ひとつずつ紡いで




「あれえ、伏黒?」


 なんつーか、よりによって。なまえさんとふたり、街中をぶらついていた俺に声をかけてきたのは、中学の同級生――それも、何かと俺に絡みがちだった、わりと派手な女子だった。
 めんどくせえ、たぶんはっきりと顔に出ていただろうが「あぁ」と一言返すと、「カノジョ?」なんて言いながら、そいつは隣にいるなまえさんの方を見遣る。自然と半歩、前に出た。


「……まぁ」


 ……やっと、だ。ついこの間、ひどく鈍感ななまえさんとやっと想いを通わせて、こんな不躾な質問にだって首を縦に振ってやれるようになった。
 胸を張って肯定する機会を与えてくれた、そのことに対する感謝は僅かにあれど――元々、あまり得意な人種ではない元同級生。話し込む気にはなれなくて、適当にあしらいながら会話を切り上げようと試みる。
 いくつかぶつけられた質問に、頷いたり簡潔に否定したり、見るからに雑な対応を続けていると、「じゃデート楽しんで」とそいつはひらひら手を振って消えていくから、二人で歩道の端に寄った。


「すいません、付き合わせて」


 デート、そう呼んでもいいだろうか。その時間を中断したことを謝って……それから隣を見遣ると、話のあいだ一度も口を開かなかったなまえさんは、いかにも気まずそうな顔で俺を見上げていた。


「私はいいけど、その、良かったの?」
「何がですか」
「お話……?」


 なんで疑問系なんだよ、そう思いつつも口には出さないで、「別に、ただの元同級生ですよ」と吐き捨てる。とはいえ、そこに冷たさが滲まないようにしながら。この人の前だと、こんな細かなことすら気にする自分が女々しいと思う。
 そうしてやってきてしまった、どちらかといえば重い沈黙を跳ね除けようと、つぎの言葉をかき集めていると。「きれいな子、だったし」――そう、聞こえた。ざわめきに溶け込みそうなその声を、慌てて拾いあげる。意味もなく街の看板をながめていた視線を隣に戻すと、うつむく横顔の、その桜色の唇が尖っている気がした。


「……あの」
「……なあに?」


 ぶらりと垂らされていた手を、素早く握った。ためらう暇を与えたくなくて。「えっ」と肩をびくつかせる姿に謝りそうになったけれど、いま言うべきことはそれじゃない。彼女には悪いが、これはチャンスだと感じたから。


「妬いた?」


 ばっ、と音がつきそうなほど勢いよく顔を上げたかと思うと、その小さな口がぱくぱくと口を動く。どくどく、鼓動が耳元まで響いてきそうな感覚と、妙な高揚感に襲われながら「妬いたんでしょ」と畳みかけた声は、すこし上擦った気がした。


「いやあの、そういうんじゃ、」


 やっと声を手に入れた口の動きはそう告げて、ほどなくして白い頬がじわじわと染まり始める。つながったままの手が、躊躇いがちに握り返されて。俺も心なしか顔が熱いような気がして、ごまかすみたいにため息をついた。


「…………そ、そう、かも……」


 すると否定から一転、そんなことを言って――なまえさんは目を伏せる。ほとんど反射で、助かった、と思った。言葉の意味を噛み砕くよりも先に、見なくたって解るくらいに顔が赤くなっている。手汗が滲むような心地がして、自分の情けなさに辟易した。話振っといて、なんで俺が照れてんだよ。


「あ、いやごめんね、そのなんていうか、えっと、ずいぶん楽しそうに、親しげにお話してたし」


 けれどその緊張感も、大袈裟な身振りを交えて早口で話す様子を見ていると、すこし和らぐような気がしてくる。相変わらず目は合わせてこないし……つーか、あれのどこが楽しそうに見えたんだ。わずかに握る手に力を込めて、「楽しそうに見えました?」なんて訊いてやると、そのぎこちない動作は止んだ。


「ま、まあ。だから伏黒くんはその、ああいう雰囲気の女の子のほうが……」
「違います」
「そ、即答……」
「そりゃそうでしょ」


 ――そりゃ、そうでしょ。雰囲気とか、そもそもそんな事は関係ない。俺はこの人に惹かれた、ただそれだけなのに。

 横に一歩踏み出して、開いていた微妙な距離を詰めた。それと同時にぐいと手を引いて、繋ぎ止める。いつだってこの人は、俺が追いかけた分だけ、同じ方向に逃げてしまうから。


「いい加減、解ってくれませんか」

 
 情けない羞恥や、拒まれることへの恐怖。素直に伝えることを邪魔するこんな感情が、きっとなまえさんの中にもある。俺の抱えるそれよりも、ずっと重いのかもしれない。だからこそ、わずかな嫉妬も、それを捨て置かず肯定してくれたなまえさんだって、見逃したくはなかった。


「なまえさんだから、好きなんだって」


 やっと、視線が交わった。幾分久しぶりな気がした。透きとおる瞳がきらめいて揺れたのは、嬉しさによるものなのか、はたまた戸惑いなのか。俺には、まだ見抜くことはできないけれど。


「……えっと……善処、します」


 らしくない返事だった。“伏黒くんが私のことを好きな筈がない”彼女はいつも、そんな意味のわからない先入観に取り憑かれていたから。けれど、控えめで引き気味なその姿勢はいかにもなまえさんらしいとも思った。
 つい笑いをこぼしてから、「期待してますよ」なんて返す。そうだな、まだ少しくらいは、曖昧でも構わないのかもしれない。


20210121



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