9章 聖王エメリナ




──ペレジア城──

「まだフェリア王たちの足取りはつかめないの?」


苛立たしげに聞くインバースに、兵士は頭を下げて答える。


「はっ…それが、まったく。まるで煙のように消えてしまって…」


その答えを聞いたインバースは、くすりと微笑みながら、兵士に近づいた。


「うふふ…素敵な言い訳ね」


そして、その兵士を、剣で刺した。


「がふっ!…な、なにを…」


「嫌いなのよねぇ、私。言い訳する男って。役立たずの証明でしょう?」


ふん、と鼻をならしてその場に倒れる兵士を一瞥したインバースの元に、呆れた顔を浮かべるギャンレルがやって来た。


「おいおい、イラつくのはわかるけどよ、遊び半分でうちの兵士を殺すなって。落ち着けよ、どこへ隠れてようが、あいつらは出てくるしかねぇんだ。

……エメリナがここにいる限りはな!ギャハハハハハッ!!」


「あら、出てきたら、どうするおつもりです?」


そう尋ねるインバースに、ギャンレルは鼻で笑い飛ばし、自信満々に答える。


「皆殺しに決まってんだろぉ?とびっきり派手になぁ。」


そして、ペレジアの城内に品のない笑い声が響いた。



***



──ペレジア城付近──

偵察を終えたガイアが戻って来て、クロム達に状況を説明した。


「聖王の処刑は明日、ペレジア王城で行われるらしい。ギャンレル自身が知らせを出していたから間違いないだろう。」


「そうか、ありがとう。」


頷き、腕を組むクロムにバジーリオが話しかける。


「いよいよ、か。決着の時だな。」


「ああ。ルフレの読み通りだな。」


クロムがそう言えばルフレは笑いながら首を縦に振った。


「この先も読みが当たってくれるといいんですけどね…」


謙遜する彼女に、フェリアの王であるフラヴィアがルフレの背中をばしんと叩いて言った。


「胸を張りな、ルフレ。あんたの策に、全員乗ったんだ。」


「大丈夫だ、ルフレ。必ず成功する。いや、成功させてみせる。

姉さんを救出し、みんなで笑って帰るぞ。」


「はい。」


ルフレとクロムは微笑み合い、拳を軽くぶつけ合わせた。



***



暗い空間。
そこにはクロム達が倒したはずのファウダーと、全身を闇に包まれた謎の人物が立っていた。


「ギムレー様…知らせが入りました。エメリナは予定通り処刑されるとのこと…」


ファウダーは、その人物に向かって立て膝を付き、敬意を表している。


「…………」


「…クク、どうあがこうとエメリナは死ぬ。それが、決められた運命というもの…すべてはギムレー様、あなた様の筋書きどおりに…」


「…………」


その闇に包まれた人物は、どこか、見覚えのある姿に見えた気がした。



***



──駐屯拠点──

「――――っ!!」


ルフレはがばっと起き上がった。頬を一筋、汗がたらりと流れる。すぐ横でわっと驚く声がして、そちらの方を向けばリズがそこにいた。


「ど、どうしたの?ルフレさん…もしかして変な夢でも見た?」


その言葉にルフレははっと気付いた。


「夢……?そうですか…夢でしたか……あれ?リズさんはどうしてここに?」


自分の天幕にいるリズを見て首を傾げる。リズは笑いながら答えた。


「フレデリクが、そろそろ出発の時間だって言ってたよ。一緒にいこ、ルフレさん。」


「そうでしたか…わざわざありがとうございます。はい、一緒に行きましょう。」


起き上がり、手早く準備を済ませると、ルフレはリズとともに天幕を後にした。



***



──ペレジア城付近、処刑台──

処刑台では、エメリナが両手を組んで立っていた。その近くでギャンレルが高笑いをしながら集まったペレジア民達に話しかける。


「よく集まったな、ペレジアの民たちよ!!そんなに見てぇか? 見てぇよなぁ!?最高の見世物だもんなぁ?最っ高潮だぜぇ?」


煽りに煽った後、ギャンレルは処刑人に合図を出す。


「おら!! 処刑人!恨みを込めた斧を振り下ろせぃ!!」


エメリナの首に斧が振り下ろされる、その時──


「フラヴィア様!」


「任せな!」


エメリナに斧を振りかざす処刑人が、フラヴィアの投げた斧によって倒れた。


「よし、行きましょう!」


その攻撃を皮切りに、軍の者達は武装し、そしてクロムが軍の皆にに話す。


「ギャンレルはあとでいい!敵を姉さんに近づけるな!」


「ふん…来やがったな?」


予想通りと言わんばかりの展開に、ギャンレルは笑みを浮かべながら自軍の者達に指示を出した。


「おら、兵ども! アイツらを迎え撃てや。」


武装するギャンレルの配下の者達の中に、1人、憂いを帯びたような雰囲気の少女が佇んでいた。手には魔道書を持っており、薄着のその姿は、俗に言うダークマージと呼ばれる職業のものであった。


「聖王エメリナは処刑される…みんなは恨みを晴らせると喜んでる………でも、そんなのくだらないわ。イーリスへの恨みなんて。そんな恨み、自分の気持ちじゃないもの。

長年続いてきた遺恨という名の呪い…私はそんなものに縛られたくない。私は私自身の気持ちで誰かを思い、誰かを呪うわ。」


そう言いながら、駆け出して行った。


また一方では、エメリナを助けに来た聖職者らしき者達が、ペレジア兵を相手に戦っていた。


「急がなければ…エメリナ様をお助けしなければ…」


美しい金の髪を靡かせて、端正な顔立ちの女性らしき人物は力強く斧を振っていた。


***


戦いの途中、クロム達は1人、孤軍奮闘している聖職者に遭遇した。そう、先程の美しい容貌の人物である。


「お前! なぜ1人で戦っている?!」


「…!? あ…!貴方はもしや、クロム様!?」


驚いたようにクロムの方を見るその人物。クロムは首を傾げながら問い返す。


「俺を知っているのか?」


「はい、存じ上げております。私はイーリス王国の聖職者ですので。おお、神よ…エメリナ様の弟君に引き合わせて下さり、感謝いたします…」


目を閉じて、神に祈りを捧げる。その様子はとても美しかった。が、今は戦場。クロムは困ったように目の前の人物に話しかける。


「…祈るのは後で頼む。だが、イーリスの聖職者が、なぜここに?」


「それは…エメリナ様の処刑の報せを聞き、なんとか止めることが出来たらと…!」


「! …処刑を止めるために、戦ってくれていたのか?」


「はい…。ですが、共に駆けつけた仲間はみんな倒れてしまいました。もはや私ひとりでは処刑を止めることなど不可能でしょう。
お願いです!私もクロム様のお力に加えて下さい!」


そう頼まれ、クロムは微笑みながら頷いた。


「もちろんだ。姉さんのために戦ってくれていたこと…感謝する。お前ほど強いシスターが仲間になってくれると、心強い。」


そう言ったクロムに、苦笑いを浮かべる。


「あの…私は僧侶です。」


「えっ?
シスター…だろう?」


「僧侶です。…まぁ、正しくは戦う聖職者、バトルモンクですが。」


なんと、この美しい容貌の人物…彼は、男性であったのだ。


「いや…すまない、てっきり女かと…」


「…いえ、よくあることですので…。私は気にしていませんよ。」


彼は微笑んで手を振るものの、その後、小さな声で嘆いていた。


「……神よ…エメリナ様の弟君にまで女性と間違われ、私はどうしたら…」


「…………すまん。」


こうして、美しすぎるバトルモンク、リベラが仲間に加わった。


***

剣を払い、槍を刺し。
斧を振るい、魔道を詠唱する。


どれほど繰り返しただろう。
それでも敵は、一向に減る気配がない。


更には増援まで来たものだから、皆はどんどん疲弊して行く。


「もう少しです…もう少しで、エメリナ様たちの元に…あっ…」


砂に足を取られ、よろけたルフレを近くにいたロンクーが支えてくれた。


「…無理をするな」


「ごめんなさい………」


「もうすぐで敵の将の元だ。背後からの増援部隊はなかなか進むことのできない騎馬兵の者達に頼めばいい。」


「そうですね…では、ソワレさん!ソールさん!お二方は背後から来る増援に備えて下さい!リズさんは2人の回復を!決して敵に囲まれないように気をつけてください!」


「分かった!」

「任せて!」


「ロンクーさん…女性が苦手なのは分かってますが…私の後衛をお願いしてもいいですか…?」


「流石に戦場で文句は言わん。引き受けるから安心しろ」


「ありがとうございます!」


駆け出そうとしたその時。


「ルフレさん、ロンクーさん、待って!」


「リズさん…?」


「…回復、してから行ってね!」


2人にライブをかけて、それからリズはルフレとロンクーを頑張ってね!と送り出してくれた。


「ありがとうございます!では行きましょう!」

「…ああ!」


ルフレはロンクーとダブルを組み、敵の部隊の元に走って行った。


「…私も、戦えたらなぁ」


その背中を寂しそうに見つめた後、リズはソワレとソールの元に戻って行った。



***



クロムの元に、1人の少女が現れた。


「! お前も敵か?」


そう尋ねるクロムに、少女は暗い表情を浮かべながら答える。


「さあ…どうかしらね。そんなこと、死ぬほどどうでもいい。

どうせみんな死ぬんだもの、何したって変わらないわ。」


「…よく分からんが、敵でいいんだな?」


「…………敵かどうか迷ってる…って言ったら?」


「え?」


「本当はギャンレル王に従うべきなんでしょうけど…貴方たちに味方したくなってる…って言ったら?」


そう言った少女に、クロムは笑いながら答えた。


「なら、俺たちと来い。」


その様子に、彼女は驚いた表情をした。


「…信じるの? 罠かもしれないわよ。どうせ私の言葉なんて信じられないわよ。」


「姉さんだったら、信じるだろう。人を疑って罠にはまるより、信じて罠にはまったほうがいい。」


そう言ったクロムに、サーリャは驚きながら、ふっと笑みを浮かべた。


「貴方…私のこと信じるのね。そんな人…初めて。

いいわ。
私…ついていくわ、貴方に。」


「そうか、ならよろしく頼むぞ。」


「ええ…得意の呪術で相手を呪い殺してあげるわ…ふふ、ふふふふふ…!」


「………………」


こうして、呪術師、サーリャが仲間に加わった。



***



「ギャンレル…様…我らの…恨みを……」


敵将のポモドーロを倒した後、クロムがルフレの方を向く。


「ルフレ!敵ドラゴンナイトはすべて落とした!予定通り合図を出すぞ!」


「はい!」


合図を送り、フィレインと天馬騎士2人の系3人がエメリナの元に向かう。


「エメリナ様!!」


「フィレイン!?無事だったのですか…!?」


「はい! バジーリオ様の手の者により脱出を。エメリナ様!今、お救いします!」


突然の天馬騎士の登場にギャンレルは驚く。


「なにっ…天馬騎士団!?
いつの間にか脱出してやがったか!!ドラゴンナイトを落としておいて天馬騎士団で空から助けるってか!?」


その後、ルフレの方を見て


「…イーリスの軍師の策か!小賢しいマネしやがってよぉ!」


悔しそうな表情を浮かべていたが、隣のインバースは笑みを浮かべたままだった。


「………ふふ。でも、残念…」


次の瞬間、フィレインたちの周りに屍兵が多数現れた。それらは、アーチャーの形をしていた。


「なっ…屍兵…!?」


「馬鹿な、こんな偶然が…!」


形勢逆転。
弓にめっぽう弱い天馬騎士は、アーチャーに囲まれれば一環の終わりである。


「ハッハー!!まさか屍兵がおでましとはなァ!!天もこのオレに味方してくれてるぜぇ!!」


そして、その弓矢はフィレインを貫いた。


「なぜだ…なぜ…屍兵が…
こんな時に…

エメリ…ナ様…もうし…わ、け…ありま…せ…」


「フィレイン!!」


「天馬騎士団長フィレイン様〜ご退場〜ッ!!
ぎゃっはっはっはーーーーっ!!
落ちろ落ちろぉ!!」


「そ、そんな…!」


「失敗か…!」


「形勢逆転、ってところだなあ?
さあ、這いつくばって惨めな負けを認めろぉ!!」


「…まだだっ!俺たちは生きてる!
生きてる限り、負けはしない!」


…とは言ったものの、なす術がない。


「おお? かっこいいねえ? 死ぬまでに一度は言ってみたいセリフってヤツだな?んじゃ、城のてっぺん見てみろよ?
処刑人はまた配置についた。俺が命令すれば……

お姉ちゃんはサヨナラだ。」


「姉さんっ!」


「おーっと、動くなぁ!
処刑人! こいつらがぴくりとでも動いたらエメリナを殺せぇ!」


ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべるギャンレル。悔しそうにそれを見上げるクロム。


「く……!き、貴様……!!」


「おらっ!? どうする? どうすんだ、王子様!

大好きなお姉ちゃんを見捨てんのか?他の奴らはどうだ! ああ?
聖王様を見殺しにできんのか?できねーよなあ?
だから甘いんだよてめーらは!」


「ギャンレルっ!」


「武器を捨てて降伏しな、王子様!
んで炎の台座を俺に渡せ!そうすりゃ命だけは助けてやる。エメリナの命もなあ!」


「ぐ…っ…!」


「クロムさん…!」

声を上げるルフレの方を見て、クロムは静かに呟く。

「…ギャンレルの言葉は全く信用できない。だが、今逆らえば姉さんは死ぬ!」


「クロムさん…」


「く……!!
ルフレ、俺は……!!
俺は姉さんを犠牲にしてまで、【炎の台座】を守らねばならないのか!?」


ルフレは顔を俯かせる。
そして…きっ、と強い表情でクロムを見据えた。そして首を横に振る。


「いいえ、諦めては駄目です。何か手があるはずです…」


「俺もそう信じたい……
だが…一体どうやってこの状況を打開するというんだ!?」


そうこうしている内にギャンレルの声が降ってきた。


「三つ数えるうちに武器を捨てろ!
さもなきゃ聖王は死ぬ!」


「!!」


「一つ!」


「クロムさん…!」


「二つ!」


「……」


「み…」


「待て! 今武器を――」

ギャンレルが数え切る前に、クロムがギャンレルに向かって言った。いや、言おうとした。


その言葉は…


「クロム! いけません!」


エメリナによって止められた。


「あぁん?」


「姉さん……!」


エメリナは、ギャンレルの方を見据える。そして、口を開いた。


「ギャンレル殿……もう話し合う事は出来ないのですね?」


「まーた得意の説教か?当たり前だろうが!
いつもお高いところからきれいごとをまき散らしやがって…てめーの理想のなれの果てがそのザマだ!弟や民の足を引っぱるだけのクズ王なんだよ、てめーは!」


「…………」


「黙れ! ギャンレル!!」


その言葉にクロムは激しく激昂した。


「姉さん!
姉さんは、間違っていない!
希望を語る者がいなければ、世界には絶望しか残らない。だから、俺たちやイーリスの皆は、理想を…聖王を望んでいるんだ!


その言葉に、エメリナは柔らかい笑みをクロムに向ける。


「クロム……ありがとう。」


その様子がいつもと違うことに気がついた。何か悪い予感がする。


「姉さん…?」


エメリナはペレジア民達の方を向き、口を開いた。


「――ペレジアのみなさん、どうか私の声を聞いて下さい。」


静かに語り出す。
皆はしんと静まり、その声に耳を傾けた。


「戦争は、何も生みません。
多くの罪なき人々が悲しむ事になるだけです。憎しみに心を支配されてはなりません。悲しみに縛られてはなりません。

たった一欠片の思いやりが…世界の人々を平和へと導くのです。心の片隅にでもいい、どうかそれを忘れないで下さい……」


「姉さん…!?」


クロムは、エメリナを目指して駆け出した。その姿をしばし見つめた後、エメリナは地上全体を処刑台から見下ろした。


頭上を飛ぶ鳥を見つめ、独り言のようにエメリナが呟く。


「私は、無力で…愚かでした…
クロム…どうか貴方は…」


うつむいて力なく首を横に振り、エメリナは何かを決意したようにゆっくりと顔を上げた。


「私は…」


ゆっくり前へと歩みを進める。処刑台の端までやって来た。それを見たクロムは走りながら上を見上げ、頭上の姉へと手を伸ばした。


その後。


エメリナが、ゆっくりと前へ倒れてゆく。手を組み、脳裏には愛しい弟や妹、イーリスの民たちの顔を思い浮かべながら………


「クロム…リズ…皆…愛しています…」


それは長い長い一瞬だった。


走りながら姉へ手を伸ばすクロム。
両手で顔を覆って崩れ落ちるリズ。
ゆっくりと落ちてゆくエメリナ。


空を飛ぶ鳥が、上空へと舞い上がって消える。そしてエメリナはふわりと…舞い落ちるようにその身を地上に叩きつけた。


「あ…………」


目の前には愛した姉の無残な姿。
茫然とした表情で、ふらふらと姉の元に歩み寄り、両膝をついて蹲った。


「エメリナ様──」


「…………!」


「いやぁっ!!
いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


リズの悲鳴がこだまし、ギャンレルが高笑いをして口を開く。


「クァーッハッハッハッハッハッ!
気高い!気高いぜぇ、エメリナ!!この世にきれいな死なんざねぇと
思ってたがよ!いくらか考えを改めてやる!

イーリス聖王エメリナ!
てめぇは愛する者たちのために、美しく死んだ女だ!
そして……

世界で一番無責任なクソったれ女だぁ!!」


「貴様…貴様ぁっ!」


怒りを露わにするクロムの元にバジーリオとフラヴィアがやって来た。


「クロム! 退くぞ!
逃げ道は俺が確保してある!」


「姉さんを…姉さんを…連れて…帰らなければ…」


「今は逃げるのが先だ!行くぞ!
ルフレ!クロムが無茶しねえようにお前がしっかりついててやれ!」


「分かりました…!」


ルフレがクロムについて一緒に走り出した。



それを遠くから見つめていたマルスは、その場に崩れ落ちる。


「……間に合わ……なかった……まさか、そんな……変えたはずの未来が……元に戻ってしまった…



このままでは、世界はまた…暗闇に…」


  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -