君に絆されてお終い




(+10獄寺と部下設定)




この手を、よく知っている。


いつもごつごつとした指輪を幾つも付けて、質の良い万年筆を握っている。ボスの書類整理を手伝っているかと思えば、意味のわからない文字をしたためていることもある。

なにかと様になる。ネクタイを緩める手元とか、ボタンを閉める指先とか、ナイフとフォークを握る仕草とか。どうしてだか、いつだって見惚れてしまう程に綺麗だ。見詰めすぎると文句を言われてしまうけれど。

時に、冷酷なまでの決断を下す。骨張った指がほんの少しの葛藤を見せながら、銃のトリガーを引くのを何度も見てきた。けれどそこに、迷いはない。ボンゴレの誇りを背負う手だった。

ごく偶に、私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜてくれる。「無理すんな」と、ぶっきらぼうな優しさを添えたそれが、私は一等好きだった。


ふわふわと覚束ない意識の中で、右手に感じる温もり。それは確かにそのよく知る手のもので。たぶんその両手をつかって、お世辞には優しいといえないほどきつく、強く包み込まれている。どうしよう、手汗が出ていたら恥ずかしいな。だってずっと、想いを寄せているひとなんだもん。乙女心ってものがどうしても顔を出すよね。



「……目、開けろよ、バカ」


ああ、そうか、そんな時間か。あれ、獄寺さんの声。夢かな。まずいな、どっちにしろ、早く起きないとまた獄寺さんに叱られる。

異様に重たい瞼と、真っ白くまばゆい光に邪魔されて、なかなか開かない。なんとか開こうと格闘していると、切羽詰まった獄寺さんの声が「なまえ!」とひびく。あれ、そんなに時間、まずかったですか。
まぶしい。なんだか身体が痛い。なんだろう、薬品の匂いがする。うっすら開いた視界に、目を見開いた獄寺さんの姿が映り込んだ。


「わ…たし……」
「バカ! 動くんじゃねえ! 大怪我してんだぞ」


動かそうとした肩を両手で押さえ込まれて、ぼんやりとした頭がだんだん冴えてくる心地がする。それからその言葉に、さっきまでのことを思い出す。そうだ、私。獄寺さんに任された仕事でちょっとヘマをして、手ひどくやられてしまったんだった。
思い出して小さく身震いしてから、動かないと判断したのか離れていく獄寺さんの表情を窺った。その眉間の皺は濃くて、歯が食い縛られているように見える。怒って、る。そりゃそうだよね、きっと失敗してしまったんだから。


「……ごめんなさい」
「許さねえ」
「…とりかえし、つかない、ですか?」


少し喉が痛い。何かしらやられてしまったのかと思いながら、必死に言葉を絞り出す。獄寺さんは何か言いかけて、それをぐっと飲み込むようにしてから、低くひびく声で「なまえ」と私を呼んだ。


「仕事のことなら、なんとかなった」
「は、い」
「…俺は………俺が、どれだけ、心配したと思って…」
「…わたし、を?」
「お前以外に誰がいんだよ!」


そう言って立ち上がって、すぐにまた座り込む。パイプ椅子が情けなく軋んで、項垂れる獄寺さんをなんとか支えている。
わたし、を。獄寺さんが、私を、こんなにも心配してくれた。きっとものすごく不謹慎だけど嬉しくて、なにか言おうと口を開こうとしたそのとき。突然手首を掴み上げられて、喉の奥から空気だけが漏れ出た。

ゆるく開いたままだった手のひらに、ぴたりと獄寺さんのそれが重ねられる。そのぬくもりに、どくん、心臓が跳ねて、何をしているのか聞きたくても、うまく声が出なかった。
いつも見ているだけだったその骨張った指が、何かをたしかめるみたいに、ゆっくり、一本ずつ、私の指の間にすべり込んでくる。ごつごつとした関節と、見慣れた指輪の感触。その手の向こうに見えた獄寺さんの瞳が、堪え忍ぶみたいに細められていた。


「こんっな、ちっせえ手しやがって」


絞り出された声に、胸のずっと奥が狭くなって。かち合った視線は鋭かったけれど、咎めるようなものではなかった。言葉を探す私を制止するみたいに、絡めた指に力を込めて握りこまれる。硬い指輪の感触がすこし痛くて、でも涙が滲んできたのはそれのせいじゃない。


「無理すんな、頼むから、もう無理はするな」


初めて聞く、弱々しい声だった。喉が焼けつくみたいに痛んで、潤み切った視界がこぼれ落ちる。
ささくれだった指が頬を撫ぜて、「お前が泣くんじゃねえよ」なんて、ちょっとだけ獄寺さんは笑った。ちょっとだけ。

私よりもひとまわり大きな手は、まだ離されることはない。もうすこしだけ、このままがいい。ほとんど力の抜けていた手で握り返すと、顔を背けた獄寺さんは「このバカ」と短くつぶやいた。




20200827 #復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「手の大きさ比べ」




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