Chapter 4
「…」

真っ暗な闇夜に舞い、散る桜の花びら。

飛ぶようにひらひらと落ちていく欠片は、蒐の頭にも数枚、貼り付いていた。

幹に寄りかかっていた体制から体を起こし、頭に付いたそれらを払い落とす。

どこから降ってきたのか、と頭上を見やれば、視界を埋め尽くすほど満開に咲いた桜があった。

そこでふと、蒐の脳裏に死神の少女が浮かんだ。

「…チッ」

決して莎夜に対し良い感情を持っていないのに、それでも気になってしまう自分に舌打ちをして、立ち上がった。

四、五人が輪になってようやく囲めるくらいの太い幹を一周し始めると、ちょうど半周したところで根を枕にし、体を丸めて横になっている莎夜を見つけた。

漆黒の髪に隠れ、表情はうかがえない。

暗がりから、呼吸をしているのかすらも分からない。

試しに、蒐は、足先で莎夜の背中をつつく。

「………ん、」

数秒の間の後、莎夜は短く呻いて、のろのろと体を起こし、

「……」

無表情に蒐を見、すぐにいつもの自嘲気味の笑みを浮かべた。

「おはよう」
  
「……」

そんな莎夜に蒐は、普段通りの険しい、冷淡な目を向ける。

「…」

「…」

沈黙が続き、ようやく、

「…それで?
どうして、起こしたりしたの?」

笑みが貼り付いたまま、でも、本当に不思議そうに、莎夜は蒐に向かって首を傾げた。

「…」

自分でも、どうしてそうしたのか、理由がわからなかった。

が、一瞬考え込んだ後、すぐに莎夜を睨み付けるようにして、

「…教えろよ」

「……何を?」

「ッ!!」

知っているのに、故意に知らないように振る舞う莎夜の態度に、カッとなったが、蒐はなんとか理性を保つ。

「…でも、ちょっと、早いかな」

「何がだよ」

「教えるの。」

だから、もう少し待っててね、と莎夜は微笑むと、木の幹に額をあてた。

「…誰かが、来るから」
  
「―!」

その言葉に、蒐も五感を研ぎ澄まし意識を集中させる。

遠方から微かに血の匂いがする。

何かが腐敗したような、鼻をツンとつく、気分が悪くなるような、臭い。

そんな血の臭いが、ソレが近づいてくるほど、酷さを増していき、頭痛がするほどの異臭に蒐が顔をしかめる。

莎夜も、口元は笑ったまま、目は嫌悪感を露わにしていた。

そんな二つの、歓迎とはほど遠い視線を集めて、細長い影が地面に降り立った。

「こんにちは。葉狐、と申します」

敵が、そのサイズが頭と釣り合っていない小さなハットを片手で持ち上げ、挨拶をする。

しかし、侮蔑の入り混じった二つの視線には全く変化が無い。

狐に近い、だが、何かが狐とは決定的に違う、そんな顔付きの、青のスーツの敵は改めて二人を見比べた。

「さて。お二方のどちらが"能力持ち"なんですか?」

「…教えないよ、って言ったら?」

葉狐が莎夜の方を向く。

「まあ、実はわかっているんですけどね。」

狐のような細い目を更に細め、ソレは皮肉げに笑うと、莎夜を標的に走り出した。

決して速くはない。
余裕で避けられるはずだったが、その場で突っ立ったまま、莎夜は避けようとする意思を見せなかった。
  
「な…オイ!」

その意味をくみ取ったのか、蒐は、焦りと怒りの混じった表情で、莎夜を狙う葉狐の背後から攻撃をしかけた。

「おっと、」

完全な死角からの攻撃。

しかし、葉狐は間髪で足を止め、突っ込んできた蒐の鋭い爪を避けた。

「二対一でも非道いと言うのに、更に背後からなんて卑怯ですねぇ」

ギリ、と蒐が奥歯を噛み締めて、それから莎夜に怒りの矛先を向ける。

「テメェ、なンで避けねェンだよ!」

「だって…護ってくれるんでしょ?」

悠然と笑みをたたえて、莎夜は淡々と答える。

「ふ、ざけンな!誰がー」

蒐は怒りを爆発させる寸前に、視界の隅に攻撃体勢を取った敵を捉えた。

とっさに振り向いた蒐は、葉狐が莎夜へと再び走り出したのを確認する。

狙いは、あくまでも、莎夜なのだ。

「ー避けろ!!」

必死に叫ぶ蒐を莎夜は一瞥し、その場に佇むだけだった。

「どうやらお嬢さんには生きる意志は無いみたいですね」

どこから取り出したのか、葉狐はアイスピックに似た武器を振り上げた。
  
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