やっとやっと甘くなる



「……なあみょうじ、顔色悪くねぇか」
「えっ、そ、そうかな……?」


 私の席の横を通りがかった轟くんに顔を覗き込まれて、どきりと心臓が跳ねる。それは視線が突然かち合ってしまったせいでもあったけれど、何より。その指摘に心当たりがあったからだった。
 朝からなんとなく怠くて、体調が良いとは言えなくて。でも授業や演習を休みたくなくて、すこし無理をしている自覚もあったりなんかして……


「……だいじょうぶ、だよ」


 轟くんに心配もかけたくないし、せっかく出席したからには一日頑張りたい。ここはなんとか見逃してもらおうと、さりげなく目を逸らしながら、「気にしないで」と顔の前で手を振ってみせた……けれど。すぐに動きを止められてしまった。轟くんの大きな手に、がっしりと手首を掴まれて。


「と、どろき、くん……?」


 遮るつもりでぱたつかせていた手は捕まって、今度はごまかしも効かないくらい、はっきりしっかり顔を覗き込まれてしまう。
 視線は絡みあって、色違いにきらめく双眸が私を暴こうとしている。手首からは絶えず体温が流れ込んできて──全身に沁みわたっていくような、そんな気さえするほどに熱がこもってゆく。


「無理すんな。ほら顔も赤く、なっ、て……」


 ゆるゆると距離を詰めてきていた轟くんが、突然ぴたりと止まった。その間、私は身動きひとつ取れずに固まってしまっていたのだけど。私と同じように、不自然に固まってしまった轟くんに、さらに理解が追いつかなくなる。


「…………わりぃ」


 程なくして。そんな呟きを最後に、その手は存外簡単に離されてしまった。逸らされた視線、解放されたことにすこし安堵してしまいながら、「あ、ううん」なんてどこか上の空で言葉を返す。

 そっと視線をあげて、離れた轟くんを見遣る。すると目に飛び込む、口元にかるく手を当てた姿。
 ──まさか。轟くん、もしかして……照れ、てる……? ちっとも、ぜんぜん気にしないふうに距離を詰めてくる轟くん、が……? いつだって私の気も知らずに、さんざん心を掻き乱しては離れていく、轟くんが……。

 きらめく瞳が、また私を映して揺れ動く。ぐらぐら、ふらふら、頼りなくさまよいながらも。今度は確かに、ふたつの視線は熱を孕んで絡みあう。

 私の頼りない手首が、どくどくと脈を打つ。熱も感触もぜんぶ残したままだった。
 ──ねえ、轟くん。轟くんのその、いまは強く握り込まれてしまった、左の手のひらも……私と、同じなのかもしれない、なんてこと。思っていてもいいのかな。



20201231





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