恋は駆け引きと奪い合い 1

ずっとずっと羨ましかった。
頭を撫でてくれる大きくて優しい手とか、おねだりしてくる甘ったるい声とか。
どうして僕じゃないんだろう?
どうして僕じゃ駄目なんだろう?
顔も体も同じなのに。
僕は兄さんにはなれないんだ。


「やだやだ!赤ちんと離れるとか嫌だし!!」
「紫原……わがままを言うんじゃない」
「やだぁ……」
べったりと赤司にくっついたまま駄々をこねる紫原。
赤司の体を後ろから抱き締めた状態で、肩口に顔を埋めてすりすりする。
「こんなんだったら秋田なんか行くんじゃなかったし。寒いし練習厳しいし赤ちんに会えないし」
「いまさらそんなことを言ってもどうしようもないだろう?」
「でもぉ……」
ムスッと唇を尖らせる紫原を振り向いて、赤司は小さく微笑んだ。
「ほら、そんなにべったりだと夕飯の支度が出来ないぞ」
「むぅ〜」
赤司の忠告に逆らうように、紫原はさらに腕の力を強める。
上目に赤司を見ると、赤司は相変わらず柔らかく微笑んでいた。
「こーら」
「いてっ」
ぽかっと軽く頭を小突いてやると、紫原はのそのそと身を引いた。
「……赤ちんは寂しくないの?」
「寂しいよ」
「ほんとに?」
「ああ」
台所に向い立ったまま、赤司は振り向かずにニンジンを手に取った。
慣れた手つきで包丁を使って、するすると皮を剥いていく。
「離れている時はいつもお前のことばかり考えているよ」
「ほんとに?」
「ああ」
嬉しいことばかり言う目の前の小さな背中。
見詰めていると、ぽーっと胸が温かくなる。
さっき叱られたばかりだけれど、すぐに飛び付いて力一杯抱き締めたい。
でも我慢しないと。
(赤ちんに嫌われちゃうから)
紫原はぎゅっと目を瞑った。

今がとても幸せすぎて、離れる時のことを考えると寂しくなって駄々をこねてしまう。


冬休み。
ウィンターカップが終わって、そのまま秋田へ戻ることなく紫原は東京に残った。しかし、赤司は主将として京都に戻らないわけにはいかず、一旦京都へ戻ってからすぐに東京へ帰ってきた。
普段は離れ離れで会えないけれど、長期休みはお互いずっと一緒にいることができる。
一日たりともそんな貴重な時間は無駄にしたくはなかった。
それなのに『赤ちんはオレより部活の方が大事なの?』そうやっていじけてみせると、赤司は見透かしたような顔で困ったように微笑んだ。
『まったく紫原は……』
そして赤司はあることを提案した。
『紫原』
『なんだし……?』
『ほんの少しの間だけれど、一緒に暮らしてみないか?』 
突然のプロポーズに紫原はきょとんとした顔をした。
『父の会社の傘下が今度ウィークリーマンションを経営するんだが、良かったら一室借りてみないか?』
『うぃーくりーまんしょん……?』
『新婚生活みたいで魅力的だと思わないか?』
これってどっちがお嫁さんなんだろう?
『なんだか赤ちんすごく男前だし』
『そうかな?』
『うん。そういうところも好き』


というわけで現在に至る。
都内の某一等地に聳え立つウィークリーマンションの最上階の一室。
少しの間だけど、ここで一緒に暮らす。
「……なんかオレ、赤ちんのヒモみたいだね」
「紫原なら何人でも養ってあげるよ」
「もう!赤ちん男前すぎ!!惚れちゃう!!」
「もう惚れてるだろ」
そうこうしているうちに、料理の支度が済んだ。
プロ並みに繊細な赤司の料理がテーブルに所狭しと並べられる。
紫原は感嘆の声を漏らした。
「うわぁ〜……!やっぱ赤ちん天才」
「ありがとう」
「食べていい?」
「どうぞ」
「やったー!」
箸を握り締めると赤司の作ってくれた食事を掻き込む。
赤司もエプロンを解くと席についた。
「いただきます」
手を合わせて食事を進める。
なんて幸せなひと時なんだろう。

赤司にとってもそれは変わらなかった。
大好きな紫原と朝から晩までずっと一緒にいられる。
夢みたいだ。紫原が自分だけを見てくれていて、自分を必要としてくれる。
それがこんなにも幸福なことだなんて。
「……おいしいな」
「うん!」
ずっとずっと、こういう時間が続けばいいのに。



「赤ちーん、お風呂あがったよ?」
夕飯を終えたばかりだというのに、さっそく赤司は明日の朝食の下ごしらえをしていた。
そのせいで、なんかいい匂いがしてまたお腹が空いてきてしまった。
「うー、お菓子食べよう……」
「あまり食べ過ぎるなよ?お腹を壊してしまうぞ?」
「別に平気だし。それに――」
冷蔵庫から飲み物を取り出すついでに、赤司へと目配せする。
頭にタオルを被ったままのせいなのか、そのまなざしはどこか陰を帯びていて妖しい光を宿していた。
湿った髪の毛先から水滴がぽたぽたと滴り落ちる。
その色香に赤司は思わず心臓が、きゅーっと締め付けられた。どきどきして息苦しい。
「これからたくさん運動するんだから。ちゃんと食べないとねぇ〜」
少し間を置いて、紫原の言葉の意味を理解した赤司の顔が真っ赤に染まった。
「なっ……!?」
そうだ。もしこれが新婚生活なら、今夜は初夜に当たるわけで……
「赤ちん、ちゃんと体キレイにしないとねぇ」
「う、うるさい……!」
それだけ言うのが精一杯で、赤司は足早にリビングを去った。
脱衣場で衣服を脱ぎ捨ててから、火照った体を清めるようにシャワーを浴びる。
(まだ、どきどきしてる……)
胸に手を当ててみると、心臓がドクドクと脈打っていた。
「…………」
それにしても、なんて自分は幸せ者なんだろう。
好きな人にこんなにたくさん愛してもらって。
「……いつかバチが当たるんじゃないのか」
たまにふと怖くなる。
そっと目を瞑ると、頭の中で声がした。

――『……いいなぁ』

(……?)
そっと目を開けてみるけれど、浴室には自分一人しかいない。
それなのに――

――『僕だって敦と……』

ハッとして床に膝をつく。
風呂場の壁にはめ込まれた鏡を覗き込むと、そこにいたのは自分ではなくもう一人の――

――『兄さんばかりずるい……』

琥珀色をした目が哀しそうに睨みつけてきていた。
「……お前」
『なんで兄さんばかり……』
そっと手を伸ばして鏡に触れる。
俯くその姿を見ていると、紛れもなくそれはもう一人の自分に他ならないのに、なんだか胸が痛くなった。

赤司が風呂から上がると、まるでご主人様の帰りを待ち侘びていた忠犬のように、紫原は赤司に駆け寄った。
「ねえねえ赤ちん。髪の毛かわかして?ドライヤーやって?ね?」
赤司の顔をそっと覗き込んで、紫原は目を丸くした。
頭にタオルを被っていたから分からなかったけれど、これは――

「……敦」
ゆっくりと顔を上げた赤司の目は、片方だけ金色に輝いていた。
「会いたかった……!敦」
頬を紅潮させて、赤司は嬉しそうに笑みを零した。
「好き……、好きだ。敦」
そのまま自然な流れで紫原の胸に飛び込んで抱き着く。
ぎゅうっと抱き着いてしがみついてみせるけれど。
紫原の手がその背にまわされることはなかった。
それどころか、赤司の両肩を掴むと力を込めて引き剥がした。
「……敦?」
大きな目を見開いて紫原に上目を向ける赤司。
その顔を眺めてから、紫原は盛大に溜め息を吐いた。
「サイアク」
それだけ言って、紫原は赤司の横を通り抜けてしまった。
「え……、敦?あの、まって……」
すかさず呼び止めようと紫原の手首を掴んでみせるけれど、
「触るなし!」
すぐさま振り払われてしまう。
びっくりした赤司が申し訳なさそうな顔をした。
「……すまない」
再び大きく溜め息を吐くと、紫原は髪を掻き上げた。
そして、ベッドルームの扉の把手を掴む。
「敦……」
「なに?」
「敦はどうして僕のこと……兄さんみたいにしてくれないんだ……?」

わかってる。
その問いかけはもう何度もしてきた。
その度に傷付いて、後悔してきたけれど、それでももしかしたら今回は……今日くらいは違った答えが返ってくるかもしれない。
そう期待して、何度も――

「あんたのことが嫌いだからだし」

こうして傷付いてきたんだ。


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