花冷えをくぐり抜けたら




「夜桜とかって、見たことある?」


 後輩の伏黒くんが入学してきて、一週間足らず。さっそく二級術師という等級をもって任務にあたっている彼のことは、正直なところまだよくわからなかった。


「…………今、見てますね」


 伏黒くんとのはじめての合同任務の後、補助監督さんが迎えを寄越してくれることになった場所は、小さいとも大きいとも言えない公園だった。申し訳程度に植えられた桜、それを照らすつめたい色の街灯。ちっぽけなベンチにひと一人分空けて腰掛けながら、その薄ら寒い桜色を見上げた。


「あ、うーん……こういう地味なのじゃなくて、ライトアップされたやつ。屋台とか出る、お祭りみたいな」


 ちょっとだけ、沈黙が気まずかった。それから、伏黒くんに興味があった。彼が中学生のころ五条先生に連れられて高専にいるところを時々見ていたけれど、たいして関わりがあったわけじゃなかったから。天才とまで呼ばれたりなんかして、いつもクールに振る舞うような伏黒くんという人が、どんなことばを話してくれるのだろう、と。なんとなく知りたくなった。


「ああ……ない、ですね」
「そっか」


 ……と、思ったけれど。私自身はそう話すことも得意ではなくて、切れてしまった会話に、話題選びを失敗したなあとぼんやり考える。まあここは大人しく補助監督さんを待って、また次の機会にゆっくり話せばいいかと思った時。


「……みょうじ先輩は」


 意外なことに伏黒くんからのレスポンスがあって、思わず面食らってしまう。すると伏黒くんが私を見て、目が合って、「夜桜、見たことあるんですか」とわざわざ問い直してくれた。じわり、心に熱が広がる。


「……ああ、うん、うん……あるよ」
「そうですか」
「うん。えーっとね、真希ちゃんと棘くんと憂太くんと」
「……パンダ先輩は、行けませんもんね」
「そうそう、だから仲間はずれは可哀想だねーって、パンダくんには屋台の光る剣をお土産に買ったりなんかして」


 ……あ、笑った。微かに口元が緩んだだけだったけれど。すん、と鼻を啜って、それから伏黒くんは目を伏せた。


「仲良いですね」
「うん、少なくとも私は、そう思ってる」


 ああ、そういえば。一年はもしかしたら恵くんだけになるかもと、五条先生が言っていたのを思い出す。私たちでいう憂太くんみたいな例があるから、編入という可能性も捨てきれないわけだけど。


「これから同級生ができたらさ、程々でいいから仲良くしなね」
「……まあ、はい」
「する気のない返事だ」
「そんなことないす、……多分」


 歯切れの悪い返事。もしかしたら伏黒くんは、これからを悲観しているのかもしれないなぁなんて思う。たしかに呪術師として生きていく世界は殺伐としていて、小さなころから呪術界に関わりがあった彼は、それをよく知っているのかもしれない。……でも。


「呪術師だって、青春を謳歌する資格はあるよ」
「……なんですかいきなり」
「いや伏黒くん、なんだか悲観してそうだなって」


 ちらりと伏黒くんを見やると、ちょうど彼も私の方を見ていて、あからさまに目を逸らされた。ちょっときまりの悪そうな顔だ。なんだかもっと、ポーカーフェイスかと思ってた。意外とちゃんと顔に出るんだな、なんて呑気なことを考えた。


「もし同級生ができなくても、あっそれか、できても上手くいかなかったりしても」
「上手くいかない前提ですか」
「もー、例え話だよ。そしたら私が程々に付き合ってあげるから、青春しようねってこと」


 はぁ、と伏黒くんの吐いた息が、春にしてはつめたい夜風と重なった。彼のさまよう視線が上に向いて、きっとそれは桜を捉えて、私も真似をするみたいに上を見た。


「考えときます」
「うん、ぜひ」


 風に攫われた花びらが、濃紺の空にくるくると舞う。図々しくて押し付けがましかったかもしれないけど、だって私はみんなと出会えて良かったから。なんとなく寂しそうな横顔に、少しでも明かりが灯ればいいと思う。


「それにしても今日、もう春なのに寒いね」
「寒いですね。寒の戻りってやつじゃないですか」


 それは十分前、はじめの問いに対する返答よりも明らかにスムーズで、どこか力が抜けたような響きをしていて──どうしてだか達成感にも似たものが、とろりと心に注ぎ込まれてゆく。ちょっとだけ、仲良くなれたと思ってもいいのかな。



20210313
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負
お題「花冷えをくぐり抜けたら」



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