理想のヒロインA氏

俺が思うところ赤司征十郎は女だったら完璧だと思う。
添えるなら才色兼備という言葉がぴったりだろう。
頭が良くてスポーツ万能。生徒会に所属していて、誰よりも人を従える能力に長けている。
それでいて顔がまあまあ可愛い。いわゆる美少年だ。
一度見たら忘れられない鮮烈な赤い色の髪。意志の強そうなまっすぐな目。
誰にも立ち入ることを許さない。
自分の中に。内側に。
赤司征十郎の本音を知る者はいない。
他者を利用することはあっても、決して寄り添うことはない。
いつまでも孤独でいて孤高。
それが赤司征十郎だ。


「……女だったら間違いなく俺好みのラノベヒロインなんだけどなぁ」
屋上で風に吹かれながら黛は呟いた。
誰かに向けた言葉ではない。単なる独り言だ。
屋上から地上を見下ろしてみれば、中庭の芝生のところに見える赤い色。
さっきから黛はそれを俯瞰していた。
どうやら赤司は生徒会の仕事か何かで、美化委員会の連中とさっきから中庭で何かを話し合っているようだった。中庭の花壇をどうするか、とかそういったものだろう。
表情を変えることなく淡々とした様子の赤司。その口が動いて、一言二言告げれば周囲はそれに従う。
バスケ部で常に赤司を見ている黛にとっては、もう既に馴染み深い光景だ。

不思議と赤司に釘付けになる。
目が離せなくなる。

黛が黙って見下ろしていると、ふと赤司がこちらを見た。
ドキッ
目が合うと、黛は急いでその場にしゃがみ込んだ。
(……あっぶねぇ)
フェンスに背をつけて、ずるずると座り込む。
(てかなんで隠れてんだ俺!?)
別にやましいことなんてしていないのに。ただ可愛い後輩を眺めていただけ。悪いことじゃない。
それなのに黛は、まるでいたずらがバレて叱られるのを待つ子供みたいに、心臓がバクバクいってるのを感じた。
(……おかしいだろ。俺)
火照った顔を手で覆い隠して息を吐く。
最近、赤司のことを意識する度にこのザマだ。
今みたいに赤司と目が合ったりすると、決まって動悸が激しくなる。
そして湧き上がってくる感情。

赤司をもっと見ていたい。赤司にもっと見て欲しい。俺だけをただ真っ直ぐに。
その二色の目に俺だけを映して。
二色の俺をどちらも愛して――

(ん?まてよ。「愛して」って……)
自分の心情に対して自ら突っ込んでから、黛はガーッと顔が熱くなったのを感じた。
「……いや、ありえねぇし。そんなの。俺の嫁は林檎たんだけだ。林檎たんが俺の嫁。嫁は二人もいらない。林檎たんだけを愛していれば俺はそれで――」
「何をぶつぶつ言っているんだ?千尋」
誰かに向けた言葉ではないのに。
平然とした顔で見下ろしてくるのは、さっきまで見下ろしていた赤い色。
「赤司……!?」
まさか俺嫁宣言を聞かれてしまったか!?
黛は内心冷や汗だったが、ポーカーフェイスで乗り切ることにした。
「……生徒会の仕事はいいのかよ」
「ああ。無事に解決したよ」
「そうか。良かったな……」
ふーん、と流すように言ってそっぽを向く。
近くで見れば見るほど、赤司は眩しい。
太陽を見上げているみたいだ。
赤司は本当に人の上に立つのが似合う。
「千尋」
「なんだよ」
「こっちを向け」
黛は赤司の命令に従うのが嫌いだ。
なにより自分が大好きな黛にとって、 自分の行動を誰かに制御されるというのは堪え難いことだからだ。
それなのに、赤司はどこまでも強情だ。
「僕の言う事が聞けないのか?」
強い語気でそう告げて、赤司が屈み込んでくる。
赤司が黛の顔に手を添える。すると、すごく柔らかい手つきで黛の顔を目が合うようこちらへ向かせた。
(……綺麗だ)
その目に思わず見惚れてしまった。
大粒の宝石でも嵌め込んだみたいに気高く輝く眼。ルビーとトパーズを連想させた。
緩やかな風が吹く。
赤司の香りが鼻を掠めて、黛は我に返った。
「あ、赤司……近いって……」
やんわりと赤司の手を払いのける。
赤司は少し不満げな顔をして、黛へ上目を向けた。
「千尋、僕の事さけていないか?」
「は?」
「気のせいだったらごめん。ただ、少し気になっただけだよ」
小さく微笑んで赤司が立ち上がる。
なんだかこのままだと遠くへいってしまいそうな気がして、黛は咄嗟に手を伸ばしていた。
ごく自然に無意識に、赤司の手首を掴んで引いた。
赤司の体が揺らぐ。倒れ込んでくる体を受け止めると、その感触に体中の細胞がざわめき立った。
思ったよりも細い。小さい。柔らかい。
赤司は男だし筋肉もある。
それなのにどうしてそう感じるのだろう?
その答えは直後に知ることになる。
「――千尋」
これといって表情を変える事なく赤司は告げる。
「……恥ずかしいから、その……手、離してくれないか?」
わずかに赤司の眉が動いて頬が染まった。
そんな可愛らしい仕草に夢中になるより先に、「手」と言われて手を動かしてみると――
ふにっ
柔らかい感触がした。
「……んっ」
赤司が恥ずかしそうに目を伏せる。
おそるおそる黛は手元を見やった。
なんと、黛の片手が赤司の尻を掴んでいたのだ。
「!?!?」
急いで手を離すと、黛は両手を挙げて無意味にも降参のポーズをとって見せた。
「わ、悪い……!」
「いや……」
心なし……ではない。赤司の耳が髪と同じ色に染まっていた。困ったように瞳を潤ませて、何かを逡巡しているようだった。
(こいつでもこんな顔するんだ……)
胸がキュンと甘酸っぱい。
ドキドキする。なんでだろう?

そんなこと、答えなんてとっくに気が付いているのに。

(ああ……、クソ。本当にどうにかしちまったな、俺)
赤司征十郎は女じゃない。男だ。
正真正銘の紛れも無い男だけれど。

黛千尋にとってその存在は、理想のヒロインそのものだった。




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