寝癖とうそつき




 危なっかしいな、と時々思うのだ。歴とした一組織、それもマフィアのボス。そしてボンゴレという私の職場においてだけでなく、裏社会のトップと言っても差し支えないような彼にそんなことを思うとは、なかなか口には出せないけれど。


「ボス、起きてください」
「ん? ん〜」


 今日も机に突っ伏して、元気に執務室で居眠りをするボスを揺すりながら、きょろきょろと辺りを見回す。リボーンさんが来れば銃声が響くだろうし、獄寺さんが来れば「十代目! お願いですからベッドでお休みになってください!」と大騒ぎするであろうことが目に見えているので、取り急ぎ起きていただかなくてはならない。


「あ、ああ、君か」


 無事に顔を起こしてくれたボスは、ふわふわつんつんしたその髪が一部、不自然につぶれていて。ほっぺに書類の赤い跡を残したまま、「ごめんね」なんてふにゃりと笑った。


「いえ……お疲れでしたら横になられますか?」
「いや、大丈夫。てか、そんな時間ないや……」


 ふわあ、とあくびをするボスに、申し訳ないと思いつつ預かってきた書類を渡す。ボスに回されるような重要書類ほどアナログの比率が高くて、彼はいつもわかりやすく嫌そうな顔をする。今も。


「うわぁ、また増えた」
「残念ながら……」
「……ねえなまえさん、代わりにやっといてくれない? ちょっとだけ」
「下っ端にそんなことできません」


 身元がしっかりしているとか仕事ぶりを評価してもらえたたとか、そんな理由でボスに直接の引き継ぎを許されている私だけれど、その実ぺーぺー事務員であって、守護者の皆様方なんかと比べれば下っ端もいいところである。しかしボスはわりかし本気だったらしくて、「だめかあ」としょぼくれていた。


「コーヒーをお淹れするとかなら……」
「あ、じゃあお願いしてもいいかな」


 人懐っこく、それでいて何処か申し訳なさそうに微笑むから、ときどき距離感を測り違えそうになる。「かしこまりました」とポットのほうへ向かいながら、「もうちょっとふてぶてしくしてもいいんじゃないですか」なんて言ってしまっていた。


「ふてぶてしく?」
「コーヒー淹れるくらい、顎で指してやればいいのにと思いまして」
「ははは、なにそれ」


 用意をしながらそっと振り返ると、外をぼんやりと見つめるボスの姿があった。古めかしい枠にふち取られた大きな窓に、さんさんと陽光が降り注ぐイタリアの街並みが映し出されている。
 ちょうど寝癖もほっぺの跡も見えない角度で、スーツを着こなした長身の彼とそんな景色たちが違和感なくなじむ。ずいぶんと絵になるなと思った。
 ……思った、けれど。どうしてだか拭いきれない儚さを感じ取って、思わずすこし目を細めた。

 有事の際、きっとボスは誰よりも頼りになるだろう。紛れもなく。けれど普段、部下と接する時の彼はすこし抜けていたりなんかして、それが放っておけないような、ゆるい危なっかしさを感じる所以なのだと思っていた。
 けれど──今は、違った。放っておけば、跡形もなく消えてしまいそうな、そんな密やかで静かな危うさを感じてしまうのだ。どんな天候の後だって安らかに凪いで、何も残らない大空みたいに。


「……ボス、何処にも行かないでくださいね」


 こぼれ落ちた言葉に、ゆっくり、ゆっくり振り返る。逆光になったまま、数回、ひどく鈍くまばたきをして、それから大きくうなずいた。


「行かないよ。せっかく、君みたいな優秀な部下が居るのに」
「……うーん、優秀ですかね」


 ふわりと立ち上るコーヒーの香りと、「うん、すっごく」とボスの柔らかい声。不自然に歪んでいた髪型がいつの間にか直っていたせいで、ほっぺの跡のことはすっかり言いそびれてしまった。


20200122
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「ほっとけない」
未来編作戦前、近しい部下から見た彼のイメージ。




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