カカシくんと昔話
あらあら、今日はお魚を焼こうと思ったのにその肝心なお魚がないじゃないか。何とうっかりさんなんだ。序にお醤油も買ってこよう。少し重たい荷物になるだろうけと、元忍としては大した量にはならないだろう。
思い立ったが吉日、早目に任務を終えて帰ってきたイタチ君とフガクさんにサスケ君と留守番をお願いして買い物に出かけてきた。今日は新鮮な秋刀魚が手に入ってお母さんは上機嫌です。きっとフガクさんやイタチたちも喜んでくれるだろう。鼻歌交じりに帰路についていた時、前方から歩いてくる銀髪の男の子を見つけて表情を緩めた。

「カカシくん!」
「こんにちは、なまえさん」

眠そうな目を弓形に緩めて笑うカカシくん。昔はつんつんしていて無表情な印象があったけれど、最近は随分表情豊かになったように思う。

「お買い物ですか?」
「ふふ、そうなの。今日は美味しそうなお魚も手に入ったのよ」

戦利品の入った鞄を掲げれば「それはいいですね」と声を弾ませる。
そう言えば、彼と会うのは実に半年ぶりくらいではないだろうか。忍を引退した私が現役暗部のカカシくんとの接点がないことは当然といえば当然なのだけど。

「カカシくん、調子はどう?大きな怪我はしてない?」
「ええ、お蔭さまで。まあ……たまにチャクラ切れで入院することはありますけど」

苦笑いを零しながらも左目を覆う額あてに触れた。その下にある悲しくも大切な瞳を、私は知っている。

「そう……無理しないでね。きっと、みんなも心配するから」

そんな安い言葉しかかけられない私は、なんて無力なのだろうか。あの人達だったら、きっとカカシくんを救える言葉をかけてあげられただろうに。
カカシくんは私より一回り程年下だというのに、大切なものを沢山なくしてきた。両親、仲間、それから……恩師。その中には、私の大切な人たちも含まれていた。

「きっとオビトやリンには「無茶するな」って叱られると思います……ミナト先生や、クシナさんにも」

カカシくんの口から紡がれる名前に、思わず目頭が熱くなる。四代目火影でもありカカシくんの先生だったミナトとその妻であるクシナ。二人は私とフガクさんの同期だった。班は違ったけど、たまに会っては愚痴を言ったりくだらない話で笑いあったり……私にとってミナトやクシナは大切な親友。
オビトくんは同じ一族でもあったから昔から可愛がっていて、本当の弟のように思ってた。あまりにも彼に構いすぎるものだからフガクさんがこっそり不機嫌になっていたのは私だけの秘密。オビトくんとミナトが班員を紹介してくれた時に出会ったのが、カカシくんとリンちゃんだった。

「カカシくんは、変わったね……勿論、いい方向へだよ」

きっと、みんながカカシくんの冷たくなっていた心を溶かしてくれたんだ。
そっとカカシくんの頬へ手を伸ばして、額あての上を撫でる。そこにあるのは、カカシくんへ託された、オビトくんの思いが宿っているから。

「……もしも俺が変わったように見えるなら、きっとそれはなまえさんのお陰でもあるんですよ」
「ふふ、それなら嬉しいな」

私は皆みたいにカカシくんの心に寄り添えないかもしれない。それでも、みんなが大切に思っていたあなたが、私も大切だから。

「なまえは他人に対して愛情深く接することが出来る。それは間違いなく君の長所だよ」

なんの取得もないことに落ち込んでた時期にそう言葉をかけてくれたミナトと、同意するように笑顔を見せてくれたクシナ。その言葉が嬉しくて、救われた気がした。今、こうして家族や息子達に全身全霊の愛情を注ぐことが出来ているのは、あの二人のおかげだと思ってる。
最期にちゃんと「ありがとう。ふたりとも愛してるよ」って伝えたかった。それだけが、今も尚心に蟠りを作っている。

「なまえさん……泣かないで」

目元を拭われ、初めて自分が涙を流していることに気づく。あれ、おかしいな……泣くつもりなんて無かったのに。
「ごめんね」と謝りながらも涙を拭えば「赤くなります」と腕を掴まれて動きを抑制された。

「なまえさんがそんな顔していたら、それこそ皆に心配かけてしまいますよ」
「……そうだよね、」

ああ、彼を支えるどころか逆に気を使わせてしまった。失敗したなぁと思いながらも笑顔を作って安心させようと思った時だった。

「母さんから離れろ……!」

私とカカシくんの間を割って入ってきた人物が現れた。さらりと綺麗な黒髪が風に乗って踊る。その後ろ姿は間違いなく、愛息子のものだった。

「イタチ?」
「……母さんに、何をした」

後ろからでもわかる、イタチから発せられる痛いほどの殺気。私に向けられているわけじゃないのに、心臓を鷲掴みにされた気分に陥った。
何故、こんなにもイタチが怒っているのか原因を考えてみる。先程までの状況は、私が泣いていて、目元を擦る私の腕をカカシくんが掴んでいた。もしかしたら、イタチから見て私がカカシくんに泣かされていたように見えていたのかもしれない。
ホルスターからクナイを取り出して今にも攻撃を仕掛けそうな様子のイタチに対して、まず母親としてやるべき事は一つ。

「イタチ!!」
「……っ!?」

大声で名前を呼ばれ、反射的に後ろを振り返るイタチの額を指で小突く。驚いたように額を抑える息子は大層戸惑っているように見える。
私がイタチに対して大声を上げたのは、これが初めてだった。それもその筈、イタチは私を怒らせるようなことをしたことは一度も無いからだ。
私が泣いてしまったことに原因があるとしても、事情の知らぬうちにカカシくんへクナイを突きつけたことはちゃんと注意するべきだと判断したのだ。

「母さんが泣いちゃったのは、カカシくんのせいじゃないの。大切な人を思い出して私が勝手に泣いてただけなのよ。事情を知らなかったとしても罪のない人にクナイを向けるような子に育てた覚えはないんだけどな」
「……すまない」
「よしよし。カカシくんにもちゃんと謝りなさいね」

カカシくんに対して謝罪をするイタチと一緒に私も頭を下げれば彼は「気にしてませんよ」と笑顔を浮かべてくれた。

「母親思いの、いい息子さんですね」
「……うん、私の自慢の息子だよ」

しょぼくれてるイタチの頭を撫でながらそう言えば、カカシくんも表情を和らげた。
それからはカカシくんとお別れして、二人で集落までの道を歩く。話を聞けば、重いものを買いに行くであろう私を心配してサスケをフガクさんに託して追いかけてきてくれたらしい。本当に、優しい子だ。

「……さっきは、本当にすまなかった」
「ううん。私の方こそ大きな声を上げてごめんね。でも、カカシくんにもちゃんと謝って偉かったね。自分の非を認めることって、簡単なようで難しいの。だからやっぱりイタチは優しくて賢い子だよ」

いつまでも子供扱いしていてはいつか煙たがられるかもしれないけれど、母親にとっては幾つになっても子供は子供。慈しむように頭を撫でれば、イタチは気まずそうに気持ちを話してくれた。

「……母さんが泣いてるの、初めて見たから。自分でも驚くくらい、冷静でいられなかった」

「忍失格だな」と自嘲気味に笑うイタチ。忍びの心得として忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず≠ニ定義している。それに則れば、イタチの言うように感情的になるような事があれば忍失格なのかもしれない。
だけど、私は掟なんかよりも大切なものがあると思ってる。

「イタチ。私はね、忍としてのスキルよりももっと大切なものがあると思ってるの」
「大切なもの?」
「それはね、思いやりの心。人を大切に思える心だよ」

これは私の我儘でしかないかもしれない。だけど、自分の息子にだけは、この事を忘れて欲しくなかっな。

「……俺は、母さんも、サスケも、すごく大切だ。もちろん、父さんも」
「うん。そんなイタチだからこそ、大切な人達を守ることが出来るよ。絶対、その心を忘れないで」

いつか心から信頼できる仲間ができた時、大切なパートナーを見つけた時。同じ気持ちを持てる子でいて。
そう願いを込めて、イタチの手をきゅっと握って、家路を歩いた。



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