「私は諸君らを死なせないために策を練る。だから、諸君らは死なないように戦え。生きてここから還る、と、それだけを考えろ。」
 雲一つない、ムカつくくらい真っ青な空の下。広い広い砂漠に完璧に整列した勇敢なる兵士達を眼下に、高らかに発したその言葉に偽りなんて無い。軍師という役職を背負う私は、心の底からこれから戦いに出向く彼らに、生き残ってほしかった。
 効率的かつ簡潔に描いた赤と黒の線は、兵士達の進む道。実際にそこは彼ら自身の生臭い血のインクで染められていくのだろう。そんな彼らの死を私は酷く嫌い、それを防ぐために出来る限りの事をした。
 甘い考えだと言う者もいる。高みの見物が出来る軍師だからこその言葉や考えだと罵る者もいる。同情して自己満足するだけだと陰口を叩く者もいる。
 これでも私はこの国一の軍師。頭脳や情報では誰にも負けないと自負している。だからもちろん、私への侮辱が少なくないという事など既に耳に入っているし、そんな状況を元々予感してもいた。
 しかし、予知していなかった事態も起こっていた。いや、今起こっている。
「こんばんは、初めまして。」
 真夜中に、黄土色の外套に身を包んだ男が1人、私のテントに入り込んできたのだ。咄嗟に身構えたが、見たところアメストリス人。猫撫声でそろそろとした動きに、こちらに対して敵意も殺意もない事が見て取れた。外套からはみ出したカメラから彼の職業を悟り、瞬時にこんな考えに至る。『この男は使える』と。
 彼は名を名乗り、職業を名乗り、ニコニコと笑ってこちらに警戒心を抱かせないようにしているのが判った。それに対してこちらも少し、心を許したように接してやれば、向こうは喜んで直ぐに聞いていないことをペラペラと話しだした。
「それにしてもキミみたいな女の子が…」
その中に紛れた一言に、この男が私を選んだのはこの外見からか、と理解した。
 この目の前の記者然り、今日招集をかけた兵士達然り、皆大方私が幼く純粋な聖人君子を目指しているとでも思っているのだろう。しかし、誰が「他人の為」に知恵を絞っていると言っただろうか。まず私が軍人を志願したのが、「平穏に生きたい」という至極利己的な願望からだというのに。
 私はずっと、自分の為にこの頭脳を使っている。人を殺したくないが為に、優秀なこの頭でのし上がりこの職にしがみついている。そして人を殺したくないが為に、自分の案を押し通し、それが叶いそうにない時は、無礼は承知で他の軍師や上官に噛み付く。それはこれまで変わっていない。
 しかし。いつしか「人を殺したくない理由」だけは変わってしまっていた。
 いつの間にか、思考の中心が自分からあの補佐官に移っていたのだ。
 彼に最良の狩り場を与えてやりたくて、軍師の仕事に精を出していて、そしてそれが出来る軍師の階級を死守するために、私は兵士達をどれだけ効率的に使うか頭を捻っていた。
 結局この戦場で最も汚いのは、戦いから逃げる人でも怪我人でも快楽殺人者でも、戦いを命ずる上官でもなく、どうしようもないくらいのエゴイストな私だった。
「私は皆さんに、命を落として欲しくない。だから、私が、出来るだけ救うんです。」
 私を純粋な少女と信じて疑わない記者に、望んでいるであろう言葉を言って聞かせると、その瞳に正義の炎が揺れる。かなり扱いやすそうな性格だ。
「では今夜はこのへんで。」
おやすみなさい、と彼は私のテントを出ていく。
 砂を踏み走り去る足音が消えると、空間にはまた静寂が訪れたのだった。

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