七夕

「これはどうしたんだ?」
 夜も更けた。社長業の終わった零児は社長から私人の顔になっている。不要なものを置いていない、広い社長室に相応しくない笹が机の内側に飾ってあるのに隼は気付いた。
「笹……?」
「零羅が貰って来たのを飾ってくいるんだ」
「そういえば今日は7月7日だったな」
 連日の雨が嘘のように今日は晴れである。街を見下ろすビルから見える夜景と星空が何とも言えない美しさを醸し出している。
「短冊は零羅のか?」
「ああ」
 可愛らしい子供の文字で願いが書いてある。
「お前は何か書かないのか?」
 飾りは付いているが短冊が一つだけというのは少し寂しい。
「私が神頼みしなくてはいけない程困っていると思うか?」
「こんな大企業のトップが神頼みしているとなれば部下は心配もするだろうな」
「それに俺は彦星と織姫のようなどうしようもない神に頼み事をするなんて御免だな」
 棘のある言い方をする零児に思わず聞き返した。
「毎日毎日好きなことをして責務も果たさず罰せられた神様に何か祈って叶うと思うか?」
「それはそうだが」
 そんな言い方は無いんじゃないか、仮にも零羅が持って帰り飾っているのだろう、七夕にそこまで思い入れがある訳じゃないがいい気分ではない。
「それに親も親だ。引き合わせたら仕事をしなくなったから引き離したが結局駄目で一年に一度会えるよう約束するというのも気に入らない。もっと他にやり方があるだろう」
 織姫も彦星も親に運命変えられたところがあるから共感する部分でもあるのだろうか。眼鏡を直しながら椅子にもたれる零児は一見リラックスしているが眼鏡の奥の目は笑っていなかった。
「まあ私なら運命の人に出会っても仕事を疎かにして一年に一度しか会えなくするようなヘマはしないがな」
 欲張りか自信家か。どちらもだろう。強い眼差しで見つめられ隼は思わず目を逸らし空を見上げた。
「今夜は綺麗に晴れているな。二人は無事ひと時の逢瀬を楽しめたというところか。気に入らないだろうがな」
「そんな事はない。無事に再会できたなら何よりだ」
「今さっき七夕は嫌いだと言ったばかりじゃないか」
「七夕が嫌い、とは一言も言っていない。それに良かったのは織姫と彦星じゃなくて二人を合わせるカササギだ。途中で雨にでも降られたら可哀想だからな」
 屁理屈を、と顔を顰める隼を見て短冊を取り出した零児は短冊を渡した。
「そんな不景気な顔するな。君もこれを書いてくれ。零羅が喜ぶ」
 忙しい兄に少しでも日々を楽しんでほしいのだろう。どことなく零児の機嫌も良さそうである。口では色々言っても楽しんでいるのが隼には分かった。
筆を持った。いざ書くとなると中々思いつかないものである。無病息災はあまりに味気ない、夜空を見上げた。
「綺麗な天の川だな」
「ああ……彦星と織姫は出会わなかった方が幸せだったと思うか?」
「何をいきなり」
 口元は笑っているが纏う雰囲気は少し張りつめている。ふざけているのではないのだろう。下手なことは言えないと感じた隼は言葉を選びながら慎重に答えた。
「二人の幸せなんて二人にしか分からないがもし俺が彦星なら織姫と出会えたことを不幸だとは思わないだろう。あまり会えない寂しさよりもし出会えていなかったら、と考える方がぞっとする」
「そうだな。それに俺らは誰の許可が無くても自分の意志で動ける」
 隼は中腰になり短冊を括りつけた。高層ビルの一角で笹の葉が揺れるというのも中々見れるものではないし乙なものであると隼は感じた。
「7月8日が来ても離れ離れになったりしない。だから今日はもう寝る。零羅に礼を言っておいてくれ」
 短冊を括りつけ手を離した瞬間零児が手首をつかんだ。
「ちょっと待て。8日になっても消えはしないが今日という日は今しかない。折角の七夕だ。織 姫たちに見習って今日一日を大切にするべきだと思わないか?もう少しここでゆっくりしていろ」
「うまいこと七夕を利用して」
「君を引き留めておけるのなら七夕さまさまだな」
 流れ星が流れた。広い部屋に二人、隔てるものが無い幸せに感謝しながらこの瞬間を楽しもうと隼はソファーに腰を下ろした。


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