70.甘える
「君は俺のどこが好きなんだ」
なまえが驚いたのは質問が唐突だったからではなく、彼にしては珍しい事を聞いてくるからだ。
今更付き合いたての恋人ごっこをするつもりでもないだろうに。
ただその質問をされたら、これという答えは一つあった。
「匂い」
青い瞳は純粋に疑問の色を孕む。
「匂い?どんな?」
「ん〜…わかんない」
隣に腰掛ける男の肩に鼻を寄せた。
もちろん香水や汗の匂いはする。
けれどそれ以上に、彼の雰囲気に一役買っている例えようの無い柔らかな、それでいて男性らしい匂いを表現する言葉を知らない。
「自分の好きな物がわからないのか?」
「いいでしょ別に。いい匂い、ずっと嗅いでたい」
ふざけて二の腕に鼻先を擦り付ければ頭上から笑い声が落ちる。
「君は犬か」
そのまま抱き寄せられ大人しく腕の中に収まる私は、確かに忠犬かもしれない。
飼い馴らされる幸福を噛み締め、飼い主に甘えた。
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