草木眠らぬ丑三つ時




「あ、もしもーし? なまえー、まだおきてる?」
 時刻は夜の十時半、お風呂上がりのドライヤーを終えたばかりのわたしにかかってきた豹馬くんからの電話。間延びしたちょっと高めのその声は、珍しく豹馬くんがほろ酔いであることを表している。お酒に強い豹馬くんが酔っ払うことはほぼないし、なんならわたしも一、二回しか見たことないかもしれない。これはちょっとレアだな……なんて、わたしは呑気に考えていたけれど。
「起きてるよ。どうしたの?」
「なー國神つれてってい? いまから」
 ……國神、つれてく、いまから。え、國神、いまから? ぼんやり聞き返したにしては多すぎる情報量に、言葉がつっかえてすぐに返事ができなくて、すると電話の向こうの方から「いやいいって千切!」と聞き覚えのある声がして。それが何度か顔を合わせたことのある『國神錬介くん』のものと一致した。ああそうだ、「今日は久々に國神と飲むんだ」って嬉しそうに出かけて行ったっけ。あ、だから楽しくなっちゃって飲み過ぎたのか。そうしてわたしが頭の中でパズルを組み立てている間にも、ふたりは何やら言い争っている。
「いーじゃん、まだ帰んのもったいねーし」
「お前飲み過ぎなんだよ」
「だぁらウチ来いっつってんじゃん」
「いきなりすぎんだって、彼女さんに悪ぃだろ」
「あー? いいよななまえ」
 彼は酔っ払って前後不覚になるなんてことはないけれど、お酒が入るにつれ、声と気が大きくなってワガママ度が増してしまうのが豹馬くんの酔いかただった。といっても、「いきなり友達を連れてきたい」なんてわがままを言われたことはさすがに初めてだ。
 國神くんは、まさにその……言ってしまえば面倒な状態の豹馬くんに絡まれているのに、「コラど真ん中歩くな! 帽子被れ!」と律儀に世話を焼いていて、くすりと笑いがこぼれてしまった。……けれど「っせーなー」なんて答える豹馬くんの声が、ほんの少しのすきま風のように心に吹き込んで、わずかにその温もりを奪ってゆく。……あたりまえ、だけど、わたしにはこんな言い方しないよなあ。男友達、それもいっとう信頼しているであろう國神くんへの態度は、わたしへの接し方と違う。わかっているけれど、それでもわたしの知らない豹馬くんを目の前にぶら下げられるとどうにもならなくて、豹馬くんの見せる独占欲に案外引けを取らないのかもしれないと思う。
 すると「ちょっとスマホ借りんぞ」と声がして、「もしもし、すみません」と突然わたしに國神くんの矛先が向いたものだから、「あ、はい」と間抜けな声がこぼれていった。
「コイツ……千切、言い出したら聞かないんでせめて家の前までと思うんすけど、こんな時間に伺ってご迷惑じゃないですか」
 な、なんて丁寧な。勝手に感動しながら、多少あわてる気持ちはありつつも平静を装って「ううん、全然。なんなら少しくらい上がっていっても」と答えれば、「いえいえいえそんなそんな」と國神くんは早口で言う、けれど。
「でも、なんか……豹馬くんまだまだゴネそうだし」
「……」
「なんの話してんだよおまえら」
 予想がつくのか國神くんは黙りこんで、そこに豹馬くんの声が割り込んでくるから、はやく話をつけてしまおうとまた口を開いた。
「國神くんさえ大丈夫なら、なんていうか、落ち着くまで……」
 今の様子と、それから彼をかつて『ワガママお嬢』なんて呼んでいたメンバーの中にいた経験からか、國神くんは「千切がゴネたら少しだけ」と白旗を上げた。

 結果、豹馬くんはゴネた。國神くんはずっと困ったように頭を掻いて、わたしはそれを眺めていることしかできなくて。きっと國神くんの遠慮はわたしに気を遣ってのことだろうし、もう少し早くわかっていたらなあと思う。それならわたしもどこか出かけたりもできたけれど、この時間からではどうしようもなくて申し訳がない。
「だって会うのすっげえ久しぶりだぜ」
「そうだけど」
「國神もーすぐ帰省すんだろ? 次いつ予定合うかわかんねえじゃん」
「あ〜、ったく……」
 数時間前、豹馬くんいなくて暇だし片付けようなんて思って家の中を整えていたのが功を奏し、彼らが到着までの数十分間は自分の身だしなみに回すことができて、一応すっぴんルームウェアではなくなっていたわたしは、「寒いしとりあえず入っちゃって」とふたりを家に引き入れた。とうとう折れた國神くんは「お邪魔します」ときまりが悪そうに言って、豹馬くんは「ただいまあ」と呑気にスニーカーを脱ぎ捨てていた。
 髪をほどきながら洗面所に入っていく豹馬くんを横目に、國神くんはずっしり重たそうなコンビニの袋をわたしに差し出してくれるから、ぱちぱちとまばたきを繰り返してしまう。
「こんな時間に、しかもこんなんしか持って来れなくてすんません」
「えっそんな、気つかってもらわなくても」
 わたしは慌てて両手をぶんぶんと振って、それからおそるおそるコンビニの袋を受け取った。中身はお菓子とかスイーツとか、たぶん今から飲むためのお酒とか、いろいろ。するとおもむろに「そーだぞ、俺んちなんだから」と豹馬くんが洗面所から声だけで加わってきて、わたしと國神くんは自然と目を合わせて笑ってしまった。

 コンビニで買い込んだおつまみやお酒を広げた宅飲みは深夜まで続いてしまって、國神くんは豹馬くんの押しに負けて結局泊まってもらうことになった。豹馬くんはわたしと居るときとは違う奔放さがあって、國神くんはそんな豹馬くんの扱いがとっても上手くって、ふたりの仲の良さ、信頼関係がひしひしと伝わってくる。「友達つれてくるときは前日までに言ってね」とあした言っておかないとと思っていたけれど、わたしも結局豹馬くんには弱いので、楽しそうに笑ってはしゃいでいる姿を見るとわがままを咎める気もどんどん萎んでいってしまう。國神くんの礼儀正しさや気遣いもあいまって、まあいっか、と思ってしまうわたしがいた。
 そうして夜もふけた頃、豹馬くんがソファにもたれかかったまま寝落ちてしまったので、國神くんが「ベッドまで運びましょうか」なんて言ってくれたけれど「とりあえずソファでいいよ」と返しておいた。すると、まるで子どもを抱き上げるようにひょいと豹馬くんを持ち上げてソファにきれいに寝かせてしまうので、「アイツきんにくんとか言われてたんだぜ」という豹馬くんの言葉をこっそり思い出したりなんかもした。
「片付いたら國神くんの布団も出すね。わたしは寝室で寝るからほんと気を遣わずにね」
「何から何まですんません本当に」
「ほんとにいいんだよ。わたしも楽しそうな豹馬くん見られて嬉しいし」
 わたしはキッチンに食器を運び込んで、國神くんがダイニングで散らかったお酒の缶なんかをまとめてくれる姿をカウンターから眺めつつ、彼も大概飲んでいるはずなのに相当強いなぁと勝手に感心していた。がさがさと片付けの物音だけが響く空間にほんの少し居心地が悪くなって、わたしはどうやって話しかけるか考えて、結局豹馬くんの話を持ちかけてしまう。
「なんかわたしが言うのも変なんだけど」
「はい」
「豹馬くんのわがまま聞いてくれてありがとね」
「いや、全然。慣れてるんで」
「ははは、慣れてるんだ」
「これ……俺が言うのも変なんすけど」
「うん」
「大変じゃないすか? 千切と生活すんの……」
「そうかも」
 認めるんすね、と國神くんが笑って、わたしもつられて笑った。
「でもたぶん國神くんが思ってるよりマシだよ、わたしといるときの豹馬くんは」
「マジすか」
「マジマジ。だから呆れたりすることはないかな」
「まー憎めないとこありますよね」
「たぶんそう思ってくれる人を選んで甘えてる」
「あ〜……確かに」
 電気のついていないキッチンは、カウンターの向こうの光を取り込んで薄暗く光って、空っぽのビール缶が頼りない影を作っていた。……豹馬くんが先に寝てしまうと、わたしはいつも寂しかった。たぶん、海外にいて家を空けているときよりも。まだすこし散らかった部屋のせいで、いつもよりはしゃいでいた豹馬くんの姿まで思い出して。楽しかった時間が終わったあとの物悲しさもいっしょになって、わたしに襲いかかってくる。「それに……」とつぶやくと國神くんは手を止めて、俯きがちなわたしの方に視線を向けていた。
「國神くんのこと、豹馬くんはとくべつ信頼してるんだろうね」
「そう……すかね」
 子どもみたいにはしゃいで、わたしが相手ならある程度のところでやめるわがままも思う存分言って、思いっきり笑ってなんにも被せていないような言葉遣いをして、わたしが今までずうっと一緒にいても知らなかった姿で、それはたぶんこれからも。わたしには見せてくれない顔。そんなのあって当然で、わかっているはずなのに、少し息がしづらくなるのはどうしてだろう。
「わたしにも……こんな風に、甘えてくれたらいいのになあって」
「……」
「なんかちょっと羨ましいかも、國神くんが」
 静けさが痛いほど響いて、そこでわたしはやっと、自分の口からこぼれていった言葉に気がついた。いや、待って、何を言ってるんだわたしは。彼氏の友達、年下の男の子相手に、何を。少し上擦った声で「なあんてね、ごめん、ちょっと飲み過ぎたかなあ」とごまかしたけれど、手に当たった空き缶が弾かれて、それは情けない音を立てて床を転がってゆく。拾うふりをしてしゃがみこんで、わたしは國神くんの沈黙から隠れていた。だってこんなの、あんまりにも恥ずかしいし情けない。
 泣きそうにすらなっていたわたしの耳に、「『ダセェとこ見せたくない』」と。おもむろに國神くんの声が届いて、わたしはすぐに、それは國神くんの言葉ではないのだとなぜかわかってしまった。
「『俺の方が年下なぶん、カッコだけでもつけときてえじゃん』」
 転がってゆく空き缶を無視したまま、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。キッチンの影の暗がりから出た先でもう一度見た國神くんは、ソファでうずくまる豹馬くんのほうを見つめていた。
「『弟みたいってもう絶対思われたくねー』……って。今日言ってましたよ。言ってたっつーか、なんならいっつも言ってっけど」
 がしがし頭を掻きながら、「俺を羨むことなんかないっすよ」と続ける國神くん。わたしは言葉が見つからなくて、喉にひっかかる空気を声にしようとして、でもできなくて。
「アイツなりに本当に大切にしてんだなって、俺はいつも思ってます」
 ぐっと喉に迫り上がる熱。声が漏れそうになって、こらえて、けれどぼやける視界は止められなかった。なだれこんできた激流みたいな感情のせいで、動けない。わたしはとうとう突っ立ったまま、いくつもいくつも涙をこぼして、それは頬から顎をつたってこぼれ落ちてゆく。ほどなくしてわたしの方を見た國神くんは、目を見開いて瞬きを繰り返したあと、また豹馬くんの方へ視線を戻して。数歩ぶん近づいて、おもむろに毛布を剥ぎ取るから、「え」と間抜けな声が出た。
「うっ」
「おい、千切」
 あーもー、なんて言いながら豹馬くんはのっそりと起き上がって、え、起きてたの? いつから? 混乱するわたしをよそに、豹馬くんは「國神……」と前髪を掻き上げながら國神くんを睨みつける。そんな視線をものともしない國神くんはちいさくため息をつきながら、わたしの方へ顎をしゃくって、そうして豹馬くんと、目が、あって。
「っ、は……!?」
 まさに文字通り飛び起きた豹馬くんは、泣いてるとこ見られたくないとかなんとか、わたしがそんなことを思うよりもずっと早くわたしのところに飛んできた。そのまま思い切り抱きしめられて、身体が潰されるような勢いに変な声が出て、「悪い、待って、なまえ、なんで泣いて……」と降ってくる声は明らかな焦りをうつしている。
「ごめん豹馬くん、違うから」
「俺話の途中で起きたから、待ってマジでごめん、俺なんかした?」
 ぶんぶんと首を横に振って、こんな状況なのに、いきなり泣き出してふたりをきっと困らせているのに、豹馬くんの体温にひどく安心してしまうわたしがいる。余計にどんどん溢れてきて、止められない涙に肩が揺れてしまう。
「おい本当にどうしたんだよ、國神知らねえ?」
「さあな」
 ひとことじゃ、到底答えられそうにもなかった。背中をさする手が優しくて、抱き寄せてくれる腕があたたかくて、豹馬くんの胸からあふれてくる鼓動が速くって。さっき國神くんが教えてくれた「大切」なんて言葉が、その行動のひとつひとつに乗っかってくる。

 気付いているつもりでいた。いやたぶん、ちゃんとわかっていて、けれど慣れと時間に流されて忘れかけていた。わたしはちゃんと豹馬くんに大切にされていて、わたしにしか見せてくれない顔があって、わたしにしかしてくれないことがある。当たり前で、とんでもなく幸せなそんなこと。
 涙ひとつでこんなに焦るのも、手を繋いで笑うのも、わたしが喜ぶことを考えてくれるのも、多少のわがままを聞いた後に「無理言ってゴメン」なんて謝ってくれるのも。そして、豹馬くんが心を許した國神くんが教えてくれたこと。「カッコつける」のだって、きっとわたしを好きでいてくれるから。ほかにも挙げたらキリがないほどたくさんのこと、ぜんぶ。嬉しくてたまらなくて、見落としていたのが申し訳なくて、恥ずかしくて、情けなくて──ぐちゃぐちゃ、どろどろ。いろんな感情がごちゃまぜになって、もう、キャパオーバーだった。
「ひょ、まく、」
「あーもーいいから無理して喋んな、落ち着いたら聞くから、な」
「ごめ、」
「謝んないで」
 しゃくり上げるほど泣くのなんて何年ぶりだろう。そもそも、豹馬くんの前で泣いてしまうのなんてどれくらいぶりだろうか。……もしかしたら、初めて、かもしれない。



 ソファで豹馬くんに肩を抱かれて、フェイスタオルに顔のほとんどを押し付けながら、床にクッションを敷いて座る國神くんに「取り乱してごめんなさい」と涙声のまま頭を下げると、「いやマジで……俺こそ申し訳ないっす」と國神くんはバツが悪そうに頭を掻いた。どう考えても俺邪魔だから出てくわと言い出した國神くんを、今しがた豹馬くん(とグスグス泣いていてほぼ役に立たなかったわたし)が止めたところだった。
「んでその、國神から……俺の話聞いて、なんか涙出てきたってことだよな」
「まあ……簡単にいえば……」
 寝ていた豹馬くんはわたしと國神くんが話している真っ最中に起きて、なにやら自分のことを暴露しているとぼんやり察したもののすぐに起き上がれる雰囲気ではなく、タイミングを図っていたらしい。そんな状態の豹馬くんを見て、起きていると見抜いた國神くんも大概だが。
「わたし……大切にされてるんだなって、思って……」
「……伝わってなかった?」
「ちがう」
 言いたいことはまとまらないけれど、決してそんなんじゃない。わたしが首を横に振るあいだにも、豹馬くんは肩を抱きながらゆるくさすってくれて、あたたかな感触にまた涙が出そうだった。
「要するに、お前がカッコつけすぎてたんだろ」
 國神くんがお茶を一口すすって、つぶやくみたいに言った。ちがう、とも言い切れないわたしの横で、豹馬くんが「だってさあ……」と弱った声をこぼす。
「こーんなちっせぇ頃から一緒にいて、弟扱いされてたんだぜ。男として見てもらえなくなるかも、とかさあ、思うだろ」
「そんなことないよ……」
 豹馬くんはたしかにわがままだけど、たぶん、わたしが困らないものばっかり選んでる。ちょっとぐらい、いや豹馬くんにならいくらでも困らされたっていいのになあって、思う。
「だってもうこんなに好きなのに」
「っ、」
「今更どうにかなるなんて、ないし……豹馬くんのわがまま、わたしももっと聞きたい」
 すん、と鼻をすすると豹馬くんの手が止まって、ふと顔を上げた先、豹馬くんがものすごい目力でわたしを見つめていた。睨みつける、とはまた違う。なにかを堪えているようにも見える視線にたじろいでいると、少しの沈黙の後、豹馬くんは険しい表情のまま、やっとのことで口を開く。
「なまえ」
「ん……?」
「……ちゅーしていい?」
「え」
「わり俺帰るわ」
「待てごめんって國神!」
 カバンを肩にかけて立ち上がる國神くんを豹馬くんが慌てて止めて、これさっきも見た光景だな……。さっきは涙があふれてそれどころではなかったけれど、いまはなんだかその光景がおかしくて愛おしくて。思わずすこし笑いをこぼしてしまうと、それにつられた豹馬くんも笑う。國神くんも「ったく、笑うとこじゃねえだろ……」なんて言いながら眉を下げて、ふわりと空気が緩んだ。散々泣いた後に現れるあの清々しい眩しさが、瞳に溶けこんでくるようだった。

「それにしても……こんな風にすれ違ったりすんだな。俺、二人は喧嘩ひとつしねえおしどり夫婦なんだと思ってたわ」
 わたしたちはソファに、國神くんはクッションに。元の位置に戻ってからややあって、國神くんはそんなことを言う。つい言葉を詰まらせると、「我ながら俺も……」と豹馬くんがほんのりため息混じりに言った。……いやいやおしどり夫婦って。そもそも結婚してないし、言葉のチョイスもなんだか気が抜けるというか。國神くんってこういうとこあるのかなあとこっそり思いつつ。
「いや國神くん、夫婦って……わたしたち結婚してないよ」
 あ、そうか。國神くんが目を丸くしてそうこぼしたけれど、豹馬くんはそれには構わないで、わたしの肩をぐっと抱き寄せる。つい豹馬くんのほうを見遣ると、深くきらめく瞳がじいっとわたしを見つめていて、息が止まりそうになった。
「するだろそのうち」
「え」
 ぱち、ぱち、豹馬くんはわたしの目の前で相変わらずまばたきをしているけれど、わたしはまばたきの仕方が一瞬わからなくなってしまって、それぐらい。豹馬くんがしれっと言ってみせたことは、わたしを突き刺して痺れさせる。
「しねえの?」
 ……國神くんまた呆れた顔してるかなあ、とか現実逃避してみるけれど、豹馬くんの言葉から、視線からは逃げられそうにない。
「しなくはない……けど」
 引き攣った喉からこぼれた声に、豹馬くんは余裕をたっぷり含んでふっと笑う。
「しなくはない、ねえ」
 かるく眉を上げて首を傾げて、ほんとうにお前はそれでいいの? なんて。そんなふうに訊ねられている気になってしまう仕草に導かれるように、わたしは言葉を引っ張り出す。まるで誘導尋問だった。
「す……、する、けど」
「じゃあいいじゃん」
 あっさり丸め込まれてしまって、その流れを黙って見ていた國神くんが「やっぱ大変そうすね、コイツと生活すんの」なんて言う。「は? なんの話だよ」と眉をひそめる豹馬くんは、この話をしたときはまだ起きていなかったらしい。そんな姿を横目に思わず笑ってしまうと、「え、なにお前ら」とさらに怪訝な顔になって。
 ……そうだね、うん、そうかもしれないけど、それでもいいや。……じゃなくて、それがいいな。豹馬くんに困らされたり、振り回されたり、心を乱されたり、わたしはそうやって生きていきたいって思うから。きみの隣にいることを選んだあの時から、ずっとそう。だからわたしも、もっとちゃんと、そのままで豹馬くんに向き合っていこうと思った。
「豹馬くんにはありのままでいてほしいねって話」
「はあ?」
 手を伸ばして豹馬くんの髪を撫でつけると、豹馬くんは表情を崩さないものの、おとなしくされるがままになっている。ソファの向こうで静かにお茶を啜っている國神くんには、お礼とお詫びの品を後日送ることにしよう。



國神錬介の「家、ついて行ってイイですか?」






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