蝋人形とゆれる影

俺はずっと、幼なじみが好きだった、幼なじみも、俺のことが好きだった。だから高校生のときに想いを伝えあって、付き合い始めて、愛を囁き合って。なあ、とんでもなく幸せだろ? だけど俺は、それじゃ駄目だった。そんなありふれた関係じゃ、心の奥底にある渇きは潤せやしない。

彼女は泣いていた。いや、俺が泣かせた。どうしてかって、再三の彼女の忠告を受けてもなお、女の子とふたりきりで会っているからだ。いつも彼女には「頼まれちゃったから」「どうしても外せない用事だから」とか言い訳をして出かけているから、彼女から見た俺は、断りきれないお人好し、無自覚たらし。
でも、本当は違う。女の子を口説いて誘うのは俺だし、不可抗力だったことなんて一度もない。わざと彼女に出会すようなデートコースを選んでいるのだって、全部俺だし。


「……ぜんいつ、こんなことばっか、ほんとにやだよ」


ぽろぽろときれいな涙をこぼす彼女の、小刻みに震える頭を撫でながら「ごめんね」とつぶやく。
だって仕方ないじゃんか、こうするのがいちばん、おまえの瞳に俺が映るんだからさ。どちらかといえば無自覚たらしは彼女のほうで、高校生の頃はまあ相当やきもきさせられたわけだけど。俺がこんなふうにわざと女の子をたらし込んでいる限りはさ、おまえは男を無自覚に誘惑する心配はなくって、俺もおまえの気持ちを一身に受け取ることができて、いいことづくしだよ。


「……もうやだ、わかれ、たい」


涙まじりにこぼされた声だって、彼女の心が「特別がほしい」と叫ぶ音が聴こえるから。どうしたらいいのかなんて、焦る間もなく解る。頭の上に置きっぱなしだった手をゆるく動かしながら、ちいさな耳に唇を近づけた。


「俺はおまえじゃないとだめなのに、おまえは俺じゃなくてもいいの?」
「……そもそも、善逸がほかの女の子と……」
「やましいことは何もしてねえよ。必要があったから出かけた、それだけ」
「でも……」
「ねえ、聞いて。俺はおまえ以外見てないよ」


ね、と念を押して、顔を上げた彼女の、しっとりと濡れてしまった頬を指先で撫ぜる。隙をみて引き結ばれた唇を喰んで、それから手を握って指を絡めてやる。そうすると、硬かった表情はみるみるうちに緩んで、一度は止まっていた涙がまたあふれ出してきた。

そのまま「私も善逸じゃないとだめだよ」なんて言って胸に飛び込んできて、ああ、かわいいなあ。かわいくってしょうがない。なんにも気付かないところも、思い通りに妬いてくれるところも、本当にかわいくってどうしようもねえよ。だからこれからもさ、俺の計画通りに俺のことを愛してね。




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