祭り囃子とあなたの色と




「……祭り?」


日本の夏といったら、そりゃもう夏祭りでしょう。
普段ヴァリアーの一員としてイタリアで暮らす私だけど、元々は日本出身であるわけで、夏の日本での任務と言われてしまえば日本人の血が騒ぐ。しかも本任務は明日からで、今日はまあいわゆる前日入り。しかも近所でお祭りがあるのだから、これはもう行かない手はないと、思い切って誘ってみたけれど。目の前にいる男はどこか不機嫌そうに首を傾げて、私の言葉をおうむ返ししてきた。


「スクアーロ、行ったことない?」
「ねぇな」
「行こう。お祭り!」


銀髪の男──スクアーロの眉間には深い皺が刻まれており、気を休めるつもりはないようだった。いや、まあ。ヴァリアー作戦隊長としては適当な態度であり、いささか私が能天気すぎるのかもしれないけど。


「……だめ?」
「…今回日本に来たのは」
「遊びじゃねぇぞぉ、でしょ、わかってるよ」


被せられたことが少々不平だったのか、軽くため息をついている。けれどそうは言っても遊びで日本に来られることなんてないし。滅多にないこの機会、上司でもあるけど恋人でもある彼と楽しみたい、そんな乙女心が私にだってまだ残っている。


「だったら」
「でも明日までやることないよ、休息も大事だよ」
「いちいち被せんじゃねぇ!……………1時間だけだぞぉ」
「やったー!!さすが我らがスクアーロ隊長!やさしい!」


たっぷり間を置いて下ろされた許可に万歳してみせると、わざとらしくため息を吐かれた。でもその表情がすこし甘くゆるんだのを、私は見逃さない。なんだかんだ、私には甘い、つまりやさしいのだ、スクアーロは。


「浴衣?浴衣着る?」
「んな時間ねぇだろぉ…またの機会になぁ」
「え!また連れてってくれるってこと?」
「……今日次第だぁ」


逸らされた顔、その口元だって、ほら。どこか柔らかい。こないだこの話をベルにしてみたら「勘違いじゃねーの。ずっとおんなじカオしてんじゃん」なんて言われてしまったけど、私にはわかるもんね。



***



スクアーロはシャツにジーンズ、私は荷物に忍ばせておいたお気に入りのシンプルなワンピース。並んで外を歩くときはほとんど隊服だから新鮮で、それからなんだか嬉しくて。「1時間で帰るからなぁ」と念を押してくる声に「はいはい」と返事をしながら、このデートと呼んでいいのであろう状況と、久方振りのお祭りの空気を楽しんだ。


「花火もあがるらしいよ、楽しみだねえ」
「…まぁ、いいんじゃねぇかぁ、お前が楽しいんなら」


それから、ほとんど私が引っ張っていったわけだけど、いろんな屋台をまわった。

射的や金魚すくいで、本気出しちゃだめだよ!と忠告したのに、片手で軽々と人間離れした業を見せつけてくるもんだから、怪しまれる前に次の屋台に引きずっていったり。たこ焼きを食べさせようとしたら風に攫われた髪がソースに付きかけたから、すこし嫌がられながらも髪を束ねてあげたり。

わいわい騒ぎながら暮れなずむ空を見上げていると、まるで何も知らなかった学生時代に戻ったみたいで、懐かしいような、すこし…寂しいような気持ちを持て余しそうになって、せっかくのデートなのに勿体無いとぶんぶんと首を振った。


「…どうした?」
「ん?何もないよ。ねえスクアーロ、楽しい?」


もう夕陽は沈んだ後、薄ら青かった空が、ゆっくりと藍色にのみこまれていく。ぽつぽつと屋台の灯りがつき始め、橙の光がひかめいて私たちをつつむ。


「あぁ、楽しい、なぁ」
「よかった」


垂れ下がっていた私の手に、硬くて大きな手が触れる。確かめるみたいに甲を撫ぜてから、手のひらをぴたりと合わせて。一本一本、ゆっくりと指がからめ取られていく。やがてしっかりと握り込まれてしまったその手はあまりに温かいから、何故だか涙が出そうに、なった。


「…お前は」


どん、と。何か言いかけた口を鎖したスクアーロが、音のした方向をすばやく見上げる。この音、職業柄反応してしまうのは致し方ないだろう。流石だなと感心しつつ、「大丈夫、これ花火だよ」と告げたその瞬間、濃紺におちていた空一面がかがやいた。

安心したように一瞬力が抜かれていた手のひらが、また強く握り込まれる。七色の光を浴びながら隣を見遣ると、空を見上げながら目を細めるスクアーロの姿。

綺麗だ、と思った。

まるで鮮やかな色に染まってしまったみたいに、その銀色の髪が、瞳が、花火のきらめきをうつして溶かしていた。青、黄色、今のは白。間隔をあけて打ち上げられていく花火のすべてを、私はスクアーロを通してたしかめる。


「…逆さまになってやがる」


赤色を浴びたスクアーロがくすりと笑うから、つられて空を見上げると。彼の言葉通りひっくり返った赤いハートが、灰色の煙を残して暗やみに吸い込まれていった。
緩められていた手を、今度は私から強く握った。

ねえきっと、さっき。後悔していないか訊こうとしたんでしょ。日本を離れたこと、日常離れした仕事に就いたこと、スクアーロの恋人になったこと。


「ねえ、スクアーロ」


視線を空から隣に戻すと、先刻までずっと空を見上げていたはずの瞳が、私を映して揺れていた。やっぱり、綺麗だ。ずっとずっと、見つめていたいほどに。


「私ね、スクアーロに出会えて、愛してもらえる今が、本当に幸せだよ」


ゆるゆると、口元がほどけていく。さすがにここまで緩んでいれば、ベルだっておんなじ顔なんて言わないだろうな。

熱が重なる2秒前。鼓膜を深く揺るがす音が響いて、同時にスクアーロの唇が動く。声は聴こえはしなかったけれど、私はよく知ってる。
スクアーロは絶対に、キスの前に愛を囁いてくれるんだって。

故郷が、日常が、恋しくないといえば嘘になるけれど。やっぱり、あなたの側にいられるのならなんだっていいよ。瞼を下ろしながら、きっと彼と同じに口元を緩めた。




20200803
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「祭り」






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