私のママは、強くて、それでいて優しい人だ。
私が悪いことをすれば本気で叱ってくれて(時に出る力技には身の危険を感じるけれど)、褒める時は「よくやったね、なまえ」と、苦しいくらいぎゅっと抱きしめて全力で褒めてくれる。私はそんなママが大好きだった。友達に「なまえちゃんのお母さんはどんな人?」と聞かれたら沢山言葉を並べて、彼女を紹介することができるだろう。
だけど、私には苦手な質問があった。
それは「なまえちゃんのお父さんはどんな人?」というやつだ。
私にはパパがいる、らしい。というのも、父親と対峙した記憶が私の中にはないから曖昧に答えることしかできないのだ。
私が知っている父親といえば、名前はうちはサスケで、現在里外にいるということだけだった。写真越しに見た私のパパは、凛々しくてとてもかっこいい人だった。私と同じ黒目と黒髪を持つその人は、間違いなく父親なのだ。ママは、私がパパの顔を忘れないように、毎晩写真を見せては切ない顔でそう教えてくれるのだ。
正直、寂しいと思う時期もあった。ボルトには私も敬愛する七代目火影である立派な父親がいる。チョウチョウにも、おおらかで優しい父親がいる。イノジンにも、シカダイにだって。私だけ父親がいないような気持ちになった。
私にだってかっこいいパパがいるんだよ!って声を大にして言いたいのに、父親の存在を証明するものも、彼を語る思い出もない。そんなの、私にはパパがいないのと同じだ。
だから私は、自分に父親はいないと思うことにした。その方が、楽だから。期待することも、傷つくこともない。それに、いつ帰ってくるかもわからない人を父親と説明するには、私とパパはあまりにも他人すぎる。
「なまえ、明日パパが帰ってくるわよ!」
ある日、ママが頬を紅潮させながらも報告してくれたのは、父の帰還だった。すごく嬉しそうなママの様子に、私の心は同じように高揚することはなかった。
「私にパパはいないもん」
そういった瞬間に見せたままの顔を、私は一生忘れることはないだろう。すごく、傷ついた表情をしていた。でも、私は悪くないもん。全部全部、家に帰ってこないパパが悪いんだから!
自分に非はないと思っていても、これ以上ママの悲しそうな表情を見ることは出来なくて、目を背けるように家を飛び出した。
* * *
家を飛び出したはいいけれど、行く宛など私にはなかった。外は既に夕日が沈みかけていて、もうすぐ夜が訪れようとしている。いつもならママの作ってくれたご飯を二人で食べている頃だろう。
ママ……心配してるだろうな。もしかしたら里中を駆け回って探してくれているのかもしれない。でも……今更合わせる顔なんてないよ。
どうしよう……と今後私が取るべき行動を考えあぐねながらも商店街を歩いていれば、「おう、なまえ」と声をかけられた。俯かせていた視線を上にあげれば、夕方だというのにそこには真昼のような太陽があった。
「七代目様……」
「ナルトでいいっていつも言ってるだろ?」
「ナルト……さん」
ボルトの父親でありママとパパの友達でもある七代目火影様。私が小さい頃から可愛がってくれた人でもある。火影様になるまでは「ナルトさん!」と呼んでよく甘えていたものだ。そう思えばナルトさんは父親よりも父親らしい人だった。
「どうしたんだ?こんな時間にひとりで。サクラちゃんが心配するってばよ」
「ナルトさん……わたし、どうしようっ」
ナルトさんの顔を見たら安心感からか張り詰めていた糸がぷつりと切れた。次に訪れたのは、ママを傷つけてしまったことと、父親の存在を否定してしまった罪悪感だった。
だばだばと瞳から涙をこぼす私に、ナルトさんは柔らかく笑って、頭をなでてくれた。
「よし!今日は家に泊まってくか!ヒマワリもなまえに会いたがってたしよ」
「え、でも……」
「サクラちゃんには俺から連絡入れとくからなーんも心配いらねえよ」
「な?」と促すように言われ、私は暫し悩みながらも、ゆっくりと一つ頷いた。