つまるところ君が




「君も飽きないね」


 昼下がりの応接室に、箒が床をすべる音が響く。どこかリズミカルなそれが止まったのは、おそらく僕が手を止めて声をかけたせいだ。


「何がですか?」
「毎日掃除に来るから」
「だって雲雀さん、男子が掃除してるとすぐに殴っちゃうじゃないですか」
「僕はきちんと掃除をしない生徒を咬み殺しているだけさ」


 前述の通り、彼女は半年ほど前に風紀委員に就任してからというもの、毎日応接室の掃除に来ている。なんでも正直に話してしまう彼女によると、はじめの頃に一週間交代で掃除に来て、唯一僕の機嫌を損ねなかったのが彼女だけだった、ということで。周囲の風紀委員に頼み込まれたらしい。
 仕方ない。彼女以外は全員ビクビクと震えていて、まともに箒を動かすこともなく固まっていたから、きちんと掃除をしなかった罰を与えたまでだ。


「それに雲雀さん、話し相手がほしいでしょ」
「そんなこと頼んだ覚えはないよ」
「ええ? そうでしたっけ」


 なぜだか楽しそうに、彼女は笑った。いつもそうだ。どんな生返事をしたって、冷たくあしらったって、なぜだか応接室にいる間、彼女はよく笑う。
 けれど、そのあっけからんとした態度がどこか心地が良い自分もいた。そんな空気に乗せられてしまうせいか、実にくだらない冗談を言ってしまうこともままあって。そんなつもりで、彼女のほうを見もせずにひとこと呟いた。


「そんなに僕のことが好きかい」


 こうやって。前に「そんなに僕のことが怖いかい」と訊いてみたら、彼女はからから笑って「ぜーんぜん怖くないですよ」なんて言ってのけたから、今日だってそんなふうな軽口を叩き合うつもりだった。


「…………そうですけど」


 だからてっきり、彼女は笑い出すものだと思っていた。いつものように楽しそうに、なにも気取っちゃいない表情で。
 それが、どうだ。予想を大きく裏切った彼女の表情に揺さぶられる自分が情けない、けれど。頬を赤らめて、唇をひき結んで、これじゃまるで、


「……じょーだん。冗談ですよ雲雀さん、びっくりしました?」


 握っていたボールペンが、すり抜けるように落ちていった。それを目で追う前に、彼女ががたがたと慌ただしい音を立てるから、箒を鉄のロッカーに押し込んでいるほうに視線を向けてしまう。

 心臓が、妙な風に脈打っている。どう声をかけるのが正解なのか、わからない。座ったまま片付けの一部始終をながめていた僕に近づいてきて、屈んだ彼女はボールペンを机に置いた。叩きつけるみたいに。それと同時に、ふわり、せっけんのような香りが鼻腔をくすぐる。


「……へ、変なこと言ってすみませんでした! 失礼します!」


 たん、と彼女の上靴が小気味良い音を立てて、かたい床を蹴った。小走りになる靴音が、出口へと進んでいく。気付いたら、立ち上がっていた。
 その拍子に書類がばさりと床にばらまかれて、都合よく彼女の足が止まる。


「ねえ」


 追いついて、彼女の腕を掴む。時間が止まったみたいだと、柄にもなく思った。彼女が手をかけた扉はついに開くことはなく、間抜けな音を立ててドアノブがもとの位置に戻っていく。


「ひばり、さん」
「……もう一回、訊くけど」


 次は。僕も冗談は言わない。だからどうか、冗談にはしないで。 




20201003
#リプ来たセリフでSS書く 
「冗談にはしないで」




prev next
back




- ナノ -