03

はぁっはぁっ

苦しい、苦しい

誰かに脳みそをかき混ぜられ、
首を絞められ、
腹を殴られているような苦しみ。

あと


「兵助さん……」


届くことのない、
ひとつの想いに締め付けられて。






「喜八郎」
「兵助さんっ!」
「おお、何だ。病気をしているようには見えないな?」

そういって窓枠に寄りかかる。
いつの間にかそこが彼の定位置になっていた。

「あれ、牡丹?」

窓辺に咲く一輪の牡丹。
その紅に気がついた彼は話題をそれに変える。

「ええ、綺麗でしょう」
「ああ綺麗だ。でもどうして病室に牡丹なんだ?普通縁起が悪いから誰も置かないだろう」

兵助さんは窓のさっしにひじをつき、花瓶を指差した。

「あぁ、それはですね、僕がお願いしたんですよ。実家の思い出の花だからって。」
「ふぅん?綺麗だな。」
「えぇ。」

「喜八郎に似合ってる。」

「…そうで、しょうか」
「ああ。」

それは、どういう意味で?
力強く堂々としている?
それとも脆く儚げだから?
横に居るその人を見つめても答えは返ってこない。
当たり前だ、声にしていないんだもの。
何故かって、それは、僕が臆病者だから。

「東京で大空襲がのが先月…。」
「そう、ですね。」
「…こっちも、警戒しておいた方がいい。」
「はい…」
「俺も、後何日かで戦地へ行くんだな。」
「…ご苦労様です」
「…ありがとうございます。」
「………」
「………」

そのあとは、二人とも黙ってしまった。
何人も戦争という現実からは逃れられないのだ。
たとえ、今が幸せでも、あとほんの少し、
ちょっと未来は絶望が待っている。
だから、今は


「兵助さ…」

唇と唇が重なる。
それが兵助さんのものだと理解して、瞼を閉じる。

あとほんの少し、
ちょっと未来は絶望が待っているのなら、
今は幸せを、普通をかみしめたい。
それはいけないことだろうか?
贅沢なことだろうか?
咎められることなのだろうか。

僕にはわからない。

だけど、それでも僕は今が幸せ。
それで、いい。
兵助さんが、幸せなら。

唇が離れていく。
目を開けると、真っ赤になった兵助さんがいた。

「あ、き、喜八郎……ごめん、つい」

一歩、一歩と後ずさりしていく彼の袖を捕まえる。

「なんで、謝るんですか…。兵助さんにとって、これは謝るようなことなんですか…?」
「あ、う、それは…」
「謝らなければならないようなことを何でしたんですか、どうして…」
「あ、喜八郎…」

困った顔のまま兵助さんが指で僕の頬を伝う涙を拭った。
いつのまにか、泣いていたらしい。

「兵助さん…」
「喜八郎……」

掴んだそでにぎゅっと力をこめる。

「僕は、嬉しかった」
「喜八郎」
「兵助さんと、同じ気持ちで……」

一度流れ出した涙は止まることをしらずどんどん溢れ出す。
頬を伝い、顎を伝い、布団を濡らす。


「兵助さん……お慕い申しております……」

牡丹だけが見ている
1945年の





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