父親との距離感を推し量るA
突然の訪問に、ヒナタさんは柔らかく笑って受け入れてくれた。ヒマワリちゃんも小さな腕をいっぱいに広げて抱きついてきてくれて、ボルトもつんけんしながらも「母ちゃんの飯は上手いんだぞ」と食卓へ招いてくれた。

ここはいつも、暖かい場所だ。

ボルトが言うようにヒナタさんの手料理はどれも美味しくて、今度ぜひレシピを教えて下さいと頼み込めば快く引き受けてくれた。ママは医療のお仕事で忙しいから、私自身も料理の心得はある。私がもっと料理が上手になったら、ママ、喜んでくれるかな。
ふと、ナルトさん達に目を向ける。みんなでテーブルを囲んで、会話を楽しんで、時にはおかずを取り合ったりして。相変わらずナルトさんとボルトの距離感はぎこちないみたいだけど……うちにはない光景だ。
うちは、ママと私のふたりっきり。たまにママが仕事で一人で食べることもあるけれど……やっぱり、寂しい。ママも今、きっと寂しいだろうな。そう考えたら視線が下がっていく。

「なまえ」

夕食のあと、ヒマワリと一緒にお風呂に入って「なまえちゃんヒマワリのベッドで一緒に寝よ!」なんて可愛いお誘いに頷いていれば、ナルトさんに名前を呼ばれる。ちょいちょいと手招きをされたので素直に従って近寄れば「少し話さねぇか?」と親指で中庭を指す。もちろん断る理由もないので二つ返事を返して外へ出た。

季節は夏だと言っても夜は少し肌寒い。思わず身震いする私に、ナルトさんは自身が羽織っていたパーカーを肩にかけてくれた。さり気なく気遣ってくれる優しさが、昔から大好きだ。
ちょっとした縁側に二人で並んで腰掛ける。上を見上げればちかちかと星星が輝いていて「明日も晴れるな」なんて思った。

「……サクラちゃんから聞いたってばよ。なまえがパパはいないって言ったって」
「……」

何となく責められるんじゃないかと思って、視線をそらした。ナルトさんとパパは昔から仲間であり、親友だという。私なんかよりも、パパを知っているんだ。
「そんな事言うな」って言われるかな。いろいろネガティブなことを考える私に、ナルトさんはあっけらかんとした様子で声をかけた。

「ま、そりゃそうだよなぁ。アイツ、なまえが物心つく前から殆ど里外にいたもんな」

その言葉は私の発言を咎めるどころか、受容してくれるものだった。驚いてナルトさんの顔を見上げれば、変わらず笑顔を浮かべていた。

「俺が知るなまえの父親はな、子供の頃からムカつくことに何でもできるやつだった。忍術も勉学も。それに女子にもモテてた。ま、俺も負けてなかったけんどもよ」
「あははっそうだったんだあ」

過去を思い出しながらも少し悔しそうな様子で父を語るナルトさん。なんだか面白くて笑いながらも相槌を打てば、おもむろに頭を撫でられた。

「笑った顔はサクラちゃんそっくりだけどよ、黒い髪と目はサスケそっくりだ。お前の父ちゃんはうちはサスケで、間違いなく存在してる奴だ」
「ナルト、さん」
「なまえも、本心で父親がいないなんて思ってないだろ?」

彼には、なんでもお見通しみたいだ。

「……パパは、写真でしか見たことがないの。どんな人柄なのかも知らない。どんな声で、何が好きなのかも。パパの手がどんなに大きくて、どんな温度なのかも、何も知らない。そんなの、私にパパがいないのと同じだもん……っ会ったことない人を、パパと呼んでも、いいのかな……っ」

今まで心の奥に隠していた思い。ママにだって言ったことは無かった。いや、ママにだけは言えなかったこと。私、知ってたよ。ママだってパパに会いたくて会いたくて仕方ない事。だから、私の想いを知ればもっと苦しくなっちゃうし、困ってしまうと思ったから。
でも、どうにもナルトさんの前で隠し事はできないんだ。その笑顔が、私の頭を撫でてくれるあたたかくて大きな手が、全てを受け入れてくれる気がするから。

「なまえは、パパに会いたいか?」

その質問に、私は本心で答えた。

「……あいたい、パパに、会いたい……っ」

涙ながらにそう返すと、ナルトさんは嬉しそうに笑って「そっか」と言った。

「だ、そうだぞ……サスケ」

サスケ。それは、間違いなく、私のパパの名前。どうして今、その名を呼んだのだろう。それを理解したのは、物陰から姿を現した人物を視界に捉えた時だった。

「……ぱ、ぱ?」
「……」

写真で見た人より髪が長くて、大人びた人。それでも間違いなくこの人がパパだっていうことがわかった。だって、心が、本能が「この人がパパだ」って訴えかけているから。
パパと呼んでもしばらく無言を貫く。でも、視線だけは私をしっかり捉えて離さない。どうしてここにいるのだろうと疑問に思っていれば肩を優しく叩かれる。

「早かったな。到着は明日の予定じゃなかったか?」
「……偶々だ」
「素直じゃねぇなあ……なまえ、ヒマワリには俺から言っとくから、今日は帰ってやってくれねぇか?」

「な?」と優しく諭される。玄関から中庭にやって来たナルトさんの分身から外靴を受け取り、戸惑いながらもパパに近寄る。パパは私が側に来たことを確認してからナルトさんに視線を向け「娘が世話になった」とだけ言って身を翻した。
私も慌ててナルトさんに別れを告げてから、黒くて大きな背中を追いかけた。


宵闇を照らす街頭が並ぶ住宅街。斜め前を歩くパパは、沈黙を保ったまま足を進める。私もなんて声をかけていいのかわからず、ただ黙って少し後ろを歩いた。
パパは今、何を考えているのだろう。そもそもなんで私を迎えに来てくれたのかな。ママに頼まれて?私には何も、わからないよ。パパとの接し方なんて。

「なまえ」
「っ、なに?」

突然名前を呼ばれたものだから驚いて声が上ずってしまった。恥ずかしさと緊張で熱を持ち始める頬をそのままに顔を見上げれば、パパは足を止めて私と向き合った。

「……大きくなったな」

そう言って、ぎこちない手つきで頭を撫でられた。髪を、皮膚を通して伝わってくる熱。ああ、私のお父さんの手はこんなにも暖かかったんだ。初めて知ったはずなのに、こんなにも懐かしくなるのはなんでだろう。
悲しくもないのに、涙が出るのはなんでだろう。

「ぱ、ぱ……っぱぱぁ……!」

もっとパパの熱に触れたくて、目の前にいる存在が本物だと確かめたくて。勢いよくパパの腰に抱きついた。私の力なんかじゃバランスを崩すことはなくて、しっかりと抱きとめてくれた。この熱は幻なんかじゃないんだ。確信した途端、また涙が溢れてきた。
夜の閑静な住宅街に私の泣き喚く声が響く。パパは何も言わないけれど、ただただ優しく頭を撫で続けてくれた。

「寂しかった……ずっと、パパに会いたくて、会いたくて、たまらなかったよ」
「ああ、俺もだ」
「パパも、私のこと思ってくれてたの……?」
「当然だ。お前は俺の、たったひとりの娘なんだ」
「…………えへへ」

“たったひとりの娘なんだ”
その言葉がこんなにも嬉しいなんて、知らなかった。思わず緩む私の頬を軽く摘んだパパは「帰るぞ。サクラが待ってる」と言った。私はそれに顔を上げて大きく頷いた。



「ただいま、ママ!」
「今帰った」

居間から大きな足音を立てて走ってきたママ。私の顔を見た途端泣きそうな表情になっていたけれど、ある一点を見て、今度は嬉しそうに笑った。


「おかえり、なまえ、あなた」


───ママの目線の先には、しっかりと繋がれた私とパパの手があった。
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