太陽に愛された戦闘民族があるという。
 陽鴉と呼ばれるその民族は、黒点に染められた髪と、コロナのように目映く白い肌、紅炎と同じ色をした瞳を持っている。それゆえ、太陽に愛されていると称されるのだ。そしてその特徴は余りにも目を引き、やがて行きすぎた太陽崇拝者によって狩猟の対象となった。
 その黒き髪はお守りに、白い肌は妙薬に、紅い瞳は宝玉に。
 五臓六腑全てを高値で売買され、次第に陽鴉族は衰退し、絶滅寸前にまで追い込まれた。
 故郷の惑星を捨てるようにして、種族の存続のために広い宇宙に散り散りとなった陽鴉族は、今もどこかで生きながらえているとか、すでに絶滅しているとか。



「どの惑星でも、信奉されている神話というのはあるものですね」
「神話にしちゃあ、宇宙のあちこちで聞く話だがな」
「手を変え品を変え、よく似た神話は各地にありますから」
 宇宙海賊春雨の戦艦には食堂がついている。構成員が多いため、その広さは浴場より広いのではないかと言われているほどだ。それでも飯時はごった返す食堂に、今は2人だけの人影しかない。時間は、とっくに食堂が店じまいを終えた、午前0時。
 第七師団副団長である阿伏兎は、珍しく同師団団長の神威を伴わない食事をしていた。神威がまったく手を付けてないらしい書類仕事を夜中までかかってしていたらしい。気づけば食堂が閉まった瞬間だったのだ。
 食堂の閉店は午後11時。ダメもとで食堂に向かったところ、片付けで残っていた名前が居た。洗い物の手は止めずに「珍しいですね、お夜食でも?」と彼女は笑った。
 ちょうど炊飯器に茶碗2つ分程の米が残っていたらしい。簡単なもので申し訳ないと言いながら名前が握ったおにぎりと、お詫びと言わんばかりに淹れられた玉露に、阿伏兎は痛く感謝した。
 咀嚼と洗い物の音だけが響く広い食堂に違和感を覚えたのは双方だったのだろう。じきに仕事の話になった。そんな折、阿伏兎が先日降り立った惑星で聞いた神話に出てくる一族の話となったのだ。
「例えば、私の故郷にはイザナギとイザナミという神様の夫婦の話がありますが、どこか遠い国だか惑星だかにも、同じような話があると聞いたことがあります」
「へぇ、そうかい…そういやアンタ、出身は、」
「あ、地球ですよ」
 なんてこともないように名前はそう言って、水に濡れた手を拭いていた。なんでまた地球出身の女がこんなところで、と阿伏兎は内心驚いていた。しかし次の瞬間には別に驚くことでもなかったことを思い出す。ここは宇宙海賊春雨だ、地球から女の1人や2人―、いや、ダース単位で誘拐するなんて屁でもない。なんなら日常茶飯事だ。その中の1人が良い飯炊きであれば、炊事場で働かせることもあるだろう。いい身体であれば慰み者に、何の役にも立たないならせめて薬の実験台に。
 目の前で炊事場の電気を落としていく名前の姿と、程よい甘味の玉露を交互に見やって、阿伏兎は無意識に溜息を洩らした。
「1年くらい前に神威さんに攫われ…連れられて春雨に来たんですけど、阿伏兎さんご存知なかったですか?」
「…いや、聞いてねぇな」
「『春雨の食堂のご飯不味くて仕方ないから、君が作ってヨ』って言って。あ、その時私は江戸の大衆食堂でバイトしてたんですけどね」
「おじさん、全部初耳」
「あらぁ…」
 苦笑いを浮かべながら、名前は自分用らしい湯飲みを持って阿伏兎の向かいの席に座った。仕事中は束ねられている黒い髪は、いつの間にか解かれて、彼女の肩の淵で脈を打つように流れていた。1年前、突然現れた時は、まだ肩に触れない程度の長さだったことを、阿伏兎は不意に思い出した。
「で、なんでしたっけ、そう、その神話ですけど、」
「お前さんの、地球のか」
「はい。神様夫婦の話なんです。出産で妻のイザナミは亡くなるんですが、夫のイザナギは地下にあるという黄泉国にイザナミを取り戻しに行くんです。でもイザナミは既に黄泉の国の食べ物を口にしてしまっていて、もう地上には戻れないようになってたんです。それで黄泉の国の神様に相談しに行って、でもその間に自分の姿を決して見ないようにイザナギに言うんです」
「…あぁ、それなら俺も知ってる。名前は全く別の神様の話だ」
「ほらね、やっぱり、よく似た神話はいろんなところにあるんですよ」
 その物語の結末はハッピーエンドなどではない。では、例の陽鴉族は、と思いを巡らせたところで、向かいに座る名前の黒い瞳にぶつかった。
「陽鴉族は、生き延びたのでしょうか」
「さぁね、太陽に愛された一族の結末は、俺にはわかんねぇよ」
「もしかしたら、太陽に愛されすぎて、焼け焦げてしまったのかもしれませんね」
「そいつぁ、詩的なこった」
「自虐的なだけですよ」
 ふ、と唇の端だけを吊り上げて笑った名前に、阿伏兎は何かを感じた。太陽の光を跳ね返して光る月の方が、よほど幸せだと言わんばかりの表情だった。
「さて、私はもう上がります。お皿と湯飲みは流し台に置いといてください。明日の朝洗いますから。」
「あぁ、遅くまで悪かった」
 神威とまではいかないものの、夜兎としては例にもれず大食漢の阿伏兎にとって、満足のいく食事量であったとは言い難い。それは名前も重々承知の上であったが、何もないよりは幾分もましだった。
 食器は置いておけとは言われたが、礼儀として洗って帰るべきだろう。阿伏兎は玉露を味わいながらそう考える。
「では、おやすみなさい、阿伏兎さん」
「…おう、おやすみ」
 野郎ばかりの職場ではそう聞かない夜の挨拶に、阿伏兎は面食らった。それを上手く隠し通せたのは、年の功だったかもしれない。
 伸びた髪を揺らして、阿伏兎の横を過ぎ去った彼女の足音は次第に遠ざかる。なんてこともない、ほんの少しの雑談だった。だがそれを、野良猫を撫でるように、阿伏兎は反芻した。
 そして、あの一瞬の「何か」に気づいた。
 その真偽を確かめようと、名前が出て行ったであろう後方の扉へ、身体をねじる。



 しかし、それは、思いのほか力強い、針金のような細い指が頭蓋を固定してきたことで、不可能となった。
「前から思ってましたけど、阿伏兎さんって結構頭いいですよね。いつも自分のことをおじさん、だなんて自虐しますけれども」
「あぁ…それだ、それ」
「…ふふ、さっきのは口が滑ってしまいましたね」
 太陽に愛されすぎて焼け焦げたことが『自虐』であるであるなら、それは。
「せっかく地球で平和に過ごしてたのに、お宅の団長のせいで殺伐とした宇宙に逆戻りですよ。でもこの食堂はいい隠れ家です。お料理は好きですし、みんな美味しいって言ってくれるし」
「まあ、あの団長が誘拐してくるくらいだからな。旨いよ」
 嬉しいですね、と阿伏兎の背後でニコニコしているらしい名前は、まだ唇だけで笑っているのだろうか。それとも。
 振り返ることを諦める程度には強いその力は、彼女がそうであることを確かに示している。
「今、俺が無理にでも振り返ったら、アンタは何人殺す?」
「1500人」
「まいった。敵わん」
「ははは、冗談ですよ。阿伏兎さんは口固そうですから」
 何がそんなにおかしいのか、阿伏兎にはてんで解らなかったが、どうやら名前には阿伏兎の降伏が面白かったらしい。瞬く間にしがらみのなくなった頭部は、遊びの終わりを示していた。
「誰にも言えるかよ。戦闘狂ばっかりのここで、あんたの命が狙われてみろ。守り切れる自信ねぇよ」
「…もしものときは守ってくださるんですか?」
「…」
「思ったより口は固くないようですね、不安だなぁ」
 名前は冗談めかして嫌味を垂れながら、今度は阿伏兎の隣の椅子に腰かけた。
 一回り近くは年の離れた娘から飛ばされる冗談に、阿伏兎は頭を抱えるしかなった。
「大丈夫です、一応私も戦闘民族だし、ここまで生き延びた経歴もありますから、いざというときはなんとかします。それに、私がいなくなったら困る人が、いるじゃないですか」
「…ああ、居るな、たしかに」
 邪魔者は一切の容赦なく殺してしまう、どこかのお下げ髪の男を2人して思い浮かべる。とんだ思い上がりですかね、と名前は問うたが、阿伏兎はそれを否定した。
 すっかり冷えてしまった玉露を飲み干し、阿伏兎は立ち上がった。
「ま、アンタの素性を他にバラしたところで、俺には百害あって一利なしだ。黙っておくしか選択肢はねぇ」
「ありがとうございます」
「だから1つだけ教えてくれ」
「はい?」
「その目が、黒いのはなんでだ」
 座ったままの名前を、見下ろすように阿伏兎は問いかけた。随分な高さから問われているにもかかわらず、名前は、その鋭い相貌で己の目を覗き込まれているような感覚に襲われた。
 しかしその疑問は至極当然のものだ。名前は、答える。
「あぁ…太陽光の下では、『伝説』のとおり、紅くなりますよ」
「そいつは、すげぇな」
「今度見てみますか?」
「……いや、やめとくわ」
 俺とアンタじゃ、俺の方が先に焼け焦げちまう。
 そう呟いて、阿伏兎は皿と湯飲みを流し台に運んだ。そのまま無言で洗い始める彼を見て、名前は「おじさんはコンタクトレンズなんて知らないかな」と独り言ちた。
その瞳に棲まう星

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