お砂糖まみれはご勘弁




※年上夢主
※恋愛要素薄め




「買い物、真冬もいっしょに来る?」
 は? 思わずそんな返事をした俺に、いつもの調子で「ね、せっかくだから一緒に行こうよ」なんて気の抜けた表情で笑うから、マスクの下の口元が引きつった。
「なんで」
「ちょうど出るとこだから」
「それ俺がついてく理由なくね?」
「真冬ひとりでお留守番させるの心配だもん」
「だるっ」
「冗談じゃん……」
 反抗期だね〜なんて言いながらコートを羽織る後ろ姿を眺めながら、仕方なくスマホをポケットにしまって立ち上がった。つーかなまえに反抗期とか言われる筋合いねーし。「何買うの」と声をかけると、目の前の瞳はぱちぱちと瞬きを繰り返している。
「え、行くの?」
「なまえが言い出したんじゃん」
「……うん! やったー、早く行こ!」
 マジでいちいち大ゲサ。口には出さずに押し込めて、上着ちゃんと着なよ、なんて言葉に返事をしないままジャケットを着込んでから、整頓された部屋をなんとなく振り返った。

◇ ◇ ◇


 いかにも無害そうなこの人間――なまえに出会ったのは、JCCとかそんな場所じゃない。簡単に言えば、道端。なんの変哲もない夜道で出会って、細かいことは割愛するけれど、俺がなまえの家に上がり込んだことが始まりだった。当たり前に一緒に住んでいるわけでもなければ、……付き合ってる、とかそんなフクザツな関係でもない。行くあてがないときに押しかけて、いくつか歳上らしいなまえにメシを作ってもらって、時々泊まって(つーか勝手にソファで寝てる)、簡単に言えば入り浸っているんだと思う。
 もちろん初めは警戒したけれど、ざっと確認した家の中に怪しいものはなかったし、出されるものにも異変はない。家主もいかにも無害って感じで、こんなヤツが危険だとかなかなか思えなくて。それに警戒云々もあるけれど、そもそも他人の手作りとかムリだし、って思ってたはずなのに、なんか。だって部屋もちゃんと掃除してあるし、こいつも文句言わねーし、詮索されなくてラクだし。そうやって言い訳を繰り返しながら入り浸っていること、兄貴に知られたらめんどくせーこと言われそうだし、親はまたヒスりそうだから、特に誰にも話していない。あー、シンくんも説教かましてくるだろうな。

「真冬の靴ってゴツいよね」
「んー」
「重くないの?」
「べつに」
 質問してきた張本人は俺の返事の何が面白いのか軽く笑って、間抜けな音を立ててカートを押している。スーパー、とか、あんま来たことねーかも。なんとなく落ち着かない気分のまま、気づくと野菜がバカみてーに並ぶコーナーにいた。やけにツヤツヤしたナスを手に取るそいつに、「それいらなくね?」と声をかけると、「真冬は好き嫌い多すぎ」と返される。だる。
「つか野菜買い過ぎじゃね」
「そんなことないよー」
「俺のに入れないでよ」
「はいはい」
 ぜってー入れるじゃん。

 適当にふらふらついていって、そうしてレジを済ませた後の荷物を黙って持ち上げると、「持ってくれるの」って嬉しそうな声がする。別にこれくらいフツーだし。唸るみたいにテキトーに返事して歩き出すと、追いかけてきた声に「ありがとね」とまで言われて落ち着かなくなった。
「そんな真冬にはご褒美あげちゃおうかな」
「は、なに」
「アイス食べて帰ろ!」
 そう言って指さされた先は、スーパーの出口付近にある小さい店。なにそれ、と俺が戸惑いつつ店構えを眺めているうちに、俺の横にいたはずの人影はもう店の前の席を確保していた。こいつたまに動きが俊敏で引く。歩み寄って机を見てみると案の定すこし汚れていて、うえ、と顔が歪んでしまう。
「衛生環境とか大丈夫なわけ」
「しーっ、そういうことおっきな声で言わないの」
「だって椅子きたねーし」
「もー!」
 いそいそと取り出したアルコールティッシュで机と椅子をさっと拭いて、「じゃあ買ってくるから!」なんて言い残して背中を向けてしまうから、仕上げにアルコールスプレーを振っておいた。まあギリギリ座れなくねーかも、端っこなら。接地面積ができるだけ少なくなるように腰掛けると、「おまたせ〜」って、両手にソフトクリームを持ったなまえがのんびりと帰ってきた。
「あ、真冬ソフトクリーム好き? たいやきの方がよかった?」
「今きくのかよ」
 バカじゃん、嫌いじゃねーけど。そう付け足して受け取ると、そいつはさっそくスプーンで掬ったひとくちをぱくりと食べてしまって、やけに幸せそうに微笑んでいる。能天気なヤツ。ぼーっと見つめていると目があって、「ん? 食べないの?」って首を傾げられて。
「毒とか入ってないよな」
「ふ、あはは、毒って! 真冬ってマジメな顔して斬新な冗談言うよね」
「……」
「結構お笑いのセンスあると思うよ」
 初めて言われたけど、そんな不名誉なセンスいらねー……。そう思いつつ眉間にしわを寄せる俺を見遣って、「ほら、溶ける前に食べないと手べたべたになるよ」なんて言ってなまえは笑う。

 血で汚れんのもマジで嫌だけど、砂糖でベタベタすんのもやだな。

「ソフトクリーム久々に食べたなあ、たまにはこういうのも悪くないね」
 ――生きるか死ぬかの世界にいる俺の日常と、普通に平和に暮らすなまえの日常は、これからも重なることはないのだと思う。それでも、こうやって。ほんの少し日常からはみ出した時間が重なる一瞬に、心臓がむず痒くなるような妙な感覚に襲われてしまう。
 はー、しょーもねー。わざとらしく心の中でつぶやいて、ため息をこぼして、それからスプーンを雑に引き抜くと、ぽたりと白いしずくが左手に落っこちてきた。
「うわ最悪」
 だから言ったのに、とからから笑われて、あーもーほんとやだ。ざわつく心臓を持て余したままソフトクリームを睨む俺の手に、指先がアルコールティッシュ越しに触れて、そんななんでもないことですらどうしたらいいかわからなくなる。



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