恋情大波乱の巻@
所定の場所に辿り着いたのは集合時間三分前の事だった。
いつもなら十分前には到着して、皆を出迎える立場だったのに、今日はうっかり寝坊してしまったのだ。挙句お気に入りのお団子頭がうまく結えず、泣く泣く本日の髪型はツインテールにならざるを得なかった。
多少左右で揺れる髪をうっとおしく思いながらも全力疾走でアカデミーに向かえば、待ち構えていたのは濃ゆい顔をした二人だけだった。


「なまえが最後とは珍しいこともあるものだな!」
「髪型もいつもと違いますね。寝坊したのですか?」
「うん、まあ……って、ネジは?」


私が最後だという言葉に違和感を覚える。私達の班員であり一番の実力者である彼の姿がそこにはなかったからだ。二人はネジがこの場にいない事をさも当然のような態度でいることにも疑問を感じる。首を傾げて事情を知っているであろうガイ先生に視線を向ければ、少し気まずそうに眼を反らされた。


「ネジはだな、今日は一族の所用で任務に参加できないんだ。なあに、心配はいらん。リーとなまえの熱血ド根性があれば難なく任務遂行出来るだろう!よおし!俺についてくるんだ、二人とも!」
「はい! ネジの分も頑張ります! なまえも共に頑張りましょう!」
「え、あ、うん」


なんだか勢いで丸め込まれた気がしなくもないが、受付まで走り出してしまった二人に置いてけぼりを食らうわけにもいかない。納得しきれていない部分もあるが、仕方なしに小走りで緑の背中を追いかけた。

受付担当であったイルカ先生から仰せつかった任務は高齢者宅の草むしりと買い物代行のみであった。ネジのいない現状でCランク以上の任務を受けるのも難しいというガイ先生の判断で、今日は平和な仕事だけで済みそうだ。

いつも以上にやる気を出すリーとガイ先生が稲妻の如く草をむしっているのを端の方で眺めながら、私なりに頑張って職務を全うした。
それにしても、やっぱり気になるのはネジの事だ。ガイ先生は勿論、リーも今日ネジがいない理由の詳細を知っている様子だった。あの人は基本嘘を吐けない体質だから、すぐわかる。問題は、何故それを私に隠そうとしているかだ。
もしかしたら私が知らなくていいことなのかもしれないけれど、ああもあからさまに隠されるとどんな手を使っても知りたくなるのが人間の性だ。私もその本能に逆らう事は出来ず、草むしりを終えて買い物代行を行う傍ら、ガイ先生に探りを入れることにした。


「ねえ、ガイ先生」
「ん? なんだ、なまえ」
「ネジの事なんだけど、任務よりも優先しなきゃいけない用事って何?」


私は存外情報収集に向いていない質だ。それとなく聞き出そうとは思ったのだけど、この人にまどろっこしいことは必要ないと判断し、直球で問いかけた。ガイ先生は何故かちらりとリーに視線を移して助けを求めている。それがますます不審なんですけど。


「二人して何か私に隠してるよね? 多分、ネジの事で」
「「ぎくり」」
「あーあ、同じ3班の班員なのに私にだけ隠し事かあ……なんだかこれから連携取るの難しくなっちゃいそうだなあ」
「そ、それはですね、なまえ」
「それとも私だけ信用されてないってことなのかなあ。一人だけ女だし、仲間ハズレってことかあ。ああ悲しい。もう忍者辞めちゃおっかなあ」
「わ、わかった! 話す!」


ふん、ちょろい。内心ほくそ笑みながらもなるべく表に出さず、ガイ先生が語る内容に耳を傾けた。


「実はだな……今日ネジは許嫁殿と面会する予定なんだ」
「許嫁ぇ?」


どんな重要機密と思えば、そんな事だったのか。ネジだって分家の人間とは言え木の葉隠れの里有数の名家の子。年齢も14歳ということもあり、許嫁がいたって可笑しくないだろう。何故それを私に隠そうとしていたのだ。それだけがどうしても理解できず眉間に皺が寄る。


「それならそうとなんですぐ言ってくれなかったの? 無駄に気を揉んじゃったじゃない」
「い、いやあ、それはリーが……」
「リー?」
「あ、お宅に着きましたよ! 荷物を渡して任務を完了させるのが優先かと思います!」
「う、うむ……そうだな」


リーに問いただそうとしたところで目的地に到着してしまった。確かに優先すべきは任務だ。取りあえずこの話題はここで終わらせて、頼まれて買ってきたものを依頼主のおじいさんに手渡して任務遂行させた。


「俺は報告しに火影邸へ戻る。お前たちはこれで解散だ」
「はい! お疲れさまでした!」
「……お疲れ様です」


なんだか、消化不良だ。疑問が解消されることなく胸の内に蔓延ったままで、非常に煮え切らない気持ちだ。その原因はリーの思考が読めないからなのか、はたまた他に原因があるのか。私には分からなかった。
どろん、と瞬身の術で姿を消したガイ先生を見送った後、私とリーの間には何とも言えない沈黙が訪れる。いつもなら逆立ちで帰宅路に着くであろうリーは、珍しいことに「この後少し時間はありますか」と誘ってきた。私としても聞きたいことはあるし、このもやもやを晴らしたいため二つ返事で答えた。

丁度正午過ぎだという事もあり、木の葉では結構有名な定食屋に足を運び、少し遅めの昼食をとることにした。ここの焼き魚定食が絶品なのだ。今日は旬のさんまの塩焼きでテンションが上がりながらも身をほぐしていれば、から揚げ定食を頬張っていたリーが一つの質問を投げかけてくる。


「なまえはネジの許嫁の事が気になりませんか?」
「別に。ネジだってあの日向一族の子供なんだよ? 許嫁がいたって可笑しくないでしょ」


私は当然だという様にそう言って味噌汁を啜った。うん、良い出汁が出ていて非常に美味である。満足げにほっと息を吐く私に、リーは真逆に納得いかないような表情だ。その顔は最近よく見るものであった。


「でも、ネジはなまえの事を……」
「だ!か!ら! それはリーの思い過ごしだってこの間言ったよね? ネジは私の良き仲間であり、良き友人なの。でも、ただそれだけだよ」
「なまえだって本当はネジの事を」
「それこそありえないっつーの!」


大方そんなところだろうと思ったけど。今日ネジが許嫁と会う事を隠していたのはやっぱりリーの勘違いによる空回りな配慮だったという事だ。可笑しいな、あの休日の修行の時に口が酸っぱくなる程言い聞かせたつもりだったのだけれど。そう言えば終始腑に落ちないような顔をしていたことを今思い出して溜息を吐いた。本当、自分の考えを曲げない頑固者だ。
別にリーに納得してもらわなくてもいいんだけど、後々面倒なことになりそうだからここでちゃんとわからせておいた方が身のためだろう。それに、ネジが私なんかを好きだという誤解をちゃんと解いてあげないと彼が不憫でならない。


「リーはネジが私のことを好きだって言ったの聞いたことあるの? ないでしょ? 結局リーも読心術を心得てるわけじゃないからネジの本心なんて分かりっこないんだよ」
「ですが」
「ですがじゃない。例えば、リーはサクラの事が好きなのに「他の女子の事が好きなんでしょ?」って決めつけられたらどんな気持ちになる? 自分の気持ちを勝手に決めつけられるって結構気分悪いもんじゃない?」
「そうですけど……」
「じゃあこの話はお終い! さ、そろそろ帰ろう。今日はリーのおごりね」
「ええ!?」


ごちそうさまでーす。なんて冗談ぽく笑って言えば、リーはがっくりと項垂れた。散々勘違い劇場を繰り広げられた慰謝料よ。なんて、心の中で愚痴って先に定食屋を出た。流石に少し不憫だから今度甘味でも奢ってあげようかな、なんて思いながら暖簾を潜れば、その先には渦中の人物が真っ白な瞳を丸くさせて驚いた様にこちらを見つめていた。


「ネジ?」
「なまえか」


普段の任務服とは違い黒の着流しを身に纏う彼は別人に見えた。一族を背負うその気高くも高貴な品格に、遠い存在の人のような、言いようのない寂しさを一瞬感じた。そんな自分に不思議な気分になりながらもその感情を押し込めていつも通りに振舞った。


「任務をおさぼりしたネジ君はこんな所で何をしているのかな?」
「そのことは……謝る。今はこの方を案内していた所だ」


そう言って体を横へずらしたネジの後ろから現れたのは、華奢な風貌の女の子だった。一目見ただけで富豪の娘だという事が分かるほど高価な着物を身に纏っている。それに加え口元を恥ずかし気に隠すその所作は気品溢れており、すぐにこの子がネジの許嫁だという事が分かった。


「火の国大名藤家の長女、藤 紫(むらさき)と申します」


名乗ってから恭しく頭を垂れる紫さんに、私も慌てて「なまえです」と名乗りを上げてから頭を下げた。私とそう年は変わらないように見えるのに、礼儀作法がしっかり身についている事が伺える。藤家といったら火の国でもっとも権力を持っていると言われる大名一家だ。確かあの家系は子宝に中々恵まれず、漸く生まれてきたのが紫さんだったはず。それはそれは大層可愛がられて育ったのだろう。悪く言うつもりはないけれど、箱入り娘感がだだ漏れである。


「なまえさんはネジさんのお友達でしょうか?」
「あ、えーと……友達と言うより、仲間?って感じですね」
「なまえとは同じ班で、共に任務に就いているんです」


私の答えに付け足すように説明したネジに、紫さんは「まあ、私と同性で年頃も同じくらいなのに、ご立派ですね」と彼の顔を見上げるようにして笑みを浮かべた。小柄で、細身で、肌も白くて……守ってあげたくなるような女の子。それに比べ私は。って、なんで比べてんだ。今日の私はなんだかおかしい。全部全部リーが変な事を言うせいだ。


「なまえ、お待たせしました……って、ネジじゃないですか! そちらの方は?」


会計を済ませて定食屋から出てきたリーはネジがいることに驚いた後、紫さんに視線を向けて首を傾げる。そんな彼に紫さんは小さな歩幅で近寄ると、私にしてくれたように頭を下げて自己紹介を始めた。そんな様子を、私とネジは見守る様に並んで見つめる。


「可愛い許嫁様な事で」
「……知っていたのか」
「口の軽いガイ先生が教えてくれたよ」


といっても、半ば泣き落としに近い形で聞き出したのだが。そこは敢えて割愛させてもらった。


「別に俺は彼女と婚姻を結ぶつもりはない。ただ、今は火の国も不安定なうえ日向の立場もある。今すぐに断ることは出来ないというだけだ」「ふーん。とか言って、本当は紫さんの事好きなんじゃないのー? 前ネジに好きな人はいるのかって聞いたときなんかいるような感じだったし。いいじゃん、お似合いだよ。美男美女で」
「お前、何をそんなに苛立っているんだ? それに、俺の気も知らないで知ったような口を聞くな」


少し咎めるような要素を含めてそう言うネジに、ひくりと口元がひきつった。ちょっと、色々聞き捨てならないんですけれど。


「はあ? 別に苛立ってないしいつも通りですけど? それに、ネジの考えてることなんてわかるわけないじゃん。アンタみたいな堅物は口に出してもらわなきゃ何も伝わらないってことがわからないのかな!」
「お前だって普段テキトウに話を流しているときがある。本心がどこにあるのか理解不能なのはお前も一緒だ」
「私はちゃんと感情を出してるんだけど? アンタは常時むすっとして読みずらいったらありゃしないわよ! 胸の内を見せるつもりもない癖に俺の気も知らないでなんてよく言えたもんだね! 呆れてものも言えないわ!」
「っなまえ!」


完全に頭に血が上って今にもネジに食ってかかろうとする私をリーが羽交い絞めをして抑制する。ふーっと呼吸が荒くなる程感情が昂っている事にようやく気付き、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。……何をこんなにむきになってるんだろう、私。
不安定な精神に自分自身で戸惑いながらも、リーの手を取った。


「リー、帰ろう。これ以上デートの邪魔をしたら悪いでしょ」
「なまえ……」


何か言いたげなリーを無視して、その場を離れた。

後ろから聞こえてきたネジを労わる紫さんの声が、やけに鼓膜を震わせた。


「なまえ、泣いているのですか?」


私に腕を引かれるがまま歩いていたリーがそう尋ねてきた。それに振り返らずに「なわけないでしょ」と突っぱねる。その声は、笑ってしまうくらい弱々しくて震えていた。




「……なんなんだ、アイツは」


ネジの戸惑いが含まれた呟きは、誰に届くことなく空に消えた。







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