君に触れるまでの話
サスケくんとお付き合いするようになってから1ヶ月が過ぎた。

最初はドキドキしすぎて目を合わせることすら難易度高すぎてクリアすることはできなかったけれど、今ではその黒真珠のように深く綺麗な瞳をみつめる程度にはこの関係に慣れつつあった。まあ、数秒程度、だけど。

一緒に過ごす時間が多くなって、前よりもサスケくんを知ることが出来て、もっとサスケくんを好きになっていった。これ以上好きにさせてどうするんだ!と文句を言いたいくらい、彼は私に優しくて、大切にしてくれる。いつかトキメキで埋め尽くされて、圧迫死させられるに違いない。それも悪くはないけれど。

サスケくんはわたしに沢山のものを与えてくれる。好きって気持ちも、幸せも、嬉しさも、ときめきも。でも、わたしはサスケくんに何か与えることは出来ているだろうか。同じ気持ちを共有してくれているだろうか。そう、ふと思う時がある。わたしは孵化したばかりの雛鳥のように、ただ巣の中で待ち構えて、恋人が与えてくれるものを口を開けて待っているだけの滑稽な女に見えていないだろうか。

このままじゃいけない。これからもずっとサスケくんの横にいさせてもらうために、わたしだって努力をしなきゃいけないんだ。

だから、今日が勝負の時。


「さ、サスケくん!」
「なんだ」
「今日のデート、わたしが行き先を決めてもいい、かな」


1週間ぶりの休日。前々からどこかに出かけようと約束していた日。待ち合わせ場所についた途端そうお願いをするわたしにサスケくんは少し不思議そうに首を傾げたけれど、特に問題はないというように一つ頷いた。


「じゃ、じゃあ、行こっか」
「ああ」


気合を入れ直してサスケくんの一歩前を歩いて先導しようとした。だけど、そっと握られた左手にやんわりと引かれ、彼の横に身を落ち着かせる。


「急がなくても時間はあるだろ」
「そう、だね」
「今日のワンピース、その……似合ってる」
「あ、ありがとう……」


あああ、もう。どうしてサスケくんはわたしを嬉しくさせるようなことをするのだろう。そろそろ本当に心臓が心配になってしまう。今だって皮膚を突き破って外に出てきそうなくらい激しく鼓動を繰り返している。

違う。なにをときめいているのだ。今日は私がサスケくんに与える日だと決めたはずだ。自分の軽率に飛び跳ねる心臓を恥じる。さあ、仕切りなおそう。


「どう?……おいしい?」
「ん。うまい」


里を一望できる小高い丘。桃色の桜が満開に咲く木の下で軽食をとることにした。この日のために早起きして作ったおかかのおにぎりと唐揚げや卵焼き、トマトの入った色とりどりのサラダをサスケくんは気にいてくれたようだ。表情はあまり変わらないけれど、瞳が柔らかい色を浮かべている。たくさん彼の好物を入れてきた甲斐があった。なかなかに好調な出だしだ。

食後、ポットに入れてきた暖かいお茶を飲みながら次のプランを考える。今日はいつも幸せな気持ちを与えてくれるサスケくんに同じように感じてもらえるように頑張るんだ。でも、どうやって?何をしたらサスケくんは同じように幸せを感じてくれるんだろう。

わたしは楽しい話もできないし、恥ずかしがり屋で積極的なことはできない。ときめきを与えることは出来ていないかもしれない。幸せも、嬉しさも、楽しさも。そう思うと、なんでサスケくんはわたしなんかを選んでくれたんだろうって不思議に思えてくる。こんな何も取得もない、精神年齢だけが達観した色気のない子供に、どんな魅力を感じて、好きになってくれたんだろう。


「なまえ」
「は、はい」
「今、何を考えてる」


いつの間にかサスケくんの顔が至近距離にあって、彼の左手がそっとわたしの右頬に触れる。春風で少し冷えたその手が触れた瞬間、その部分からじわじわと熱が広がり、一気に首から耳まで真っ赤になったように感じた。


「なに、って……特に、なにも」
「今日はどこか上の空だ。それに、いつも以上に挙動不審すぎる」
「え!そんなに変だった……?」
「まあな」


目標にばかり意識が向いてしまい、自然な動作をすることが出来ていなかったようだ。これは結構恥ずかしい。別の意味でも顔を赤らめるわたしに、サスケくんはどこか不満そうに口を尖らせた。


「俺といても、つまらないか?」
「な、そんなこと絶対ない!ありえないよ!」
「じゃあ他に理由があるんだな?」


あ、これは嵌められたやつだ。したり顔で笑う顔すらもかっこいいなんて場違いなことを思いながらも、逃げ道を探してみる。ふむ、なるほど。この状況を将棋に例えるなら「詰み」のようだ。
わたしは観念して、今日の目的をサスケくんに白状することにした。


「あのね、あまり呆れずに聞いてほしいんだけど」
「ああ」
「わたし、サスケくんと付き合ってから嬉しいことや幸せなことばかりで、でも逆にわたしはサスケくんに同じ気持ちを返せているだろうかって思ったの。だから、どうやったらサスケくんにも幸せとか嬉しいとか楽しいとかを感じてもらえるだろうかって考えてて……」
「そうか。なるほど。お前は俺が思ってるよりウスラトンカチらしい」
「え、ひどい!」


突然飛んできた暴言に呆気に取られて言葉を失う。一生懸命伝えた言葉を「お前は馬鹿なんだな」というニュアンスの言葉で片付けられてしまった。あれ、わたし、馬鹿なのか。いや、馬鹿なんだろうけど、そんな直接的に言わなくてもいいじゃないか。

少し傷ついて涙がじわりと浮かぶ。ここで泣いたらめんどくさい女だと思われる。なんとか隠そうと俯くけれど、頬に触れた彼の手がそれを拒んだ。

両頬を挟まれて見上げる形で固定される。滲む視界でサスケくんの表情を見れば、幸せを噛み締めるように口を引き結んでいた。あ、その顔は、初めて見る。


「バカなまえ。きっと俺は、お前よりも幸せを感じているし、嬉しいし、楽しい」
「うそだよ。わたしなにも出来てないもん」
「別に俺はお前に何かをして欲しくて付き合ってるわけじゃない」
「じゃあ、なんで……」
「お前は、相変わらず察しが悪い」


ウスラトンカチ、と本日何度目かの台詞。そうだよ、わたしはウスラトンカチだもん。言葉にしてくれないと、わからないよ。


「そばにいてくれるだけでいい。お前がいるだけで、いい」


それは、私も同じ気持ちだ。

なんだ、ちゃんと気持ちの共有出来ていたじゃないか。サスケくんも不器用な人だって知っていたのに、わたしは求めてばかり。わたしに必要だったのは与えることじゃない、信用することだったんだ。彼が私を好きだと言ってくれた、あの日の言葉を。


「ごめん、なさい」
「泣くな。謝ることじゃないだろ」
「だって、情けない」
「そんなの今更だろ」
「それはそれで酷い……!」


でも、辛辣なこと言いながらも優しい表情をしてるんだもん。すぐに許せちゃうわたしはやっぱり単純な人間だ。


「なまえ」
「ん?」



こぼれる涙を一生懸命拭っていれば、その手をそっと握られる。名前を呼ばれて少し恥ずかしく思いながらも見つめ返すと、サスケくんはらしくなく緊張した面持ちで私を見ていた。

ああ、今なら彼の求めているものがわかる。それは同時に、私が求めるものでもあった。

ゆっくり確かめるように、慎重に近づいてくる彼の整った顔。わたしはそれを受け入れるように、そっと瞼を閉じた。

サスケくんの吐息が、唇に触れる。反射的にぴくりと跳ねる身体。少しの好奇心で目を開けると、鼻と鼻が触れるくらいの距離に彼はいた。


「……好きだ」
「わたしも、好き、だいすきだよ」


息をするように、自然に零れた感情。すごくドキドキするけれど、穏やかで優しい気持ちになれる魔法の言葉。

感情も言葉も意思もすべて共有したわたしたちは、桜舞う中で、優しい口付けを交わした。

これからずっと一緒にいられますように。そんな願いを込めて。



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