長編 | ナノ

 朝のひと時

なまえは朝から緊張していた。

廊下の向こうから、淀みない足取りで歩いてくるのは調査兵団団長、その人だ。

「団長、お早うございます」

「お早う」

すれ違う部下に律儀に挨拶を返しながら、自分に近付いてくる偉丈夫の姿に肩を強張らせる。

いくら直属の上官と一緒とはいえ、新兵が普段殆ど目にすることのない上層部に声をかけるのは躊躇われた。

しかし、彼女にはどうしても団長に一言お礼を言わなければいけない理由がある。

先日同僚に襲われかけたところを助けてもらったのだ。
彼が自分の顔を覚えているとは思えなかったが、生真面目な彼女がそれでも改めて感謝の気持ちを伝えるべきだと考えていたところに、偶然廊下で出会うとは思いもしなかった。

「だ、団長、おはようございます」

上司に続いて挨拶をすれば、真っ青な瞳がこちらを向いた。
それだけで心臓が飛び上がる。

エルヴィンは一拍置いて、目を見開いた。

「…ああ、この間の。あれから大丈夫だったかい?」

自分を覚えてくれたことに驚き、なまえはどきまぎ返答する。
優しい声音にあの時の安心感が蘇って少し泣きそうになった。

「は、はい、お陰様で…」

続けて本題であるこの間のお礼をしようと続けた。

「あ、あの、先日は…」

なまえが言いかけたところで廊下の反対側から現れたのはミケだ。

「おい、エルヴィン、午後の会議の件だが…」

エルヴィンは今行く、と直ぐに返答して彼女に向き直った。

「君は小さくて可愛らしいから目に入りやすいんだろう。気を付けた方がいい」

ぽんぽんと頭を撫でて微笑まれただけで顔に熱が集まる。
一瞬何が起こったのかと、なまえが呆気に取られている間に、エルヴィンはミケの元へと足早に向かった。

こつこつと規則的な足音を残し、小さくなる背がついに消えてもまだ、掌の感触がいつまでも残っていた。

「エルヴィン団長となんかあったのか?」

「い、いえ何も!」

上司が不思議そうな顔でなまえを振り向き、彼女はようやく我に返る。
火照る頬を俯くことで隠しながら心に誓った。
今度あったらちゃんとお礼を言おう。
今度こそは、と。






.





prev|next

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -