赤司と紫原が交換日記を始めました。2

「はい、赤ちん。日記かいたし」
朝練が終わって着替えを済ませた後のこと。紫原が日記を差し出してきた。
「……すまないな」
それだけ言って受け取ると、赤司はすぐに日記を鞄にしまった。

――赤ちんと交換日記を始めて2週間が経った。
交換日記を始めたからといって、赤ちんとオレの関係に何か変化があったというわけではない。
内容は他愛のないことばかりだ。
普通に会話をすれば済むようなことなのに。正直、面倒くさいなぁと思うことはある。
それでも、続けようと思うのにはちゃんとした理由があるわけで。

「……じゃあ。また昼休みにな」
「うん、おっけー」
そうして赤司と別れる。去っていく赤司の小さな背をぼんやりと眺めてから、ゆっくりと歩き出す。
赤司のあとをそっとつけてみる。時々周囲を気にするように、赤司は背後を振り返ったりして、その度に紫原は身を隠した。大きな体で物陰に隠れるのは一苦労だったけれど。
やがて辿り着いたのは図書館だった。
朝一番の図書館は人が少ない。それでも赤司はさらに人気の少ない場所を選んで席に着く。
そうして鞄から交換日記を取り出す。
表紙を眺めてから丁寧に指先で撫でて、それから慎重にページを捲っていく。過去のページを眺めてから最新のページまで繰っていく。
大きな目をくりくりと動かして文字を読む。
そんな赤司の様子を紫原は黙って窺っていた。
何度か読み返して、赤司はノートを閉じた。
そしてノートをギュッと抱き締めた。
愛おしそうに、大事なものを守るみたいに。胸に押し当てて抱き締める。
普段は無表情で、あまり感情の読み取れない赤司が、唇を引き結んで泣きそうな顔をして幸せそうにノートを抱いていた。
ちくり、と紫原の胸が痛んだ。
(どうしよう……)
紫原は自分の胸をギュウッと押さえた。
――今、ものすごく赤ちんを抱き締めたい。
掻き抱いて頭を撫でてキスしたい。
そんな衝動に駆られながらも、紫原は頭を振った。赤司に気付かれないよう、図書館を後にする。
(あんな赤ちん見ちゃったら、とてもじゃないけど交換日記めんどくさいなんて言えるわけないじゃん!)

赤司があんなふうに交換日記を読んでいる姿を目撃するのは今回が初めてじゃない。
まだ、交換日記を初めて3日目くらいの頃に図書館で偶然にも赤司を見付けたことに遡る。
あの時も確か朝練終わりで、いつもなら部室の施錠をするから最後まで残っているのはずの赤司が、その日は施錠を緑間に任せてそそくさと立ち去ってしまったのだ。
紫原は疑問に思って首を傾げたが、すぐに赤司がタオルを忘れていったことに気が付いた。赤司にしては珍しいミスだ。
どこか様子がおかしく見えたのも相まって、紫原は赤司を探すことにした。
そして、赤司を見付けたのだ。
その時の赤司は今までに見たことがないくらい幸せそうな顔をしてノートを読んでいた。
何度も何度も同じページを捲って――



昼休みになるといつものバスケ部メンバーで昼食を摂ることにした。
「そういえばこの間、撮影でマイちゃん見たっスよ」
「え!?まじかよ!?!?」
そんなやりとりで騒ぐ黄瀬と青峰を尻目に、赤司は静かに食事を進めていた。
赤司の隣では紫原がご飯をもぐもぐとかき込んでいた。その向かいの席で緑間が顔を顰めた。
「……紫原」
「なぁに?」
「いい加減に箸の持ち方を直すのだよ」
「またそれぇ〜?」
緑間はだらしがないのが嫌いだから、何かと紫原につっかかる。いつものことだ。
「…………」
それでも赤司としてはせっかく隣同士にいるのに、紫原が自分に構ってくれないことが少し寂しかった。
「赤司くん」
目を伏せて食事を口へ運ぶ赤司を黒子が覗き込んだ。黒子は紫原と反対側の赤司の隣の席にいた。
「どうした?」
「順調ですか?」
「?なんのことだ……?」
「交換日記ですよ」
黒子が小さく微笑む。その顔を見ていると不思議と心が浄化されていくような気がした。
「……ああ」
「良かったですね」
赤司としては交換日記のことはなるべく周囲には隠し通したいと思っていた。
しかし、人間観察が趣味で観察眼の鋭い黒子にだけは見抜かれてしまったのだ。
「紫原くんと親睦を深められそうですか?」
「……さあ」
交換日記の内容なんて他愛のないものばかりだ。
(そういえば、紫原の昨日の日記……。新作のアイスが美味しかったとか書いてあったっけ……)
ちらっと赤司は紫原を見上げた。
「だからミドチンは友達できねーんだし。なんかあるとすぐに人事人事ってさぁ。人事を尽くしてなんとかっていうけど、だから?ってかんじ」
「紫原……そうやって歯に衣着せぬことばかり言えるのは貴様が子供だという証拠なのだよ。もう少し大人な物言いはできないのか?」
「あー、もううっさい……」
変わらず、緑間と言い争いを続けている紫原の服を、赤司はテーブルの下の見えない位置でギュッと掴んだ。
「……赤ちん?」
紫原がこちらを向いた。見上げる形で見つめ合いながら、赤司は唇を震わせた。
「あの、紫原……その………」
「なに?」

――『良かったら、今日帰りにアイスでも食べにいかないか?』

そう言おうとしたのに、なかなか言葉が発せられない。
「あの、な……良かったら、今日――」
「あっ、そうだ。今日アイス食いにいかねぇ?黄瀬のおごりで」
ようやく言いかけたところだったのに。
赤司の小さな勇気は青峰が発した一言によって掻き消されてしまった。
「えー!!なんでオレのおごりなんスかぁ!?」
「うっせぇなぁ。お前はマイちゃん見れたんだからいいだろうがよ」
「良くないっスよ!てか意味わかんないっス!!」
ぎゃーぎゃー喚く黄瀬に対して、紫原は「おー」と声を上げた。
「賛成だし。オレ、新作のゴリゴリくんパイナップルチョコレート味たべに行きたいし」
「なんなのだよ、それは」
「えー、ミドチン食べたことないの?美味しいよ?」
(……それって)
紫原が日記に書いていたやつだ。
「おいテツ。今日、部活の後ひまか?」
「これといって用事はありませんが」
「なら決まりな」
「青峰っちぃ!!誰がおごるか、ここは公平にジャンケンで決めるべきっスよ!!」
皆がわいわいと盛り上がるなか、赤司は置いてけぼりだった。
会話に乗れなくて、仕方がないから定食の味噌汁の豆腐を箸でつついた。
「赤ちんは?」
「へ?」
ふいに紫原から声を掛けられて、赤司は声が裏返ってしまった。
「赤ちんもくる?」
「俺は……」
赤司はよく分かっていた。楽しい雰囲気を邪魔してはいけない。赤司がそこに加われば、せっかくの明るくて和気藹々とした空気が凍ることを。
赤司だって、そういうふうになるのを望んでいるわけではない。けれど、せっかくの楽しい時間を殺伐としたものにするのは申し訳なく感じてしまったのだ。
それに、いまいち乗り気じゃないのも確かだった。
「……俺はいいよ。やらなくちゃいけないこともあるし」
「えー、赤ちん来ないとつまんないし」
ぶー、と紫原が唇を尖らせる。
いじけた顔をするその頭を優しく撫でてやる。
「また今度な」
言いながら泣きそうになった。



『なんか最近すっかり夏だよねぇ。そうそう夏といえばアイスだし。
赤ちん、アイスとか好き?
オレは大好きでいつも食べ過ぎちゃって母ちゃんと姉ちゃんに怒られるんだよねぇ。
たまにね。冷蔵庫にあるバーゲンダッツこっそり食べちゃった時も、めっちゃ姉ちゃんに怒られたし。
それよりもね。この間、ゴリゴリ君の新作食べたけど美味しかったよ。パイナップルチョコレート味。
甘いんだけど酸っぱくてトロピカルな感じ。赤ちんも食べてみるといいよ?
今度一緒にコンビニ行ったら買って帰ろうねー』

そこまで読んで赤司はノートを閉じた。紫原が書いた昨日の日記だ。
部活終わりの誰もいない部室で、赤司は溜め息を吐いた。
「……またひとりか」
出来れば今日は紫原と一緒に帰りたかった。ふたりきりで、アイスを買って食べて。
そんなささやかな願いすら、叶える勇気のない自分が歯がゆくてもどかしくて情けない。
部室を施錠すると、赤司は帰り道を歩いた。
夏の空はまだまだ日が長い。
蝉の声だけがやけに耳に響いてうるさかった。
少し歩いたところでコンビニを見付けた。
思わず立ち寄ってみると、おもむろにアイスの入っているクーラーボックスを眺めてみた。
(……これ)
例のゴリゴリ君だ。手に取って、少し考えてからレジへ向かった。
コンビニの外に出るとアイスの封を切る。そっと舌を伸ばして舐めてみると、冷たさと甘さと酸っぱさが舌を刺激した。
シャリッと齧って味わう。
なんとも形容し難い奇妙な味だ。
それでも不思議と食べ進めてしまうのは何故だろう。
「…………」
シャリシャリと齧っていくうちに、次第に視界が滲み始めた。
鼻がツンとして、赤司は目元をこすった。
「……紫原と食べたかったなぁ」
それでも紫原が好きな物を知って、紫原が知ってることを理解して、こんなふうに共有できたのは嬉しかった。
そう思うだけで、ほんのちょっと幸せだった。
そうして最後まで食べ切った時――
「当たった……」
アイスの当たり棒というのを初めて見た。しばらく見詰めてから、赤司はそれをハンカチに包んで持ち帰ることにした。


帰宅すると、すぐに日記にペンを走らせる。
『昨日、たまたま使用人がおつかいで例のゴリゴリ君の新作を買ってきてくれたから食べてみたよ。正直、あの味は想像できなかったよ。
でも不思議と美味しかった。今度、良かったら一緒に食べにいこう。――』
そこまで書いて目を閉じる。
堪えていた涙が溢れてきて赤司はペンを置いた。
「……嘘なんて書いてどうするんだろう?俺」
日記の横に置いていた当たり棒が目に入る。
――いつかこれを使う時がくるのだろうか?
そんなことを考えながら、赤司はそっと目を閉じた。

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