再配達してやってくれ



※プロヒif
※実在するものの名称が出ます






「あっ、ごめん焦凍くん、一旦帰っていいかな」


 休日の夕方、仕事明けということもあり俺の家でのんびり二人で過ごしていたところで、おもむろになまえがそんなことを言った。いつもみたいに泊まっていくのかと思っていたが、今日は違うのか。そんな俺の僅かな落胆を察してか、「また戻ってくるから」と付け足してくれた。


「早いとすぐなんだけど、遅いと二時間くらいかかるかもしれない」
「なんか用事でもあんのか?」 


 まあ少し寂しくはあるが、戻ってきてくれるならいいだろう。そんなことを思いつつ、腕時計を確認するなまえに問いかけたのだが。


「うん、ヤマトが来てくれるから」


 ……ヤマト?

 事もなげにそう言ってのけて、なまえは支度を再開する。スマホをカバンに入れて、アウターを羽織っているその姿を呆然と見つめて──「もう四時だしちょっと急ぐね、焦凍くんは疲れてるだろうし休んでて」とリビングを出ようとしたなまえの腕を、ほぼ無意識にぐいと引っ張っていた。


「……誰だそいつ」
「えっ、」


 どろり、まるで黒い塊が溶け出すように、胸のあたりが重苦しくなっていく。……ヤマト、って。どう考えても男の名前じゃねぇか。


「だ、誰って」


 狼狽えるなまえを壁側に追い込んで、腕を押し付けて。すると目の前の瞳が慌ただしく泳ぐから、その焦りように自分の息が上がるのがわかる。


「俺に言えねぇ相手か」
「え? いや、ヤマトは、」


 またその名前が出た途端、性急にその唇を塞いだ。くぐもった声が抵抗を示して、けれど噛み付くみたいにキスを続ける。

 ……だって、おかしいだろ。高校の頃からの付き合いで、でも彼女がクラスメイトを呼び捨てにしたところすら俺は聞いたことがない。男兄弟が居ない事だって知ってる。
 それなのに、俺には“くん”をつける癖に、知らない男の名前を軽々と呼び捨てにして。俺との時間を削ってまで、急いでそいつのところへ向かおうとしていて。


「……絶対行かせねぇ」
「ちが、うって、んっ……」


 開いた唇の隙間から舌を捻じ込むと、こんな時なのに漏れ出た甘い声にどくんと心臓が跳ねる。抵抗をみせる腕をひとつにまとめ上げて押さえて、それから腰を抱き寄せながら、咥内をかき回して。

 なんだよ、家に来るって。二時間もかかるってどういうことだ、どんな仲だよ。ぼんやりした頭の芯に集まるのは、苛立ちと嫉妬心と、それから──漠然とした不安。


「しょ、とくん、待って、聞いて」
「嫌だ、聞きたくねぇ」


 強引な事をしている自覚はあって、それでも膨らんでいく暗い感情を自分では止められない。勢いに任せてなまえを担ぎ上げると、途端にじたばたと暴れられたが、そんなちっぽけな抵抗は今の俺にとっては無意味だった。


「ねえ、クロネコヤマトだって!」
「……だから誰なんだよそれ」


 黒猫大和だかなんだか知らねぇが、フルネームなんて教えられたってなんの足しにもならねぇよ。何を思っていきなり教えてきたのかも、全然わかんねぇ。

 ソファに押し倒して跨って、また唇を奪って──その一瞬、判断が遅れた。どん、と胸を突き返されて、それからそう聞かないなまえの大声が部屋に響いた。


「っ、たっ、きゅうびん!!」
「だから…………は?」


 たっ、きゅう、びん。
 覆いかぶさりかけた格好のまま、なまえにぶつけられたその言葉を咀嚼する。そんな俺の下で「宅急便!! ヤマト運輸だよ!!」と尚もなまえが声を張るから……すうっと、身体が芯から冷えていくような心地がした。


「……宅急便」
「そう、宅急便」
「ヤマト、運輸」
「そう、ヤマト運輸!」


 呆然としながらゆっくり身体を起こすと、なまえもそれに倣うように起き上がる。
 それからすぐに頬をつねられて、うっ、とあまりにも情けない声が出た。


「宅急便の、時間指定してたの」
「……そう、か」
「焦凍くんのばか……話聞いてよ……」
「…………悪ぃ」


 だんだんと状況が理解できてきて、乱れた髪を整えるなまえとまた目が合う。……俺、勘違いの勢いでとんでもねぇことしたんじゃねぇのか……。先刻とは違う風に、気味悪く心臓が騒ぎ出す。


「その、悪かった」
「……もう、ほんとに、焦凍くん……」


 絞り出すように言って、それから少し勢いをつけて飛び込んできたなまえを慌てて受け止める。ぐりぐりと胸元に頭を擦り付けてくるから、「悪かった」とまたどぎまぎしながら謝って、出来る限りにやさしく、ゆっくりと包み込んで。


「ねえ、ちゃんと寝てる?」
「……そんなに、寝てねぇ、かも」


 言われてみれば昨日も今日も慌ただしくて寝不足で、少しぼんやりしていたし。それによって色々と鈍っていたことは否めないかもしれない。
 ……でも。それを言い訳に片付けていい話でもないであろうことも、わかっていた。ばつが悪くなって、なまえの細い肩口に顔を埋める。柔らかい香りにひどく安心して、申し訳なさが後から後から込み上げてきて。


「怖がらせちまった、よな」
「……んん、怖くは……なかったけど」


 その返事を少し意外に思いつつ、軽く髪を撫でつけてから耳にかけてやる。するとそこが存外赤く染まっていて……触れた指先に熱が伝わるから、小さく息を呑んだ。


「すごい、どきどきしたから……もうああいうのは無しで……お願いします……」


 微かに震えて、弱々しく細く響く声。ぐっと息が詰まって、それから落ち着きかけた鼓動がまた速度を上げていく。
 思わず抱き竦める腕に力を込めると、「ん?」と戸惑うような声が聞こえた、けれど。


「……今のは、なんか……きた」


 先程と同じように、けれどずっと優しく、状況を呑みこめていないなまえの隙をついて押し倒す。
 ……なぁ、だって。怖がるどころか、どきどきしてた、なんて可愛いこと言われたら。あっさり引き下がれるわけねぇだろ。


「……え? えっ、あっだから、ねえ、時間指定……!」


 甘ったるい口付けでその言葉を遮りながら、“ヤマト”に心の中でそっと謝った。
 折角届けてくれんのに、みっともなく嫉妬して悪かった。それからもうひとつ。悪ぃけど、再配達してやってくれ。



20200309
よくあるネタを相互さんと練り上げたものです!



prev next
back


- ナノ -