アンビバレント
/お兄さん×男の娘(女装開発・甘々)




女の子にうまれたかった。


きらきらのメイクを施してにっこり微笑んでいる女の子を、薄暗い部屋の隅っこでテレビ越しにぼんやり眺めていた。

髪は黒がいい。純粋で、無垢なイメージ。
声はできるだけ高くて、でも甘ったるくない、透き通った声がいい。
肌はつるっとしていて、きれいで、白くて、全身丸い。


「うみ」


声のしたほうを振り返ると、ドアに寄りかかって呆れたふうに笑う京介の姿。
僕はまたテレビのほうへ向き直る。


「もう3日も寝てないんじゃないか」


時計を見れば、もう深夜の2時を回っていた。
家中とっくに寝静まってるはずなのに。

京介は兄貴の幼なじみで、小さい頃から遊んでもらってた。
歳が離れてるからか、兄貴以上に僕のことを可愛がってくれてる。
いまも、昔も。


「ちょっとは、寝てる」

「ちょっとって言っても2時間とかだろう」

「京介こそ、会社…寝坊するよ」

「俺はいいの。おまえと違って大人だから」


居候のくせに、と僕はこっそり悪態を吐く。
小さなため息をついて、隣に座っていいか、と京介が言う。
僕は小さく頷いて、左に少しずれた。

テレビには相変わらず女の子たちがたくさん映っている。
それを見てるのか見ていないのか、2人でしばらくぼんやりしていた。


「おまえ、春からはちゃんと制服着ないとな」


びく、と肩が揺れる。
京介は壁に掛けられた真新しい制服を見つめていた。
真っ黒い学ランが闇にうっすら浮かんでいる。

春から。

親からの勧めで受験した学校は厳しくて、別の高校も受けようかと思ったけど結局そこしか選択肢はなかった。
本当は私服の高校を探したけど、両親に言うまでもなく、学力的にも期待に添えるようなところじゃなかった。


「中学みたいに毎日ジャージってわけにはいかないだろ」


な?そう言うように笑いかける。
僕は頷きもしなければうんともすんとも言わなかった。
ただ少し俯いて、カーペットのしわを足で直すくらい。
テレビからは相変わらず、小さいボリュームで女の子たちの笑い声が聞こえる。


「…京介は、僕のこと、おかしいと思う?」

「おかしいって?」

「そのまま…わかるくせに」

「よくわかんないこと言うな」


きゅ、と体育座りした膝を強く抱きしめる。


「お、男の格好するのが…い、いやとか、そういうの、気持ち悪いとか、でも僕にはわかんない、こういうのっておかしい?僕が男なのは、それは…生まれたときから決まってるもの、だけど、」


あれは着たくない。


言葉が詰まってうまく言えなかった。
久しぶりにこんなに喋った気がした。

自分の声なんてもうずっと聞きたくなかった。
どんどん低くなっていく声。
唾を飲み込むたびに感じる、喉元を異物が移動する感覚。
肉が少なくなって、骨ばっていく身体を隠すには大きめのジャージが1番ちょうどよかった。

京介はなにも言わないで、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「うみがおかしくないと思うならおかしくない。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。」

「…でっ、でも、父さんとかには、迷惑かけたくない」


ーだから、着なくちゃ


少し黙ってから、はぁ、と京介はまたため息をついた。
僕は困らせただろうかと焦って何か言おうとしたけど、京介がびっと人差し指を立てて見せた。


「…制服!着ないっていうならそれで終わりにしようと思ったけど…。いいか、引くなよ。」

「…?」


京介はふう、と息を吐きながら、だぼっとしたスウェットのポケットから、薄い和紙みたいなものに包まれた何かを取り出した。

無言で手渡されたそれは薄暗やみの中ではよくわからなくて、とりあえずぺりぺりと和紙を破ってみる。

中に入っていたのは、小さい女性用の下着だった。

唖然としつつ、すぐに京介の顔を見る。


「あー…入学祝い?っていうか、ここんところのお前を見てなにができるかって考えた結果。」

「…ヘンタイ」

「なんとでも言え。制服が嫌なら、下だけは女の子になればいいだろ」


趣味じゃなかったら返せ、と言われたけど、僕は首を横に振った。

テレビの光に照らされた下着は薄いピンク色で、小さなフリルが目一杯こしらえられていて、ブラジャーとショーツの両方に、一つずつ飾りがついていた。


「かわ、いい…」

「そりゃよかった」

「…き、着てみたい」


自然と口をついて出てきた言葉に、僕も、もちろん京介も驚いていた。
京介にヘンタイだなんて言っといて、これじゃあ僕の方がヘンタイだ。
急に恥ずかしくなってまた俯向く。
でも、下着は優しく手に持ったまま。


「いいじゃん。着てよ」


降りかかってきた意外な言葉に驚いて京介の方を見ると、いつもみたいににかっと笑っていた。


「ファッションショー?わかんないけど。俺、嫌なら出て行くし」

「ちが、あの…や、じゃないなら、その」


目を泳がせて、きゅ、と下着を握る。
別に見て欲しいわけじゃないけど、お礼も言えなくて、でも気持ち悪いかな、そんな思いがぐるぐる頭の中を回っていた。


「…嫌じゃないよ。お前そういうの考えすぎ」


昔っから!と笑う。
僕はなんとなくほっとして、小さく頷いた。










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