はぐはぐ

部活に燃える青春真っ只中な青少年達にとっては、夏休みだからって休んでいられない。
今日も早朝、朝飯のパンを頬張りながら、火神は歩き慣れた通学路をどしどし歩いていた。
まだ朝早いだけあって、住宅街はしんと静まり返っている。
日中の照りつける太陽も、まだまだお目覚めではないようだ。
「おはようございます」
「のわっ!?」
曲がり角を曲がったところで、火神を待っていたとばかりに黒子が立っていた。
想定外の不意打ちに、火神は思わず飛び退いてしまった。
「・・・んだよ。驚かすんじゃねーよ」
「すみません。驚かすつもりなんてなかったんです」
無表情で淡々と黒子が告げる。
「ただ、どうしても火神くんに言いたいことがあって」
「あ?」
「誕生日、おめでとうございます」
ぺこりと頭を提げて、恭しく挨拶をする黒子。
その頭を見下ろしながら、火神は目をぱちくりさせた。
「誕生日って・・・?」
「はい。今日は火神くんの誕生日なんでしょう?」
「そうだけど」
「おめでとうございます」
顔を上げた黒子が、にこっと笑う。

どきっ
普段はほとんど笑わないのに、急にそんなふうに笑われるとどうしたら良いか困る。
ほんのりと頬を染めて、火神は視線を泳がせた。
「あ、ありがとう・・・」
「嬉しいですか?」
「別に・・・」
ちらっと黒子を見てみると、今度は柔らかく微笑んでいた。
(んだよ、そうやって笑うとなかなかに可愛いじゃねーか・・・)
ついそんなことを思ってしまい、ハッとして頭を振る。
(いけねぇ、いけねぇ・・・あやうくこいつのペースに巻き込まれるとこだったぜ・・・)
ふうっと息を吐いて、黒子を見やる。
「てゆーかさ。それを言うために、もしかしてオレのこと待ち伏せしてたのか?」
「はい」
「んなこと、メールで充分じゃねーか」
「メール、しようかと思ったんです」
すかさず黒子が弁論する。
「ですが、どうしても会って口で言いたくて・・・電話だと緊張するので、火神くんを待ち伏せして驚かしてやろうかと」
「・・・驚かす気満々だったんじゃねーか」
何を考えているのか分からない無表情ですらすら喋られると、なんとも奇妙な気持ちになってしまってうまく言い返せない。
「てか、お前・・・待ち伏せって、オレとお前じゃ通学路ぜんぜん違ぇのに、わざわざずっと待ってたのか?」
「はい」
「お前な・・・」
盛大に息を吐いて、顔を抑える火神を黒子の大きな目がじっと見詰める。

「火神くんに会いたかったからですよ」

にっこりと黒子が笑う。
それは、まるで何もないアスファルトにたんぽぽの花が、ぱっと咲いたように。
普通にしていたら気が付かないだろう、小さくて儚いものだった。

「サンキュー」

ゆっくりと火神も微笑み返すと、そのまま黒子を抱き締めた。
ぽふん、と胸に埋まる黒子の頭。
人形のように、火神の腕の中で動かないで、じいっとしてる黒子の体。
小さくて、細っちくて、けれど力を込めれば意外に頑丈で。
その柔らかい髪に鼻を擦り付けて、火神は黒子の匂いを嗅いだ。
黒子はいつも無臭で、匂いすら感じない。
だからどこにいるのか分からない。
犬だって、果たして黒子を見付けられるか分からない。
けれど、火神はこの匂いが好きだった。
黒子の香り、なにもない香り。

「火神くん・・・」
「あ?」
「・・・ちょっと、恥ずかしいです」

人通りが少ないとはいえ、朝の住宅街だ。
そろそろ誰か通り掛かってもおかしくない。

「そうか?」
「はい・・・、そろそろ離してください」
うーん、と小さく唸って火神は考えた。
ちらっと空を仰いで、その空の青よりもうんと薄くて透けそうな透明みたいな水色の髪を掻き抱いて言う。
「嫌だ」
ぎゅううっと腕の力が強まる。
「か、火神くん・・・、くるしいです・・・」
「お前、オレの誕生日祝うってことはプレゼントでも用意してあんの?」
「・・・なにが欲しいんですか?」
つまりは用意してなかったということだ。
「プレゼントはお前が欲しい」
「え?」
「・・・なーんて、くさいセリフを期待してんじゃねーだろうなぁ?」
「そんなこと・・・」
黒子が顔を上げると、見下ろす火神と目が合った。
少しだけ時間が止まる。

遠くでセミの鳴く声がする。
ジジジジジとミンミンミンと、羽根がジャカジャカ擦れ合うだけの音が混ざった音が遠くで響いている。
やかましくも心地良い、どこか懐かしい音をBGMにゆっくりと唇同士が触れ合った。

黒子の唇は柔らかかった。
キスをするのは、これが初めてではない。
人形みたいな黒子の唇は、見ていてすごく冷たそうな感じがするが、実際口付けてみると柔らかくてあたたかかった。

ゆっくりと唇が離れる。
間近で見詰め合うと、真っ白な黒子の頬がチークを塗ったみたいに朱色に染まった。

「・・・ずるいです」
「なにがだ?」
「これじゃあ、ボクが火神くんからプレゼントをもらったみたいじゃないですか」
黒子が唇を尖らせる。
「キスして欲しかったのか?」
こくりと黒子が頷いた。
「じゃあいいぜ、何度でもしてやるよ」
ちゅっ、と今度は黒子の額にキスをする。
「だからこれじゃあボクからのプレゼントじゃなくなっちゃいます」
「別にいいって」
くしゃっと黒子の前髪を撫で上げて、火神はニカッと笑い掛けた。

「そういう可愛いこと言ってくれるだけで、もうお腹いっぱいだっつーの」

真夏の太陽にも負けない、眩しすぎる笑顔だった。

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