知らないを埋めてゆく


 いつになるだろうとどきどきしていたけれど……早速、だった。オールマイト先生が引いたくじは、次が自分たちの番であることを示していて。……さっきの一戦があんなにも凄いバトルで、その後というのはどうにも身体が強張ってしまう。けれど緊張ばかりしてもいられないと、小さく拳を握りしめてみた。
 ヒーロー側ということは、奪還だ。私は吹き飛ばしちゃうような個性だし、あまり攻め込む係には向いていないかな……そんなことを思いながら、壊れてしまったビルとは別のところに、Bグループとして連れ立って向かう。

「俺が個性を使う」
 設けられた事前の打ち合わせのような時間、個性の開示もそこそこに、轟くんがぼそりと呟くようにこぼした。ひとりで……ってこと、かな。そんなすごい個性、なのか。見たことないのか、忘れてしまったのかわからないけれど、その自信を裏打ちする個性に想いを馳せた。
「わかった。俺は索敵もできる、サポートさせてくれ」
 そこで障子くんが素早くそう応えていて、しまった、若干の出遅れ感。できあがりかけた空気に、「私は、何を……」と慌てて言葉をさし挟んだ。
「できることをしてくれればいい。臨機応変にいこう」
 轟くんはこちらを向いてくれないままだったけれど、障子くんがそう返事をくれてすこし安心した。手のひらから風が出る旨を一応伝えて、いざ。オールマイト先生の声を合図に、訓練がはじまった。

 息を潜めながらビルに踏み入る。暗く重たい奥の方から、ひゅうと吹き抜けてくる冷たい風。思わず肩を縮こめていると、障子くんが複製腕を使って壁のむこうの音を聴いていた。すごい、こんなことができるのか。
「四階片側の広間にひとり……」
 的確に状況を説明してくれるから、頭の中でなんとか地図を組み立ててみる。どこからどう向かおう、そう考え始める前に、轟くんがゆっくりと奥を目指して歩き始めた。
「外出てろ、危ねえから」
 えっ、外? どういうこと、そう訊き返すひまもなかった。口を開きかけた私の視界に、轟くんの手のひらから立ちのぼる白い靄が映る。
「向こうは防衛戦のつもりだろうが、俺には関係ない」
 白い靄、それが冷気……轟くんの個性だと気付いたのは、彼が壁にそっと手をついた時だった。まばたきをする間に……コンクリートの壁が、凍っていく。轟くんの手のひらと足を起点に、廊下が白く染まっていく。
「す、すごい……」
「灰咲!」
 美しさすら感じさせるその光景。呆然とながめていると、首根っこを掴まれ引かれて、一気に視界が明るくなった。間抜けな声をあげてまた前を見ると、入り口まで凍りついたビルの姿があって。そこでやっと、障子くんが私を引っ張り出してくれたのだと気付いた。
「あ、ありがとう、ごめんなさい」
「気にするな」
 見惚れていた。そんな言葉が正しかった。高いビルの全てが白く凍りついて、少し離れたところにいる私たちにも冷気がひしひしと伝わってくる。圧倒的な力に、身震いしながら息を呑んだ。
「ヒーローチーム WIN!」
 はっとした時にはそんな声が聞こえてきて、待って、私なにもしてない……成績とかどうなるんだろう……。そんな不安に苛まれているうちに、また度肝を抜かれることになってしまった。
 ビルを覆う白い氷が、みるみるうちに溶けていく。まるで熱を浴びたように、音を立てて剥がれて、しまいには蒸発していくのが見える。何が起こっているんだろう。ま、まさか、これも轟くんが……?
 そのうち、氷が溶け切ったビルからゆるい熱気まで伝わってきて。それを裂くみたいに、紅い左目を光らせた轟くんが出てきた。
「……轟くん……」
 横をすり抜けていこうとするところを呼び止めると、一瞬、彼の足が止まる。……ありがとう? お疲れ様? 声をかけたものの続く言葉が見つからなくて、なり損ないの空気が情けなく吐き出されていった。怖い、とは少し違う。その冷たさがどこか不思議だった。
 交わった視線は程なくして取り上げられて、通り過ぎた足音が背後に消えていく。障子くんに声をかけられて、その場に凍りつきそうだった足をゆっくりと動かした。

 講評の時間、何も出来なかったことに落ち込む私に気付いたのか、オールマイト先生は「個性には相性があるから、得意な者に任せるのもひとつの戦術だ」なんて声をかけてくれた、けれど。それでも、こんな風に強いひとに圧倒されていては、しっかり個性に向き合うこともできやしないと、不甲斐なさに唇を噛んだ。後ろに引っ込んでるだけじゃ、いつまでたっても解決しないんだろう。でも、前に出られるだけの力もまだない。
 ぐるぐる、心の中に渦を巻く。ひとのことを気にしている場合ではないのに……自分の抱える問題のほかにも、心の隅に引っ掛かりっぱなしだった。きっと本当は怖いだけじゃない轟くんが、凍えてしまいそうな冷気を纏っていることが。


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