「ねえツナ、対戦しよ」
「……いや、なんでいんの……」
帰宅早々、部屋に入ってオレは情けない声をあげてしまった。どうしてって、普通に考えているはずのない幼馴染……なまえの姿があったから。コントローラーを握ったまま「おかえり」と振り返りもせず言って、それから冒頭のセリフである。
オレの質問に「奈々さんが入って待っててって言ってくれたから!」なんて元気に返事をしながら、赤い甲羅を引きずったカートを爆走させている。大きくため息をつくと、「もうすぐこのレース終わるから、次ね。ツナも準備して」と甲羅を発射しながら言われてしまった。
「えー、やだよ……」
「なんでー?」
「いや、帰ってきたばっかだし」
カバンを下ろしながら後ろ姿を見つめていると、「よし!」なんて声と共にその身体が揺れた。どうやら一位を取ったらしく、誇らしげな表情で振り返られてしまった。
「ツナもやろうよ」
「いやそもそもオレのだし……」
「じゃあ尚更いっしょにやろう」
相変わらずマイペースな幼馴染を前にして、ついため息がこぼれた。実のところ、なまえに振り回されるのはそれほど嫌ではないけれど。素直に付き合うのも、ちょっと悔しいというか、プライドに邪魔されるというか。そんな思いで立ちすくむオレを、なまえは座ったまま見上げながら、「うーん」とその綺麗な手を顎に当てた。
「それじゃ……ツナが勝ったら賞品付きっていうのはどう?」
「賞品?」
「うん! そうだなー、ちゅーとかどう?」
ちゅー。そう言って唇を指さすなまえを視界に入れて、から。……おそらく、3秒くらい。
嫌でもわかった。その言葉をしっかりと理解するその前に、心臓が大きく跳ね上がって。それから、一気に顔に血が集まってきたことが。
やばい。やばい、何か言い返さなきゃ。ほら、いつもみたいに、何言ってんだよおまえ、って……。そう思っていても声にならなくて、喉にことばが痞える。そんな間にも、オレを見上げるその顔も。みるみるうちに、赤く染まっていく。
「……や、やだ、な、冗談だよ、もう」
ひっくり返って上擦った声がそう告げて、それから慌てたみたいになまえはオレに背中を向けた。たぶん、なまえも思ったはず。何言ってんだよってオレが呆れるんだろうって。縮こまるみたいなその背中と、隣にひとつ、投げ出されたコントローラー。
まだ、顔は熱い。心臓は煩い。でもなんだか、逃しちゃいけないと思った。そのコントローラーの前に、つまり彼女の隣にどかりと座って。目の前のそれを取り上げて握ると、なまえが「え……」と小さく小さく声をあげた。
「……するんでしょ、対戦」
何も言わないから、誤魔化すみたいに勝手に操作していく。小さく手が震えて、でもたぶんそれは隣のなまえも同じだ。譲れない戦いになりそうだと、大きく大きく息を吐き出す。緑色の恐竜の鳴き声が、静かな部屋にぽつんと響いた。
20201109
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「譲れない」