リン!

「ユーゴ起きて」
 朝日が差し込む部屋で柚子はユーゴを起こした。Dホイールを整備出来るだけの十分な広さはあるが無駄なものを置いていない綺麗な部屋だ。シンクロ次元に来てリンの部屋でゆっくり骨を休めた柚子は翌朝、先生にユーゴを起こして一緒に手伝うよう頼まれた。決して余裕があるようには見えないがユーゴの客人として丁重に扱ってもらえて柚子は感謝していた。
 柚子の声に反応したもののユーゴは眠そうな目で時計を見てもう一回布団に潜った。こちらを見ようともしない、完全拒絶の態度に柚子はカチンときた。
「ちょっと起きてよ」
 そうやすやすと二度寝なんてさせない。今度は布団を剥がした。布団の中でユーゴは丸くなっている。そんなに寒くはないが布団をはぎ取られ丸くなる様子は小さな子供みたいだ。
「ったく何すんだよ」
 不機嫌そうに渋々目を開けたユーゴは柚子に気付くと体を起こしし、目にも止まらぬスピードでベッドから飛び出した。
「リーーーン」
 そう言うユーゴの声からは甘えが溢れていることに気付く間もなく、柚子はユーゴに飛びつかれた。あまりに急でされるがままに飛びつかれたが我に返った柚子は急いで襟元を掴み引き離した。
 信じられないものを見るような目で見られても気にせずまた飛びかかろうとするユーゴに向かって柚子はハリセンを構えた。その姿に気付いてはいたがそれでもめげずに飛びかかった。
 ハリセンが音を立てユーゴの頭にヒットする。予想以上の衝撃に後ろに飛ばされたユーゴは尻もちをつきながら痛そうに涙を流した。いつもはこんなのじゃなかった。今日は特別に強くハリセンした訳じゃない。
「ご、ごめんなさい」
 慌てて近寄った柚子にまたユートは飛びついた。あの吹っ飛び具合を見てしまったあとではハリセンは使えない。避けようとして後ろに下がろうとしたが胸が顔面にヒットした。人の顔が顔の真下にあるというそのえも言われぬ感覚に柚子固まる。固まった柚子にユーゴはラッキーと言わんばかりにその姿勢のまま体を抱きしめた。
 てっきりユーゴは何かを言うのかと思ったが、何も言わない。奇妙な時間が二人の間を流れた。今度はゆっくりとユーゴを剥がして顔を覗き込んだ。下を向くユーゴの顔は暗い。
「この感覚はリンじゃねえ」
 何がリンじゃない、だ。そもそも初めから自分はリンじゃないと知っているはずだし胸と体型で判断されるなんてもってのほかだ。男女関係なくそんなことされて気持ちいいはずない。怒りが湧いてきた時にそんなことを言われて柚子は怒りを通り越した。
「案外良い人かと思ってたけど最低ね」
 呆れかえる頭柚子にごめんごめんというその様子に反省の色は見当たらない。
「わざとじゃないし」
 相変わらずヘラヘラと笑う。ユーゴはリンが好きだというのにこういう事をして何とも思わないのだろうか?柚子にも事故だという事は分かっていたがそれでも何となくやるせない。
「事故で済ませないでよ」
「柚子は細かいなあ」
 ユーゴは面倒くさそうに頭を撫でながら言った。細かくなんかない。今までだって事故で手がお尻が当たったり胸に当たったりとすることはある。だけどそれは一瞬の事で感覚は一瞬で去った。だけど今のユーゴは一瞬触れたのではない、私がリンか確認した。信じられない。柚子はユーゴに背を向けドアノブを握った。
「どこに行くんだ?」
 不思議そうに聞いてくる。
「もう一回シャワー浴びてくる」
「嘘だろ」
「冗談よそんな迷惑かけれないわ、置いてもらってるんだし」
 だけど、と続けた。
「半径50cm以上近づかないで」
「なんだそりゃ」
 両手を回して円を作る柚子を不思議そうに見ている。本当に悪意がないのだろう。まるで異世界人だ。
「ねえ、一つ気になるんだけどリン以外の人に対していつもこんな感じなの?絶対リン怒ってるわよ」
「どうしてリンが怒るんだ?」
 その様子にリンも慣れてるのか諦めてるのか。でも、確かにこんなに好いてくれるなら悪い気はしないだろう。
「お前遊矢にもそんな事してるのか。遊矢そのうち大けがしそうだな」
「そもそも遊矢はそんなことしない」
 遊矢の名誉のためにもきちんと否定しないと、と意気込む柚子にユーゴは可哀想な人を見る目で柚子を見てから頭を撫でた。
「へー遊矢は柚子に興味無いのか」
 ある意味図星である。他の人に何を言われても否定してる、要は興味がない、の一言に尽きる。大切に思ってはくれてるだろうけどそういう反応はしてくれない。
「柚子の片思いか〜ファイト」
「そういう風に言うけどユーゴだってそれだけアピールしてるのになびいてくれないなんて眼中にもないのね可哀想」
「そんなことないよきっと奥手なだけさ」
そう言うユーゴの顔はどことなく不安そうだ。
「俺はリンを信じる」
根拠はないのだろう。語尾が震えている様子は何かに怯える子犬のようで可愛く思えた。よしよし、と頭を撫でた
「いつか伝わると良いわ……」
そう言いかける柚子にユーゴは性懲りもなく抱きついた。
「リン!」
 リンじゃないと分かっているのに幸せそうなユーゴを見ると、これ以上頭を使うのも面倒臭くなり柚子は何も言わずハリセンで突き飛ばした。リンも多分諦めたのだ、イテテテと言うユーゴを置いておいて私だけでも朝ごはんの準備をしよう。じゃあね、と言い歩き出すとユーゴも慌てて寝ぐせを整えた。
「ちょっと待てよ。置いてくなって。だけどこんな強烈なのくらっても仲良くするって遊矢もよっぽど柚子が、好きなんだな」
 そう言われてドキッとした。遊矢に聞いたことないけど実はそうかもしれない、きっとそうだ。根拠なんて何もないがそうかもしれない、と思えるのはとても幸せなことだ。
 無造作に置かれた写真立てが目に入った。決して綺麗ではない写真立て。だけどそこに映ってるユーゴの笑顔とリンの笑顔は見てるこちらも幸せになる。お幸せに。
 眠い目をこすりながら付いてきたユーゴと一緒に二人は食堂に向かった。 END


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