どっちつかずなお兄ちゃん 1

本当に欲しいもの・・・大切だと思うものは、いつだって手に入らない。
今までずっとそうだった。
欲しいと願って、求めて、あがいて。
それでもそれには手が届かない。
掴めそうな距離まで届いたとしても、すぐにこの手をすり抜けて遠くへ飛び立ってしまう。
今まで17年生きてきて、だいたいそんな人生だった。
報われない――その一言がぴったりと当てはまる。そんな人生を・・・


それなのに今。
欲しいと思うものが二つ、同時に手に入ろうとしていた。
「・・・火神」
「紫原・・・」
互いの間を目に見えない火花がバチバチと交差する。
その間に挟まれた氷室は愛すべき二人の弟達の様子を交互に見やっていた。
「どけよ」
「やだ」
「ざけんな。オレはタツヤに話があんだよ」
「だったらここですればいーじゃん?なんでわざわざ二人きりになる必要があるわけ?」
そうしてまた威嚇し合う。
そんな二人をなんとか宥めようと、氷室は口を開いた。
「まあまあ。二人とも落ち着けよ」
氷室が笑みを浮かべて諭す。
「アツシ。少しだけタイガと話してくるから、待っててくれないか?」
「はあ!?」
がばっと紫原の長い腕が氷室の首を絡め取る。
「やだやだ!やだし!室ちん、火神のとこいっちゃやだー!!」
そのまま氷室をぎゅうぎゅう抱き締めると、子供のように駄々をこねる。
困ったような顔をしながらも、まんざらでもない様子の氷室。
火神が「はっ」と鼻で笑った。
「・・・ガキかよ」
その言葉に再び紫原が対抗する。
「うるせーし。室ちんはオレのなの。お前なんかにやらねーし」
見せつけるようにさらに強く氷室を抱き締める。

紫原は独占欲が強い。
気に入ったものはとことん離さない。
ここまで強い独占欲を氷室は誰かから向けられたことがなかった。
子供っぽくてストレートな愛情表現。
正直それは照れ臭くて、それでいてとても幸せな気持ちになった。

「おい。あんまタツヤにしつこくすんなよ」
一方で火神はとても不器用だ。
優しくて思いやりがある。
けれど、それを表に表すのが苦手だ。
そんな火神をいつしか氷室は「愛おしい」と思うようになっていた。
幼い頃、出会った頃から氷室は火神に惹かれていた。
でも、その気持ちは叶わない。
叶わない代わりに束縛した。
繋ぎとめておこうと兄弟の誓いを立てたのだ。
「タツヤ・・・」
紫原に後ろから抱き竦められたままの兄を見て、火神はどこか気まずそうだった。
「あの、さ・・・もしかして昔のことだから忘れちまったかもしんねーけど、その・・・」
「?」
どこか照れ臭そうに、火神は氷室の顔を覗き込んだ。
そして――

ちゅっ

キスした。
氷室の背後で紫原は髪が逆立つ勢いで驚いた。
「なっ!?」
紫原が声を上げたのと、火神が唇を離したのはほぼ同時。
ただ唇を塞いで触れ合っただけのキス。
みるみるうちに氷室の頬が赤く染まっていく。
確かめるように唇に手を添えて、氷室は瞳を潤ませた。
「・・・タイガ」
上目遣いに見上げてみると、火神も顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。
「ア、アメリカにいた頃さ・・・。たまにこうやって・・・キス、しただろ?」
「・・・ああ」
「思い出してさ・・・。それで、オレ――」
何やら神妙な様子で火神は氷室に向き直る。
そしてしっかりと目を見据えて言う。
「あんたのこと、やっぱり兄として見れない」
はっきりと火神が言い放つ。
氷室は目を見開くと、悲しそうに伏せた。
「・・・そうか」

二人のやりとりを、氷室に抱き着いたまま黙って眺めていた紫原は心の中でガッツポーズを決めた。
いつまでたっても、火神のことを吹っ切れない氷室が、もしかしたら諦めるチャンスかもしれない。
火神本人の口からはっきりと告げられた今、氷室が火神に依存することはなくなるだろう。
そんなふうに思い込んでいたら、事態は思わぬ方向へと流れていった――

「オレ、あんたのことが好きなんだ」

声を張り上げて火神が告げる。
紫原は口をあんぐり開けて、ぴたりとその場に固まってしまった。
一方、氷室はというと――
「タイガ・・・」
感極まって声が震えているではないか。
「考えたんだ・・・オレがあんたのこと、どう思っているのか。それで、オレはあんたのこと、兄貴としてじゃなくて別の意味で見ていたんだって」
期待に氷室は胸が高鳴った。
どきどきと気持ちが最高潮に高まった時。
「好きなんだ、タツヤ。ずっと前からオレはあんたのこと・・・恋人にしたいって思ってた」
「タイガ・・・!」
ほぼ反射に近い反応で、氷室は紫原の腕から逃れると火神に抱き着いた。

「む、室ちん!?」
なにこれ?なにこれ?と、ちんぷんかんぷんに紫原は慌てた。
「ちょ!室ちん・・・。室ちんの恋人はオレでしょ?なんで火神なんかに」
紫原が声を掛けてももはや届かない。
長年の片想いがやっと実った氷室は、今まで紫原が見たことのない顔を火神に向けていた。
「タツヤ」
火神も氷室をしっかりと抱き締めると、一旦肩を掴んで体を離した。
見詰めあってから氷室が囁く。
「・・・キス、してくれないか?子供の時とは違うやつ」
火神が返すより先に紫原が「室ちん!」と声を荒げた。
そんな紫原にはお構いなしに、なんと今度は焦れた氷室が自ら火神にキスをした。
火神の首に腕を絡めて、背伸びをして口付ける。
紫原にもよく、氷室はそうして甘えた。
氷室はキスするのが好きで、そしてうまい。
「んぐ・・・」
火神が鼻から声を漏らして、耳まで顔を真っ赤にする。
氷室はというと、首を傾けて色んな角度からキスを求めた。
明らかにディープなキス。
くちゅくちゅと唾液と舌の混じる音が響いてくる。

突然繰り広げられた氷室と火神のラブシーン。
氷室のことが大好きで、恋人というポジションにいるはずの紫原は訳が分からず頭が混乱した。
氷室を注視してみれば、幸せそうな顔をして火神とキスを交わしている。
その首にはお揃いの指輪がかかっている。
途端に紫原の中にとてつもない嫉妬が湧いた。
イライラがマックスに達した。
そして意識するより先に手が出てしまった。

「いい加減にしろし!」
ぐいっ
氷室の首のチェーンを引っ張って思い切り引き寄せる。
強引に火神から引き剥がして、再び紫原は氷室を腕に閉じ込めた。
「室ちんはオレの・・・!」
イライラがおさまらない。
引きちぎってやろうと、チェーンを強く引っ張る。
「あ、アツシ・・・苦し・・・」
首が絞まって苦しそうにする氷室。
沿った首筋に誘われるようにして、紫原はその付け根に噛み付いた。
「い――ッ!」
「紫原!」
今度は火神が氷室を助けようと紫原を引き剥がそうとする。
案外すんなりと体を離すと、紫原は満足に笑みを浮かべた。
「火神なんかに渡さねーし」
挑戦的なその笑み。
ふと視線を向ければ、真っ白な首筋を彩る不気味な歯型。
そして見せしめのようにチェーンを引く紫原。
全ての要素が火神の中に良くないものを沸々と湧き上がらせる。
「離せよ・・・」
その剣幕に、氷室は背筋がゾクッとした。

本当に欲しいもの・・・大切だと思うものは、いつだって手に入らない。
今までずっとそうだった。
だったのに・・・――

(嘘・・・、だろ?)

欲しいと思うものが二つ、同時に手に入ろうとしていた。


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