足りないくらいがいい




※隊長時代



「また雨かあ…」

ここ数日、しとしとと降り続く雨。
じめじめとした空気が肌にまとわりついて、気持ちが悪いから、雨は嫌いだった。

「なーに辛気臭いカオしとんねん!」

「あははー、ごめんね、雨だと気が滅入っちゃってさ…」

笑いながら返したはずが、語尾が小さくなってしまい、元気がないのを露わにさせてしまった気がする。
はあ、とため息をついたひよ里ちゃんは、頬杖をついて外を見た。

「…ホンッマに喜助はしょーもない奴やな」

「ひよ里ちゃん…」

「アンタに止められてなかったら、とっくの前にウチがどついとるわ!なまえと研究、どっちが大事やねんコラ!ってな!」

「もー、喜助さんはお仕事がんばってるんだから、そんなことしちゃいけませんー」

私がそう言うと、彼女はなにか叫びながら壁を蹴った。
少しやり方は荒いけど、ひよ里ちゃんが私のことを考えてくれているのがわかって嬉しかったし、ありがたかった。
だけど研究室にこもった喜助さんには、なかなか会えなくて。
喜助さんが研究室から出て来る頃には私が寝ていたり、喜助さんの方は徹夜明けで真っ昼間に寝ていたり。
研究室に乗り込めばいいのかもしれないけど、なんとなく気後れして行くことができずにいた。

「でもやっぱり寂しいなあ」

ぼそりと呟いて机に突っ伏すと、ひよ里ちゃんがまた喜助のハゲ!と叫びながら部屋を出て行ってしまった。
窓の外を見ると、あじさいが咲いている。鮮やかな紫色がすごく綺麗だった。
ぼーっと眺めていると、ドカン!と扉が蹴られた音がした。
蹴って開けちゃダメだって言ってるのになあ。

「よっしゃ。なまえ、行くで」

出て行ってものの数分で戻ってきたひよ里ちゃんが、私の手をがっしりと掴む。

「えっ、ど、どこに!?」

「まずは白玉ンとこや!」

涅三席苦手なんだよね、とか思いながらも、私は抵抗できずに引きずられて行った。








「全く、不愉快だヨ。どうして協力しなければならないのかネ」

「うるさいねん!ほら、喜助はどこにおんのかはよ言えや!」

「それが人に物を頼むときの態度かネ?これだから躾がなっていないと困るんだヨ」

「あーもう!さっきちゃんと頼んだやろ!はよ教えろや白玉団子!」

研究室前までひよ里ちゃんに引きずられ、そこで突然ひよ里ちゃんと涅三席の喧嘩が始まったものだから、私はあわあわと焦ることしかできなかった。

「全く…この貸しはどこかで返してもらうヨ」

「…上等やわ」

バチバチとしばらく睨み合った後、涅三席は静かに口を開いた。

「あの男には自室に戻ってもらったヨ。できるだけ早くこちらに戻ってもらわなければ困るがネ」

「…わかった。行くで」

「え、ちょ!」

「喜助に会いに行くんやから、はよせい!」

「え、えっ!?」

またひよ里ちゃんに引きずられて、今度は宿舎の方に連れて行かれる。
なにがなんだかわからないけど、ドキドキする反面、久しぶりで少し怖いという気持ちもあった。

「ウチがマユリと阿近に喜助を休憩させろって頼んだんや。いろいろ話してこい、ついでにあのフヌケの頭しばいたれ」

「ひ、ひよ里ちゃん…ありがとうう…っ」

「な!?ちょ、まだ泣くなって!」

「う、うん、ごめんん、ううっ」

しゃがみこんで泣きだしてしまった私の頭を、ひよ里ちゃんは不器用な手つきで撫でてくれた。
それだけで、勇気がわいてくる気がした。

「…ひよ里ちゃん、ありがとう」

「礼なんてええわ。…はよ行き」

腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く彼女。
私も喜助さんも、大事にされてるんだなあと思うと、心が暖まった。
宿舎にそっと入ると、喜助さんの部屋へと足を進めた。







「…あの、喜助さん、いますかー」

部屋の前に立って呼ぶが、返事はない。

「き、喜助さーん…浦原隊長ー、いませんかー」

やはり返事はない。
マナー違反と知りつつ、襖をそっと開けると明かりがついていて、喜助さんがいることを示していた。

「…喜助さん、入るよ?」

忍び足で部屋に入ると、部屋の奥の机に、羽織の後ろ姿が見えた。
大きな背中に、十二の文字。
大好きな、喜助さんの姿だった。

「喜助さん」

返事はない。近づいてみると、微かに寝息が聞こえた。

「喜助さん、喜助さん」

「んん…」

肩を軽く叩くと、眉間に少し皺が寄る。
疲れているんだろうなあ、起こすのは申し訳ないなあ、そんなことを思うが、喜助さんにもっと触れたいという気持ちに、嘘はつけなかった。

「ねー、喜助さん」

「んん…なんスか…?」

目をこすりながら軽く体を起こす喜助さん。
まだ寝ぼけているようで、目の焦点が定まっていない。

「あいたたた…」

喜助さんはおかしな体制で寝ていたからか首が痛いようで、首をぐるりと回して、伸びをした。

「おはよ、喜助さん」

「んー、おはよっス…ってええ!?なまえさん!?」

私がいることに相当驚いたようで、半開きだった目が途端に見開いた。

「いや、べつに…その、休憩って聞いたから、久しぶりに…会いにきちゃった」

「…なんだー、そういうことっスかー」

「え?」

へらっと笑う喜助さん。
なんだか、笑顔も久しぶりに見るなあ、と思うと、少し顔が熱くなった。

「涅サンも阿近サンも、ボクを無理やり研究室から押し出してきたんで、てっきりボクを殺す薬でも作るのかと思ってたんスよォ」

「…はあ、物騒な考え方だなあ」

喜助さんは頭をかきながら少し眉を下げて笑った。
そんなことを考えながら呑気に寝られるなんて、なんというか、さすが喜助さんだ。

「それが、こんな粋な計らいだったなんて、予想外っスねえ」

くるりと座っていた椅子を回すと、私の手を軽く引っ張る。
すると私は喜助さんの膝の上に乗った形になり、そのままぎゅっと抱き締められた。

「ん…苦しいよ、喜助さん」

「…スミマセン、もうちょっと苦しくなりますけど、我慢してください」

顔の向きを軽く変えられ、そのまま口づけられる。
すぐに舌が侵入してきて、久しぶりの感覚に、頭がくらくらした。

「んぅ…っん、はあ、」

「はあ、なまえサン…」

熱に浮かされた目で喜助さんを見ると、少し頬を染めた喜助さんがいた。
かわいい、と不覚にも思ってしまう。

「なまえサン、会いたかった、」

「っ、私も会いたかったよ、喜助さん」

私がそう言うと、喜助さんは私を横抱きにして椅子から降ろし、そのまま畳に組み敷いた。

「スミマセン、仕事ばっかりで、なまえサンに構ってあげられなくて…」

「ううん、大丈夫」

ぎゅうっと強く抱き締められ、会ったら言ってやろうと思っていた数少ない小言も、すっかり姿を消してしまった。

「一回会うと、離れられないから、ダメなんスよね…」

「……離れられなくても、いいよ」

羽織を掴むと、喜助さんは少し驚いたような顔をしてから、意地悪そうに笑った。

「いいんスね?」

「…うん、どうぞ」

「…明日の仕事には、差し支えないようにしますから」

「っ…、はい」

そう言って、また唇を重ねた。
ああ、幸せだなあ。
毎日会えるというのも幸せなんだろうけど、たまにしか会えないからこそ、味わえる幸せもあるんだと思う。
今はそれを噛み締めようと、喜助さんに身を委ねた。



20150622
title :largo



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