呼吸のような幸福




※「ただ美しいだけの昼下がり」つづき



昼下がりの万事屋。
依頼も来ないし、新八と神楽はどこかに遊びに行っているし、俺となまえの2人っきりだ。
のんびりした空気が流れて、暖かい光が差し込んで、眠くなる。
しかしそれは俺だけではなかったようで、なまえはいつの間にかソファですやすやと寝息を立てていた。

本当は俺は知っている。
今日は俺となまえが再会してからちょうど1年だから、それに気を遣って新八と神楽が出ていっていることを。
だけどどう声をかければいいかわからないし、そもそもそんな改まらなければいけない日なのかもよくわからない、というのが本音である。


「こいつも寝ちまったしなァ…」


なまえが穏やかな顔で眠るソファに腰掛けると、よっ、と声をあげてなまえの頭を自分の太ももの上に乗せた。
彼女はといえば、少し眉間に皺を寄せたが、それだけ。起きる気配は無かった。


「なまえちゃんよォ」


顔をのぞきこんで声をかけたが、口を少し空けて寝息を立てる様子は変わらない。
すっと頬を指で撫でると、柔らかな温かさが伝わってきた。

長かったな、と思う。

なまえは俺に「生きていて」と言ったし、自惚れてはいけないと思った。
なまえとの約束を思って、命を擲つような真似は絶対にやめようと思って戦った。
でももしなまえが「生きていて」以上の意味を言葉に乗せていなければ、会ってしまえば俺の気持ちも努力も無駄になってしまうわけで、俺はまあ、怖かったんだろうな、と思う。
そんなこんなで臆病になっているうちに、なまえの所在は解らなくなるし、共に戦った仲間もバラバラになってしまうし、で途方に暮れていたわけだ。
今紛れなく幸せだと言えるが、それと同じだけ痛みを抱えて歩いてきたんだろうと思う。俺もこいつも。


「なァ、なまえ」
「ん…」


ぽんぽんとおでこのあたりを叩いてやると小さく呻いたが、目を覚めるには至らないらしい。
こいつは普段はどちらかといえば温厚なのに、熟睡時に起こされると機嫌が恐ろしく悪いから、今は諦めた方が賢明だ。

相変わらずなまえを膝に乗せたまま、ジャンプも手が届く位置にないし、寝るにも体制が悪すぎるし、だからってどかして移動するのはなんだか嫌で、一年弱のあいだなまえと過ごした部屋を見回した。
出会ってほどなくして、店を畳んでなまえは万事屋で暮らし始めた。
1年なんて昔共に過ごした時間より短いだろうに、すごく密度の濃いものに思える。
ぼんやり部屋を見渡すと、まずなまえが花屋で買ってきた雛菊の植木鉢が目に飛び込んだ。
花なんて、と言った俺に、相変わらず笑顔で「綺麗でしょ」と自慢げに言ってみせたこいつに、思わず頷いた記憶がある。


「今となっちゃ、全くキョーミなかった俺も水やってんだもんな」


そう呟いて髪をくるくると指に絡めていると、なまえがさっきよりも大きく身じろいだ。
膝から、どころかソファから落ちそうになったなまえをさっと手を伸ばして支えると、ゆっくり目を開けるのが見えた。


「…銀時?」
「おー、やっと起きたか。銀さん暇してんの、相手して」
「んー?…んー…」


俺の膝に頭を乗せたまま、なまえは伸びをする。
どうやらまだ寝ぼけているらしく、身をかがめてそのおでこにキスを落とすと、半開きだった目がはっきり開かれた。


「あれ、銀時、ん?なんで私ここで寝てるの?」
「おめーが寝ちまったからちょっかい出しにきたんだよ」
「膝枕はちょっかいっていうか…ご褒美なんですけど」


唇を尖らせて言う彼女に、可愛い、と素直な感想が胸に浮かぶ。言ってやんねーけど。
そう思っていると、なまえはくすくす笑ってから、身体を起こした。


「私だって銀時が相手してくれないから暇してたの」
「暇してたら寝ちまうのかよなまえちゃんは」
「銀時だって昼間っから寝てることよくあるくせに」


そう悪態をついてから、なまえはぐっと体を伸ばす。
そのがら空きになった脇腹に素早く手を差し込んでやると、彼女の口から声にならない声が上がった。
それがあまりにも面白くて、思わず吹き出してから、その位置で手を動かして擽ってやる。


「や、やめてよ銀時、ふ、あはは、ちょっと、やめてってば、」
「やめてって言われてやめると思いますかァー?」
「ちょ、もう、なんで銀時まで笑ってるの、」


擽られて笑い声をあげるなまえにつられて俺まで笑いがこみ上がってくる。
そのうちなまえの手が俺の脇腹に入ってきて、お互い擽りあいながら笑った。
すると笑い合いながら転げ回っていたなまえがソファから落ちかけて、慌てて抱き止めた。


「っと…あっぶねェ、なまえちゃん調子乗りすぎ」
「始めたの銀時じゃん」


ソファに倒れ込んで抱き合ったまま、また顔を見合わせて笑った。


「ねえ銀時」
「あ?」


ひとしきり笑ったのか、なまえが目尻の涙を拭ってから、ぐりぐりと俺の胸に頭を押し付けてきた。


「私ね、こんなに笑うようになったの、銀時とまた会ってからだよ。毎日、楽しい」


なまえの後頭部に手のひらを押し付けてさらに密着するようにしてやると、なまえも俺の羽織を掴んだ。


「なんていうか、記念日とか私たちらしくない気がするけど、その、これからも、よろしく」


照れているのか尻すぼみになる言葉に、思わず頬が緩んだ。
だけど俺もなまえのことを言えないぐらい照れくさくなって、抱きしめる力を強めることで誤魔化そうとすると、「銀時もなんとか言ってよ」となまえの拗ねたような声が聞こえた。


「…これからもよろしく?」
「なんで疑問形?ってか銀時も、愛の告白してよ」


ふ、と思わず笑いがこぼれる。
愛の告白なんてらしくもない。


「ま、俺ァなまえに『生きてろ』って命令食らった身だしな。死ぬまで一緒にいてやらァ」
「命令だってー。私たちを結びつけたロマンチックな約束だよ」


よく言う。なまえもその約束のせいで不安だったくせに。
なーんて言えず、胸元にあるなまえの髪をかき混ぜてやると、楽しそうになまえが笑った気配がした。


「ま、心配すんなよ。ちゃんと俺が守ってやるから、隣で笑ってろ」
「…銀時ってば、守ってやるとか、格好良いなあもう」


そこまで言ったなまえの声が、肩が、先程までとは違う震え方をしているのに気付いた。
自分の胸から引き離そうとしてやると、なまえはさらに強く俺にしがみついた。


「オイオイ、なに泣いちゃってんの」
「銀時が…なんか、すごい、格好良いこと言うから、似合わなくて可哀想で、泣いちゃった」
「この短時間でよくそんなウソひねり出せたなオメー」


ぽんぽん、と背中を叩いてやると、涙は引っ込んでいないようだが、ふふっと小さな笑い声が聞こえた。
頼りない俺でも、それなりに笑わせてやることができるらしい。


「銀時、好きだよ」


普段なら聞こえるか聞こえないかわからないような呟きは、2人っきりの部屋に加えてこの距離のおかげで、はっきりと俺の耳に届いた。


「…ん、俺も」
「俺も、なに」


少し上がった心拍数をごまかすようになまえの髪をまたかき混ぜてやると、今度はなまえは胸から顔を離して、目の周りを涙できらきら光らせながら、俺をじっと見つめた。


「はいはい、言やァいいんだろ」
「そうです、言やぁいいんです」


ふう、とため息をついてみせると、なまえは俺の頬を軽くつねった。
いてェよ、と言ってから少し大きめに息を吸い込むと、肺に幸せが流れ込んできたような気がした。




20160816
title: UNISON SQUARE GARDEN 「未完成デイジー」


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