水月を乞う

列車を降りる。

懐かしい我が町の香り。
懐かしい道。
懐かしい景色。

……を一番には見ず、少し都会の駅で降り、ある場所を目指す。

「こんにちは」

外の掃除をしていた看護婦さんに声をかける。

「あら、平さん!!お帰りなさい!お元気でしたか?お怪我は?」

掃除の手を止め、私を笑顔で迎えてくれた。

「心配ありません。この通りぴんぴんしています。それより…」
「ああ、綾部さんですね…。」

笑顔だった看護婦さんの顔が曇る。
それに少し不安を覚えた。

「…どうかしました?」
「いえ!どうぞ。起きていらっしゃると思いますよ。」

もやもやしたまま勧められるまま病院へ足を入れた。




「喜八郎。」

久しぶりに見る幼なじみの姿はすっかり痩せて、今にも死んでしまいそうだった。
止めろ、そんな縁起の悪いことは考えるな。

「滝、ちゃん…?」

私を捕らえた目もなんだか虚ろに見える。

「滝ちゃんなの?」
「ああ、ただいま。」
「滝ちゃん、滝ちゃんっ……おかえり、おかえり滝ちゃん」
「ただいま喜八郎、ただいま……」

私を求めて伸びる腕と細い身体を抱き、ただいま、ただいまと狂ったように繰り返す。
喜八郎も狂ったようにおかえり、と繰り返した。



「喜八郎、お前それ…」

言葉の雨が止み、私を抱く手に、一枚の紙が握られているのに気がついた。

「これ?これはね、僕の好きだった人だよ。」

そう言って見せてくれた紙には、『死亡告通知』と書かれていた。

「………ぁ」
「滝ちゃん、帰ってきてくれてありがとう。」
「き、はちろ…」

私は喜八郎を抱きしめていた。

「おかえり」



それから3日後、生まれ育った家で喜八郎は息を引き取った。




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