彼女は正に、私が思う通りの人間だった。
 軍内部のどの内通者から情報を仕入れても、あの小さな軍師についての情報だけは一様なのだ。
 『人が死ぬのを嫌い、それを隠さない人物』。それを聞いて私は思った。彼女を救わねばと。あの少女はああして軍に使われるべき人間ではない。私と共に戦争の現実をアメストリス国民に訴えるべきなのだ。
 それを知っているのも感じているのも、恐らく私だけ。なら、私が私の手で彼女を救わねば。私が彼女と出会ったのも運命なのだ。きっと、きっとそうに違いない。
 彼女だって本当はそれを望んでいるに違いない。顔を合わせたときに見せるあの儚げな笑みは、私に救ってほしいというメッセージだ。
「あの紅蓮とか言う国家錬金術師の仕事を見ましたが…。」
 最近は夜に彼女のテントに出向き、その日見た戦争の様子を聞かせるのが日課となっていた。特に紅蓮と言う二つ名の付いた錬金術師は彼女とは正反対。彼女に似合うのは、紅ではなく真白なのだから。
 今日だって、酷いことに軍曹を盾にして砲撃を防いでいるのを目撃した。
 少女は彼の話によく興味を持っている。ほら、今もあの困ったような笑みを浮かべて。きっとその惨たらしい言動に心を痛めているに違いない。嗚呼彼女はなんて心優しいんだ。
 実は私はひとつだけ彼女に隠し事をしている。それは、彼女をこの戦場から逃がす計画を立てている事だ。
 私と共に行こうと言えば、彼女は喜んで応えてくれるはず。彼女は真面目だから、もしかしたら仕事をしないとと言って拒否するかも知れないが、そのときは実力行使しかない。あの少女なら、きっとわかってくれる。そして私に感謝する日がいつか来るのだ。
 嗚呼、準備が整う日が待ち遠しい。
「今日も、沢山のお話ありがとうございました。」
 そう言って私を送り出す彼女に笑いかけて、またいつものようにそろそろとテントを出た。
 周りをさっと見回して、毎回使っているのと同じ経路を少し走ったところだったと思う。突然、正面を通ったテントから手が延び、抵抗する事もできないままその中へと引きずり込まれた。
 どさりと乱雑に転がされて尻餅をつく。何事かと顔を上げれば、冷たい冷たい青い瞳と目が合った。その眼には、見覚えがある。
「お前は、…紅蓮の…」
直後脳裏にあのおぞましい錬金術を思い出し、身体が恐怖に硬直してしまった。
 しかし錬金術師の口から出たのは、物騒な物言いではなく、呆れたような溜息。
「はぁ…あの准将殿はまったく…。」
 その発言に、少女のテントから出たのを見られたと悟り、自分の行動のせいで彼女に被害が被る可能性を同時に理解した。そして彼女を守らねばという、その正義が自分を奮い立たせた。
「彼女は、何もっ、悪くないぞ!」
そして、目の前の憎き男を睨む。そのままの勢いで立ち上がろうとしたが、それ以上の力で私は頭部を奴に掴まれ、立つことは叶わなかった。
__ 確か、奴の錬金術の発動条件は…
「ひぃっ!」
 頭を爆破される。そんな危機感から惨い未来を回避するべく藻掻いたが相手の拳はビクともせず、もう駄目だと思った瞬間に涙が溢れた。
「彼女が悪くない事くらい、わかっていますよ。」
「なら、どうして…」
目の前の男の言動が理解出来ない。
「戦場が、全てを奪ってしまうんだ…」
私の言葉を鼻で笑うのが聞こえたが、相変わらず視界は男の手で塞がれており、奴がどんな顔をしているのかはわからなかった。しかし、その嘲りは私のみならずあのいたいけで純粋な軍師の信念までも捻り潰してしまう事を意味するのを思い出し、抑えきれない怒りに叫んだ。
「だからお前みたいな奴が蔓延る場所から、彼女を救うんだ!」
 そう言うと、私の頭を掴む手が少し、強まった気がした。
「正直、私は少し羨ましい。自分の信じたい事だけを信じられる、貴方が。思うままに彼女を連れ出そうと行動できてしまう、貴方が。」
ならどうして、こんな事を。そう聞いた直後、私の視界の向こうに紅い光が溢れる。
「私の日常を守る為です。」
もし、私に考える時間が与えられたとして、私がその言葉の意味を理解する日など一生来なかっただろう。しかしそんなもしもの話とは違い、実際には冷たく放たれたその言葉を噛み砕く時間など一秒たりとも与えられることなく、私は壮絶な痛みと熱を感じながら彼の手によって爆ぜたのだった。

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