ココアと一緒に飲み干して



※生理のお話です



 ひどく萎れた声で名前を呼ばれて目を覚ましたのは、ついさっきのことで──どうしたのかと思えば、シーツを汚してしまったのだと泣き出しそうに胡桃さんは言った。お互いベッドに座り込んだまま、俯いた胡桃さんの「ごめんね」が、まだ朝になり切れない部屋にこだました。

 同棲をはじめて数ヶ月、付き合ってからは数年。生理という俺には解ってやれないことで苦しむ姿は今までに何度も見てきて、その度に俺なりに出来る方法で手助けをしてきた、と思う。でも、こんなことは初めてだった。


「……身体は、辛くないですか」
「うん、」
「……泣くな、大丈夫だから」


 正直戸惑った。でもそれは断じて嫌だとか迷惑だとかそんな方向ではなくて、胡桃さんの心がこれ以上傷付かなくて済むようにしてやりたくて、言動のひとつひとつに細心の注意をはらう必要があると思ったからだ。

 デリケートな問題だ。座り込んだまま軽く近付いて、項垂れる彼女の頭を少しだけ引き寄せる。出来る限りに、優しく。そうしながら、何が正解か必死に考えた。着替えを促してシーツを洗ってもいいが、汚れた部分を見られるのは嫌かもしれない。かといって、きっと体調の良くない胡桃さんに洗濯をさせるわけにもいかない。


「ごめんね、恵くん」


 考え込む俺にかけられた声は弱々しくて、ほとんど反射で「いいから、」まで言って、止めた。気にしないでください、そう言おうとしたけれどきっとそれは違う。考えすぎるところのある胡桃さんにそう言うのは正しくない気がして──パズルのピースを探すみたいに、言葉を選んでいく。


「……胡桃さんは、気になるかもしれねぇけど、」
「うん……」
「俺は、何より。胡桃さんが、アンタの体調が、心配で」


 俺の膝のあたりに乗せられた白い手が、スウェットをぎゅうと握る。背中を軽くさすってやりながら、「だから、」と続けた。


「……謝られるよりも、頼ってもらえた方が、嬉しいです」
「めぐみくん……」
「身体も大丈夫じゃないんでしょ、……胡桃さんさえ良ければ、着替えてる間に俺が洗濯しときます」


 ぐす、と鼻をすする音。控えめに寄りかかってきていた頭が、少しずつ体重をかけてくる。ピースがはまったような気がして、小さく、でも長く息を吐き出した。


「……洗濯するのは、しんどいから……洗ってくれたら、すごく助かる」
「ん。わかった」
「あんまり、汚れたとこ見ないでね、」
「……気をつけます」


 柔らかい髪を撫でつけながら、僅かでもトーンの上がった「ありがとう」を受け止めて、それから。


「胡桃さん」


名前を呼ぶと胡桃さんは素直に顔をあげるから、その濡れた目元を軽く親指で拭って。そっと、そこに口付けた。「え、」とついこぼれたのであろう声が聞こえて──何か言われる前に、身体を離した。ベッドから降りて、むず痒さを隠すみたいに頭を掻く。


「……あーその、着替えたら、服も一緒に洗っていいすか」
「あ、うん……いいよ、いいけど」
「じゃあ、着替え終わったら貰いに行きます」
「え、っと……うん、あ、いやううん、それくらい自分で持ってくよ」
「いいから」


 この数日間に俺がしてやれることなんて、たかが知れてる。それなら羞恥心くらいは抑え込んで、胡桃さんを喜ばせて安心させてやることに尽力するくらいは、きっと出来るだろ。目元にキスなんて慣れない気障な仕草、でもドラマでそれを観た胡桃さんが羨ましそうに目尻を下げていたやつ。

 誤魔化すみたいに早口でしていた会話が途切れた頃、「びっくりして、涙引っ込んだ……」なんて呟くから、「そりゃ良かったです」と返す。そうしながら、またひとつ明るさを取り戻した声に、少し肩の力が抜けた気がした。



20200407
マシュマロよりお題をいただいたお話でした。



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