クリームコンプレックス

自分に不可能なことなんてない。
学業においても常に首席で、スポーツだって万能にこなすことができる。人望もあり、常に他者から敬われる存在。
生まれた時から何もかも完璧で、手に入らないものなんてない――そう思っていた。
けれど、そんな赤司にも人知れない悩みがあった。誰にも打ち明けることはなかったけれど、実はひっそりと思い悩んでいたのである。
「敦」
「なぁに?」
目の前でケーキを頬張る紫原を見上げる。
ここはとある喫茶店。高校へ進学してからひさしぶりに東京で会うことができた赤司と紫原は二人だけの時間を存分に満喫していた。喫茶店のテーブルの上には紫原が注文したケーキが所狭しと並べられている。
ふわふわで真っ白なクリームのショートケーキ、星の形をしたチョコが刺さったチョコレートケーキ、宝石みたいなフルーツがたくさん乗ったタルト、クリームと苺のコントラストが愛らしいミルフィーユ、キャラメルのプリンに大粒の栗のモンブラン。
対する赤司の前には紅茶のカップがひとつ置かれているだけだった。
「それだけ食べても太らないのか?お前は」
「うーん……わかんない。言われてみれば最近、体重増えた気がするけど、身長も伸びたみたいだし」
「何センチあるんだ?」
「この間の健康診断だとねぇ……208センチだったかなぁ」
「そうか……」
赤司はカップに視線を落とした。ティーカップの取っ手を摘むと口元へ寄せてから、ふーふーと息を吹きかけた。
猫舌の赤司は熱いものを食すのが得意ではない。舌を火傷するのが嫌で、用心深く息を吹きかけていると、紫原がその様子をガン見していた。
そっとカップに口を付けて啜ってみるものの、適温ではなかったらしくすぐに赤司は口を離した。
「……ぷ」
思わず紫原が噴き出した。
(なにかおかしなことをしてしまったかな……)
つい恥ずかしくなって、赤司はカップをテーブルに置くと頬を染めた。
「赤ちん可愛いし。やっぱ熱いのダメなんだねぇ」
「駄目じゃない……!ただ少し得意じゃないだけだ」
「それってダメってことじゃん」
悔しいけれど反論できない。紫原と会話をしていると、時々こうして言いくるめられてしまうことがある。幼稚そうに見えて、紫原は頭がいいから敵わない。
だからこそ、紫原のそういうところに赤司は惹かれたのかもしれない。
「赤ちんも食べる?」
目の前に差し出されたのはフォークに刺さったスポンジとクリーム。じっとそれを見詰めてから、赤司は小さく首を振った。
「……甘い物は控えているんだ。すまない」
「なんで?」
「それは……」
思わせぶりにそっと腹部に手を当てがう。
「僕はお前と違って、食べたものが身長に足されるわけじゃないからだよ。お前だって嫌だろう?太っているのは」
うーん、と紫原は首を傾げるとそのままフォークを自分の口へと運んだ。
「確かに太ってるのは嫌だけど」
もくもくと口を動かしながら、紫原はモンブランの栗にフォークを突き立てた。そして栗を顔の前にかざすと、じっと眺めた。
「赤ちんなら何でも愛せるし」
あまりにも何気なく告白されてしまうと、赤司は耳まで顔を真っ赤にした。照れ隠しに再びティーカップを手に取って飲もうとする。まだ中身は熱かったが。息を吹きかけるのを忘れていた。
「、ッ」
反射的に口を離して、赤司はカップを置くと口元に手を添えた。紫原から見えないよう、手で隠しながら舌を冷やす。
「あはは。赤ちん可愛い〜」
「うるさい」
「お口やけどしちゃった?はい」
ついっと差し出されたのは栗だった。
「モンブランの栗って甘くて美味しいけど、赤ちんにあげるし。冷たいからお口冷えてちょうどいいかもよ」
ニッ、と微笑まれてしまうとどうしても丸め込まれてしまう。おずおずと口を開いて、赤司は身を乗り出した。
ぱくり
栗を口に含むと確かに冷たくて美味しかった。
「赤ちんさ。何もかも完璧に出来ないとダメだ、とか思っちゃうところ、オレは嫌いじゃないけどさ。赤ちんが思ってるほど、周りは赤ちんに期待なんかしてないし」
「期待していない……」
さり気なく言われたことに少なからずショックを受けた。

(僕は敦に、どうしたらもっと僕のことを好きになってくれるかっていつも考えていたけれど)

「敦は僕に期待していないのか……?」
弱々しい声で上目を向けると、紫原の動きが止まった。
「僕は、敦が背の高い女性が好みだって言うから、女にはなれないけれどせめて少しでも敦の好みに添えるようになりたいって思っていたんだが……」
小さく息を吐くと、赤司は短い前髪を摘んだ。短い前髪と大きな目には幼さが残っている。
紫原はそっと手を伸ばすと、赤司の前髪を指先で掬い上げた。
「確かにオレは背の高い子が好きだけど、赤ちんだったら何でもいいし。ちっちゃくても太ってても、その目でオレのこと見ててくれればそれだけで充分だしね」
「………」

どうしよう。
嬉しくて何も言えなくなってしまった。
黙って手元のカップを見下ろすことしかできない。これほどまで自分を恋い慕ってくれる紫原の存在が、赤司には尊くてたまらなかった。
「敦はずるいな」
「ん〜?」
「僕を喜ばせる天才だよ」
「なんかその言い方えろいし。お家帰ったらもっと赤ちんのこと喜ばせてあげるし」
「楽しみにしているよ」
そうしてお互い笑い合うと、ケーキを食べさせあったりして楽しいひと時を過ごした。



今日は紫原の家に泊まることになっていた。紫原の家族は留守にしていた。だいたいが、家族が留守になる日を狙って、紫原は赤司を家に招待していた。
先にシャワーを浴びた赤司は裸でベッドにもぐっていた。紫原の香りがする少し埃っぽいベッドだ。
「赤ちーん」
腰にタオルを巻いた姿で紫原は部屋に戻ってきた。
「いいもの持ってきたし」
ベッドに腰を降ろした紫原の手には、ホイップのクリームが握られていた。
「オレね、生クリームをこうやって食べるの好きなんだよねぇ」
ちゅうっとホイップのクリームを指先に絞ると、その指先を赤司の口元へ持っていく。
何も言わなくても意味を悟った赤司は躊躇なく紫原の指をしゃぶった。ちゅうちゅうと吸い付くと、そっと上目遣いで紫原を見た。
「甘いでしょ?」
「……ああ」
ぺろっと唇を舐める赤司が美味しそうで、紫原は赤司の頬に手を添えると流れのままに口付けた。赤司はそっと目を瞑ると、そのまま紫原のキスを甘受した。
肉厚の舌が上顎をくすぐって、口の中に生クリームが残っていないかどうか探り出す。
強引で荒々しいキスだが紫原らしい。
「……っ、はふ」
息継ぎの度に間抜けな声が漏れてしまって恥ずかしい。半開きになった唇のままに紫原を見詰めていると、ホイップの先端を口に突っ込まれてしまった。
「んぅ」
「そのまま吸ってみてよ。オレのオススメの食べ方〜」
「んっ……」
言われた通りに吸い付くと、ホイップが口に注ぎ込まれる。口一杯が甘ったるい。
「赤ちん、えっちだなぁ」
赤司の口からホイップを抜く。赤司の唇は見るからに甘そうだった。キスしたくなったがここは我慢。
「でもね、もっとおいしい食べ方知ってるし」
「?」
赤司の肩をそっと押してベッドに倒す。
明るい部屋で裸体をそのまま晒す格好に、赤司はたちまち羞恥を覚えた。
紫原の目――いつもの感情があまり読めない目だ。何もかも見透かされてしまいそうだ。
「……あ、敦」
「なに?」
「あまり見ないでくれないか……?その、……たいした身体じゃないから」
こうやって明るいところで体を隅々まで見られてしまうと申し訳ない気持ちになってしまう。
「たいしたことなくないし。オレは興奮するし」
ぴとっと紫原の手が無遠慮に赤司の体を撫でた。わざと、ごつごつとした感触を確かめるみたいな手つきで撫で上げられる。
「や、やだ……」
触られるのが嫌で赤司が体を捩らせる。
それが面白くて、紫原は意地悪にも肩を掴んで元に戻した。
「こうやっておっぱい揉んでたらBカップくらいにはなるんじゃないの?」
「……やぁ」
大きな手が胸を揉みしだくが、当然揉めるだけの質量なんてない。
「お願い……やめて、やだ」
足をばたつかせてみても効果なし。
「せめて明かりだけでも消してくれないか……?」
「やだし。そしたら赤ちんのことよく見えないじゃん」
「見なくていい……」
こんな貧相な体、見られたくもない。
そんな赤司の願いなんて届かずに、今度は紫原の手が脇腹を掴んだ。
「あれ?もしかして赤ちん……」
赤司は泣きそうな気持ちのまま口を噤んでいた。
「痩せちゃった?」
「……そうかな」
「うん。痩せたし。やっぱり、全体的に手触りが違うって思ったら痩せちゃったんだね」
「ごめん……」
意味もなく謝ると、早くこの場を去りたい気持ちになってきた。なんだかすごく惨めだ。
「なんで謝るの?」
「………」
「なんか言ってよ?」
「……ごめん」
心なし声が震えている。

――どうしてだろう。
敦に好きになってもらいたいって思えば思うほど、なんだか違う方向へ向かっている気がする。きっと敦は怒っているのだ。だって敦は、なんでも完璧に出来てしまう僕が好きだから。敦のために僕は完璧じゃなくてはいけないのに。それなのに僕は、敦の期待に応えていない。敦は僕にたくさん幸せを与えてくれているのに、僕は敦に何もしてやれない。

哀しくて、悔しくて、惨めだ。
「僕、敦が望むならなんだって出来るつもりだ」
「どうしたの?突然」
「だから、お願いだから僕のこと……捨てたりしないでくれないか……?」
紫原が、ぽかんとした顔で目を見開いた。
「お前にもっと好きになってもらいたいと思って背を伸ばそうと努力してみたが駄目だった……顔だってお前好みの大人っぽい顔立ちじゃないし……。努力はしているがこればかりはどうにもできないんだ。だから本当にごめん」
「ちょっと、赤ち――」
「だからせめて僕に出来ることなら何でもするから……少し恥ずかしいが、嫌じゃなければ僕の体を好きにしてくれて構わない。お前が満たされるなら僕はそれで……」
言いかけた言葉は途中で奪われた。文字通り、唇を奪われてしまったのだ。赤司が言いたかったことを飲み込んでしまうかのような性急な口付けだった。
「今言ったこと忘れないでよ?」
「え……?」
「どれだけオレが赤ちんのこと好きか、思い知らせてやるし」
そうやって微笑んだ紫原は大人の顔をしていた。いつもの幼さの残る、ぼーっとした顔ではない。試合中に垣間見る、鋭さと獰猛さを兼ね備えたものだった。
思わず赤司の心臓が早鐘を打つ。見惚れているうちに、開かれた胸元に生クリームがホイップされる。
「いただきまーす」
ぺろっとホイップを舌で掬われて、ねとーっと舌が滑る。ぞくぞくした感じが背中を駆け抜けた。
「赤ちん甘いなぁ。もっと甘くなっちゃえ」
さらに生クリームがホイップされる。狙ってなのか、片方の乳首にクリームが絞られる。まるでケーキに食らいつくかのように、紫原がかぶりついた。
「あっ、ん……!」
クリームに埋もれた小さな粒を探すため、噛み付かれてから舌の先がちろちろと蠢いた。
ショートケーキのクリームの中から苺を探し出すように、乳首を暴くとちゅうちゅうと吸い付かれる。
「ん……、っや」
反対側の乳首を親指で潰されると、赤司は下腹部が疼いた。
「勃っちゃった?」
「!?」
どうやら無意識に腰を浮かせていたらしい。ゆっくりと見下ろしてみると、たしかに自身は緩く形を変え始めていた。
「うぅ……」
恥ずかしくて膝を擦り合わせようとするも、両の太腿の間に滑り込んできた手に阻止させる。そしてその手はそのまま、睾丸ごと中心を擦り上げてきた。
「やっ!そんな触ったら……」
ズクズクとその箇所が充血したように熱くなる。やがてすっかり勃ち上がってしまったそれを、躊躇なく紫原は口に含んだ。
「あっ!?だ、だめ……、敦」
部屋が明るいせいで全部丸見えだ。
ふしだらに先走りを零す自分のそれを、音を立てて啜る紫原の姿とか。まいう棒を咥えているあの口が、こんなにいやらしいものになるなんて。
そういうことを考えていたら、ふいに紫原が口を離した。
「オレだけ美味しい思いしてても不公平だもんね。はい、赤ちんもどーぞ」
顎を掴まれると、そのまま口の中に親指を突っ込まれて無理矢理開かれる。はしたなく開かれた口の中に、あろうことかホイップクリームが注ぎ込まれた。
「ふ、ぅ!?」
いくらクリームが軽いものだとはいえ、一度に大量のものを注がれてはさすがに苦しい。赤司が戸惑っている隙に、紫原は腰のタオルを外して自らの欲望を取り出した。
「赤ちんがえっちだから、もうオレこんなだし」
赤司が必死に口の中のクリームを飲み下していると、クリームとは違ったぬるりとした感触がした。
「っ、ひ……!」
まだ口の中のクリームを消化しきれずに、どろどろに汚れた口元のままにおそるおそる見下ろしてみる。
「……もう挿れるのか?」
「うん。だって好きにしていーんでしょ?」
つぷぷ、とローションを馴染ませた指先が体の中に埋まっていく。これから行われるであろう行為を悟ると身体中が疼いたが、反面でどこか虚しい気持ちになった。
体の中をぐるりと掻き混ぜられて、探られる感覚は未だに慣れない。
(僕が女の子だったら、こういうことしなくて済むのかな……)
見下ろすと悔しいくらいに反応してしまっている自分の体が憎らしい。
「……赤ちん、もういい?もう平気?」
「うん……」
指を抜かれて、これから体が繋がるといったこの段階が一番緊張する。赤司を安心させようと、紫原は顔中にキスを降らしてくれた。汚れた口元を舐めて綺麗にしてくれた。耳元を濡れた吐息が掠めた。
赤司の膝裏を掬い上げると、ちゅっと太腿にキスをしてひとつだけ痕を残す。そしてゆっくりと、傷付けないように挿入していく。
圧倒的な質量が体に埋め込まれる。
苦しい。けど、ゆっくりと込み上げてくるのは確かな幸福だった。
こうして体が繋がることが、繋げられることが、嬉しくて幸せだ。
「あ、つし……」
「ん?」
「手……」
繋いで欲しくて指を動かすと、ベッドの上に転がる赤司の手の平の上から大きな手が覆い被さる。
指と指を絡めて強く握り合ってから、赤司はそっと目を瞑った。吸い寄せられるように紫原が唇を重ねる。
ぴったりと体をくっつけて、お互いの体温を感じた。
「……赤ちん甘い。ケーキみたい」
舌舐めずりをする紫原は色気があって格好良い。
「赤ちん、自分で動いてみる?」
こくり、と赤司は頷いた。
繋がりが解けないよう体を動かして、体の位置を逆転させる。ベッドに寝転がった紫原に跨ったまま、手を繋いだまま、赤司はゆっくり腰を動かした。
自分の中に紫原がいる、と感じる度に例えようもない快楽が込み上げる。
「は、……あつ、し……ッ」
「うん……あかちんいい子〜」
伸びてきた長い腕が頭を撫でてくれる。それがすごく嬉しい。片方の手は離れないように強く握って腰を揺らすと、快楽の波が押し寄せる。
「っ、くぅ……ん……!あつしぃ…」
絶頂の瞬間、赤司は紫原の体に倒れこんだ。不思議と絶頂する時、一瞬だけだがものすごく寂しい気持ちになるのだ。それを分かってくれて紫原は受け止めてくれた。ぎゅうっと抱き締めて二人同時に絶頂する。
「赤ちん……」
「……ぅ?」
「赤ちんはね、完璧じゃなくていいんだよ……?オレは完璧なんて期待していないんだから」
「でも、敦は僕のこと――」
ちゅっ
またも唇を啄ばまれて言葉を奪われた。
「まだわかんない?」
赤司の大きくて潤んだ目を覗き込むように見詰めて、長い指が額と目元と鼻と唇を撫でる。

「赤ちんだから好きなんだよ」

生クリームのとろけるような甘さがまだ口に残っている。
だからなのか分からないけれど、甘すぎてむせてしまいそうだ。

「……いいのか?」
「うん?」
「僕はお前を満足させられるか?」
大粒の赤と金の目。
そのどちらも愛らしくて美味しそう。
「分からないなら何度でも食べてあげるけど?」
あーっと口を開けて首に噛み付かれる。
「ふ、……くすぐったい……」
「赤ちんいただきました〜」

たまには甘すぎるのも悪くはないかもしれない。




[ 41/346 ]



[もどる]
[topへ]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -