パステルピンクのゆくえ



※映画(ワールドヒーローズミッション)後のお話です




 ぼんやりと意識が浮きあがってきて、鼻をつくのは薬のにおい。白い天井がかすんで、自分の部屋とはまったく違う目覚めにすこしの混乱に襲われて、それから。わたしは、自分がどうしてここにいるのかをゆっくりと思い出していった。
 前日から体調が悪くて、けれど寝込むほどでもなくて、だから買い物に出ていて──けれどやはり無理がたたったのか急に景色がぐらりと傾いて、そこからの記憶がぷつりと途切れている。……ここは、病院だ。おそらく、熱をこじらせて倒れて、運び込まれてしまったといったところだろう。きっといろんな人に迷惑をかけてしまった、おとなしく休んでおけばよかった。

 そっと身体を起こしてみると、まだ頭の芯がずきずきと痛む。窓の外は夕暮れていて、まだ目覚めきっていない思考のなか、きれいだな、なんてぼんやり考えていた、そのとき。


「っ、おい!」


 がらっ、と病室のドアが勢いよく開く音、耳慣れた声、それらに振り返る前に頭に乗っかった、ふわふわ柔らかい感触。……この感触は。


「ピノ? ……と、ロディ……!」
「…………な、んだ、起きてんのかよ……」


 やっと振り返ると、そこには息を切らす幼馴染の姿。ピンクのエプロンを着たまま、束ねた髪はどこか乱れているような気がする。

 目が合ってすこし、わたしが起きていることに安心してくれたらしいロディは、わざとらしく眉を歪めてため息をつく。少し息を整えているさまを見ながら「もしかして、お仕事抜けてきてくれたの?」なんて訊けば、びくりと彼は肩を揺らした。


「まー……倒れたって聞いたから、休憩ついでにな」
「そっか。わざわざありがとうね」
「ついでだっつったろ」
「はいはい」


 先日大きな事件に巻き込まれたロディは、そこで出会ったヒーローであるデクさん──わたしもロディのお見舞いのときに軽く挨拶だけはさせてもらった──彼のおかげもあるのか、“真っ当な仕事”をはじめていた。ヒューマライズに関わる誤解がとけて生活が変わったことももちろんあるけれど、ロディ自身の意識もどこかきっと変わったんだろう、と思う。なんとなくだけど。なんにせよロディが危ない仕事をしなくなったことに、わたしはほっとしていたりした。
 ロディのピンクのエプロンを見つめながらそんなことを考えていると、「もう起きて大丈夫なのかよ」なんて唇を尖らせて言うから、「あのときのロディよりは、ずいぶんましだからね」と軽く笑ってみせる。


「まぁたその話」
「だってあんな大怪我、心配したに決まってるじゃん」
「……うるせーよ」


 あ、ちょっと照れてるな。ふいっと顔を背けてみせるロディだけれど、ピノが頭の上でもじもじしているような気がする。するとまた大げさにため息をついたロディが、「すげぇ元気じゃねーか」と肩をすくめた。


「ったく、心配して損したぜ」


 いつもの軽口。ピノのちいさな吐息の音。それがおかしくって、嬉しくって、なんだか愛おしくって。ついくすくす笑ってしまうと、「なんだよ」なんて、素直じゃない幼馴染は顔をしかめる。


「ロディも心配してくれたんだね、ありがとう」
「はっ、はぁ!? ちが、いや、違くは……ああもう、」


 ピノがわたしの頭の上を離れて、ちいさな病室の中をぱたぱたと飛び回る。「こらピノ、静かにしてろ!」なんてひとりと一匹が慌てるすがたを見つめながら、ほんとうはとびきり優しいロディへの想いをそっと握りしめる。……いつか。幼馴染を抜け出せる日が、来るといいな。



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