じがするのはどうしてだろう?
「電気も消えてるし何もないし、早く帰ろうよ?」
「……ああ」
赤司を見下ろす。どうしてか赤司は寂しそうな顔をして、体育館の一点をまっすぐに見詰めていた。
それに倣って紫原も赤司と同じ方向を見る。が、そこには何もない体育館の景色が広がるだけで変わったものなんてひとつもない。
「もしかして幽霊でもいるの?」
「いや……」
今度は足元を見下ろしただけ。赤司はそこから動こうとしない。
いまいち読めない赤司の行動に紫原がやきもきしていると、
「……ふふ」
小さな笑い声が聞こえた。
「幽霊なんているわけないだろ」
そう言って笑う赤司は年相応の少年だった。
思わず紫原は見惚れてしまった。
本能的に手が伸びてしまった。
長い腕を赤司の小さな体に巻き付けると、ぴったりと体がくっつくよう抱き締めた。
「む、紫原……!」
紫原の腕の中で赤司は体を硬直させた。
緊張しているのか、その声は上擦っている。
安心させるよう紫原は赤司の後ろ頭を撫でてやった。
「なんだか残念だし」
「え?」
「赤ちんの顔、もっと明るいとこで見たかったし」
拗ねたように唇を尖らせると、紫原は体を離して赤司の顔を覗き込んだ。
「赤ちんの全部、ちゃんと知っておきたい」
「そんなの知ったところでたいしたことないぞ?」
「あるし!」
一瞬、赤司が目を見張った。
「ちょっとでもいいから、赤ちんのこと知りたい。覚えたい……!赤ちんが悲しい顔するなら笑わせてあげたい」
「別にそんな気を遣わなくても……」
「だからそんなんじゃねぇの!!」
ふいに大きな声を上げられて、赤司は怯えたように肩を震わせた。手の平からそれを感じ取った紫原はすぐにハッと我に返る。
「……ごめん。大きな声だして」
「俺の方こそすまなかった……」
気まずい沈黙が流れる。
気まずさに堪えられず、先に沈黙を破ったのは赤司の方だった。
「帰ろうか……?」



(こんなはずじゃなかったのに……)
帰り道を歩きながら紫原は心の内で反省していた。
(赤ちん怒っちゃったかな?)
隣を歩く赤司の横顔は蝋人形みたいに綺麗で感情が読み取れない。
けれどどことなく寂しそうにも見えた。
改めて見る赤司は小さくて儚くて、ごく普通の中学生の少年に見えた。
途端に赤司が恋しく思えてきた。
肩を抱こうとしたところで、赤司が立ち止まる。
ぱっと紫原は手を引っ込めると、ぴたっと足を止めた。
「あ、赤ちん……?」
どったの?と声を掛ける。赤司の大きな目がきらきらと輝く。その視線の先を追うと、夜空に星が輝いていた。
「……綺麗だね」
思わず感嘆の声が漏れる。
赤司は黙ったまま頷いた。
今度こそ赤司の肩を抱こうとした時、赤司が「あっ」と声を上げた。
夜空を一筋の流星が駆けて行った。
「ながれぼし……」
呟いてから赤司を見やると、赤司は瞬時にギュッと目を瞑った。
少し経ってから目を開けた赤司は、恥ずかしそうに紫原を見た。
「あ、願い事……」
「んー?」
「流星に3回願い事唱えると叶うって……でも3回って無理だよな……」
「へ?」
「あまり信じてはいないが……」
真っ赤な顔で笑い飛ばす赤司の顔は泣きそうだった。
その顔がとても切なくて、見ているだけで紫原は胸が苦しくなった。
「っ……!赤ちん――」
赤司の体を力一杯抱き締める。
「流星に願い事なんかしなくてもさ……オレが赤ちんのお願い叶えてあげたい」
離したくない。絶対に。
今離してしまったら、赤司はきっとどこかへ消えてしまう。そう思った。
「オレに出来ることならなんでもするし!赤ちん、オレは……」
そこまで言ったところで、赤司の肩が震えているのに気付いた。
赤司は泣いていた。
「えっ!あ、ちょっと赤ちん……泣かないでよ……?」
「む、紫原……」
泣いている赤司の背をよしよしと宥めてやりながら、慎重に言葉を探す。
「流星にお願い3回言えなくても平気だし!流星にお願いするくらいなら、オレに3回ワガママ言ってよ?ね?」
赤司はただ震えて泣くだけ。
頭を撫で撫でしてあげても泣き止まない。
「……紫原」
「なに?」
「紫原はいつまで俺のそばにいてくれるんだ?」
泣き濡れた顔で赤司が見上げる。
その顔から察するに、少しでも言葉を間違ったら赤司を深く傷付けてしまいそうだった。
「……いつかは離れなくちゃいけないだろ?ずっと一緒になんかいられないよな」
悲しそうに小さく笑って赤司は涙を拭った。今だけは、紫原は景色が暗くて良かったと思った。赤司の悲しい顔を見たくなかったから。
「無理な願いなんだよな……?流星に願ったってどうにもならないんだ」
「赤ちん……」
「嫌な思いさせて悪かった……なにか奢るよ?コンビニにでも寄っていくか――」
そんな無理な作り笑いなんか見たくない。
衝動的に、紫原は赤司の顔を両手で挟み込むと引き上げるようにして上を向かせた。
そして間髪入れずにその唇を奪う。
赤司の唇はひんやりしていて、柔らかかったけれどとても寂しい味がした。
「っ、〜〜!ふ……」
苦しそうな顔をしながらも、赤司が突き放すことはない。紫原の服を掴んで離さない。
ちゅっと唇を啄ばんでから離れる。
とろんとした顔で見詰めてくる赤司の前髪を撫で上げてやってから、その額に紫原はキスをした。
額だけじゃ足りない。
瞼、頬っぺた、耳……
キスをする度、赤司は体温を取り戻したみたいに熱くなった。
「ぅ、紫原……」
「赤ちんが泣き止むまでやめない」
「わ、わかったから……!泣かないから……」
ごめん、と謝るから解放してやる。
すっかり涙は引っ込んだようだった。
「はっきり言って、いつまで赤ちんといられるかなんて分からないよ」
「……そうだよな」
「でも――」
ぎゅっと赤司の手を握る。
指と指を絡めて恋人繋ぎになったところで強く握り締める。その手を赤司の顔の横まで持って来てから、暗いなかでも赤司の顔がよく見えるよう至近距離に顔を近付ける。
「ずっと一緒にいたいって思うから……だから今はこの手を離したくない」
「本当に?」
「うん」
「そばにいてくれるか?」
あんまりにも必死な顔で赤司が言うものだから。お仕置きにもう片方の手も同じように握り締めてやった。
「3回言ったら叶えてあげるし」
そうして笑いかけると赤司はそっと目を閉じた。
やがてゆっくりと目を開ける。
「……約束、だからな」
「うん!」

両手を絡めて誓い合うその頭上。
もう一筋、流星が走り去っていった。





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