09.悩む
団長の新しい副官は知識欲が旺盛、分からない事があれば上司に聞きメモを取るなど、まさに真面目の典型であった。
憲兵団支部で行われた師団長との会議が終了し、皆で紅茶や菓子をつまむ僅かな休息の中、なまえは上司にいつものように質問した。
「エルヴィン団長、あばずれってどういう意味ですか」
ナイル、ハンジ、そしてエルヴィンの三者はその発言に一瞬の沈黙を揃える。
まん丸に見開いた目を少し細め、エルヴィンはナイルを見据えた。
「おい誰だなまえにそんな言葉を教えた奴は」
「俺じゃねえ!」
犯人扱いに呆れたナイルが彼女に問えば、ここに来る前、憲兵団の女性兵士に言われたという。
調査兵団団長は敵の多い人物であるが、彼の能力や容姿を狙う女性も少なくない。
王都、憲兵団屯所近辺に出かける時は、貴族令嬢や憲兵団の兵士に絡まれることは日常茶飯事で、副官が女性であれば彼女にとばっちりが来るのもまた日常であった。
問題は、なまえは兵士としては有能でも色に疎いせいで、しばしば下卑な単語に首を傾げることだ。
誰も答えないことを疑問に思いつつも、彼女は知らない言葉、もとい知らなくても良い言葉を記録してあるメモ帳を取り出し質問を重ねる。
「じゃあすけこましって何ですか?辞書にも載ってないんです」
今度はハンジが吹き出す番だ。
「ブフゥ!!それはね、エルヴィンみたいに女をたらし込んでー」
「ハンジ、新しい顕微鏡の購入を許可して欲しくば変な事を吹き込むんじゃない」
「では売女、とは?」
「ナイル、答えてやれ」
「何で俺なんだよ!」
面倒事を押し付けられたナイルは知己に叫んだ。
エルヴィンはまるでナイルが悪いとでも言うようにしぶしぶと肩を竦める。
「仕方ないな…なまえ、後で手取り足取り教えてあげるから夜になるまで待ちなさい」
「…?はぁ、ありがとうございます」
何故夜なのだろうと思いつつも問題が解決しそうな気配になまえは礼を言う。
言葉の真意に気付かぬ純粋な横顏にハンジは大袈裟にため息をついた。
「からかうのもほどほどにしときなよエルヴィン」
「はは!本気だったら許されるのか?」
「お前らそういう会話は他所でしてくれ…」
ナイルは収拾のつかない騒がしい部屋の中で頭を抱えるのだった。
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