溶けたアイスはあいつのせい




 えー、ないわ、タイミング悪っ。震え出したスマホに、というかその向こうにいる相手に心の中で悪態をつくと、「真冬、電話鳴ってるよ」なんて言われて、顔を上げた先で丸い瞳が瞬きをくりかえしていた。
「……知ってる」
「出なくていいの?」
「いい」
 ポケットに押し込むと程なくしてそれは静かになって、まあちょっと悪ぃなって思わないわけじゃないけれど、無理なもんは無理だし。なんかクルクル巻いてあるアイスが食べたいってなまえが言うから、せっかくそれを口実に誘い出してきたとこなのに。
「えっ、誰からだったの」
「……兄貴」
「あ〜、お兄ちゃんかあ」
 納得したふうに頷いているけれど、別になまえは兄貴に会ったことはない。兄貴のことだって、兄弟はいるのか前に聞かれたから話しただけで、知ってほしいわけでも会ってほしいわけでもなく。いやむしろ、どっちかっていうと、あんまり……。
 ……兄貴って、そこそこモテるらしい。まあなんとなくわかるっつーか、妥当ではあるかもしんねーなって思うけど。
「無視しちゃって、お兄ちゃん怒らない?」
「べつに、こんくらい」
「へー、優しいんだね」
「……」

 ――真冬が18になるまでは、付き合うとかは一切なし!
 何をどう訴えかけてもさっぱり言い切られて、正直今だってワケわかんねーって思う。そんな風に焦りながらも、うまいこと言いくるめたり泣き落としたり、今日みたいになんとか時間をもぎ取って――。そうやって俺はあと何年か、なまえをなんとか繋ぎ止めようとしている。あわよくば折れてくんねーかな、なんて考えながら。
 ……だから。
「私も会ってみたいな〜」
 そんなふうにゆるく微笑まれて、自分でもわかってしまうくらい、「は?」って思いっきり眉間にしわを寄せてしまった。
 兄貴と、なまえが。……俺よりこの人と歳が近くて、認めたくねーけど大人っぽくて、顔面だってまあ整ってて、自分勝手なくせに外面とか第一印象がやたら良いクソ兄貴と。騙されやすくて単純ななまえが、会う? 死ぬほど無愛想なあいつにこの人がニコニコ話しかける図がありありと目に浮かんできて、その横で同年代の盛り上がりから取り残される俺の姿も、いとも簡単に想像がついて……。
「ないわ。ムリ。ダメ。ありえねー」
「まって、そっ、そんな拒否る?」
「うん。ダメ」
「ええ……」
 ざわざわと落ち着かない気持ちを持て余しながら、「いーじゃん、あいつのことなんか」って。思わずそう小さくこぼしてしまうと、ふっと小さく吹き出す声がした。……バレたかも、考えてること。ポケットに手を突っ込みながら、「早く行こーぜ」ってすたすた歩き出す俺を、「そうだね」って追いかけてくるその表情は見られないまま。
 ぶん、とポケットの中で一回、スマホが震える。メッセージで済む話なら電話かけてくんなよ。……負けず劣らず自分勝手な俺の八つ当たりに、兄貴がくしゃみしていたなんてことは、知る由もない。



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