言わなくても理解しろ

夏休みが終わった。
夕焼け色に染まる公園の入口には自転車とリヤカーがとまっている。
そこには当然のように、爽やかな白のワイシャツを着た二人の男子高生がいた。
「休みって言っても、毎日練習浸けだもんなぁ。正直、休んだってかんじがしねーなぁ」
自転車のサドルに跨ったまま、高尾は苦笑して缶ジュースのプルタブを開けた。
プシュッと炭酸の弾ける爽快な音がして、口を付けて傾ければ汗の滴る喉仏がゴクゴクと上下に動く。
その様子を緑間はリヤカーの上から一通り眺めると、自分も手にしていた缶に口付ける。
「ぷはーっ!やっぱ運動した後は炭酸がいいねぇ。なあ真ちゃん」
「理解に苦しむのだよ」
「オレからしてみたら喉が渇いてんのに、そんなどろどろした砂糖の塊みたいなの飲みたがる方が理解に苦しむのだよ」
モノマネをしてみせる高尾にギロリとした鋭い視線が向けられる。
すぐに気付いた高尾は緑間の方を向くと、にっこり笑ってみせた。
「まあ、そう怒んなって」
へらへらした高尾の笑顔に、フンッと鼻を鳴らすと緑間はそっぽを向いておしるこを啜った。

「それにしても、今年の夏は暑かったな・・・」
空を見上げて高尾が言う。
つられるようにして緑間も空を仰いでみた。
「異常気象だからな」
「ま、それもあっけどさ」
よっ、と高尾がサドルから降りる。
とことこと歩いてくると、緑間が座るリヤカーの空いたスペースに乗り上げて腰を下ろした。
緑間が眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしてみせる。
「何故わざわざここに座る?」
「いいじゃん」
「狭いのだよ」
「これくらいの距離じゃないと、真ちゃんの顔がよく見えないし」
爽やかに笑ってみせると、緑間が目を見開いた。
途端に頬が夕焼け色に染まっていく。
「あー。真ちゃん照れてる?」
「う、うるさい」
誤魔化すように、おしるこをグイッと飲み干す緑間。
慌てすぎたせいで、おしるこがやたら喉に引っ掛かる。

「今年の夏は、さ。今までと違うもんな」
「・・・なにが違うのだよ?」
そっと緑間が顔を上げてみれば、高尾が真っ直ぐにこちらを見ていた。
その目の黒さにドキッとする。
「真ちゃん」
「は?」
「真ちゃんがいるせいで、余計に暑くなりました」
「どういう意味なのだよ?」
「わかってるくせに」
じとっと見詰めてくる高尾から目が離せない。
「真ちゃんが好き」
その声は風に掻き消されてしまいそうなくらい小さな呟きだった。
けれど、緑間がそれを聞き逃すはずがない。
顔を背けると、真っ赤になった耳にもう一度吹き込まれる。
「好きなんだよ。真ちゃん」
「っ、うるさい・・・!」
「もしかして、今年の異常気象って真ちゃんのせい?」
「そんなわけがあるか・・・第一それはお前が――」
ぴとっと緑間の唇が人差し指で押さえつけられて封じられる。
口を噤んだ緑間が、視線だけで高尾に訴える。
「なに?真ちゃん。その顔は別に嫌じゃないって顔だよね?」
意地悪にそう微笑む高尾を悔しそうに緑間は睨み上げた。
「オレは真ちゃんに出会って、こんなにアツイ気持ちになったけど、真ちゃんは違う?別に中学時代と変わらない?」
「・・・そんなこと」
唇を封じていた指が顎に添えられる。
そのまま断じて毅然とした態度を心がけて、緑間は高尾を見据えた。
「『そんなこと』何?」
「・・・お前には俺の気持ちなどわからないだろう」
「うん。でもそれって真ちゃんもだよね?」
「当たり前だ」

どこかの茂みでコオロギが鳴く。
鈴の音のようにコロコロという綺麗な音色が耳障りなくらいよく響く。

少しだけ沈黙が流れると、意を決したように緑間は眼鏡を外して前を向いた。
そのまま真っ直ぐに高尾を見据えると、目を瞑って身を乗り出す。
コツンッ
軽い衝撃が唇の裏側に走って、失敗してしまったと悟る。
すぐに体を離して俯くと、緑間は手の甲で唇を拭った。
「・・・真ちゃん!」
嬉しさに高尾は頬を紅潮させて声を震わせた。
対する緑間は、してしまったことを後悔するように何も喋らず膝を抱え込んでしまった。
「真ちゃんがしてくれた!キス!それも自分から・・・!」
「は、恥ずかしいからそんな大声で言わないで欲しいのだよ・・・お、俺は・・・」

キスは何度か交わしたことがある。
だいたいは不意打ちでいたずら程度に高尾からしていた。
それを緑間は真似してみたのだ。

「・・・お前みたいに上手にできなくて悪かったのだよ」
ぽつりと吐いて膝に顔を埋める緑間に飛びついて、高尾はぎゅうぎゅうと抱き着いた。
「いいっていいって!真ちゃんかわいいなぁ・・・そういうとこ大好き!!」

自分の考えていることなんて、言葉にしたってどうせ上手く伝わらない。
だったらそれよりも、たったひとつの行動で全てがわかる時があるのだよ。
後日、真ちゃんはそう言いました。

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